第18話-CAN部と千鶴の一声①

「理不尽だっ! 乳で女の価値を決めようとする世の中が腐っているのだ。わたしは断固認めない!」


 慎ましい胸を両手で抱きながら、怒り冷めやらぬ有巣に続いて校舎を移動する。

 俺はくっきりと手についた爪痕を撫で癒しながら、新設部活動の申請をするために欠陥美少女たちと生徒会室を目指していた。


「でも顧問も具体的な活動内容も決めてないし、俺も入部するって決まったわけじゃ――」

「大丈夫だ。細かい事はがうまくやってくれるし、貴様が万が一にも無理だった場合は父様の力でどうにでもなるだろう」

「結局、御令嬢パワー使えるのかよ」

「最終手段だ。それに手筈てはずはもう済んである。姉様・・には少し申し訳ないのだが……」


 小声を漏らす有巣の半歩後ろを姫野と着いていく。あの後、姫野にはこっそりと謝られたが納得いかない。かなり深く刺さったし。


 その姫野が有巣の横にひょいと並ぶと、不思議そうに問いかけた。


「そういえばって誰なの? 有巣さんにはお姉さんがいるの?」

「いいや。わたしは一人っ子だから姉はいない。それにのことは今から会いに行くからすぐにわかる」

「今会いに行くの? なんで?」

「この用紙を提出するからだ。ほら、着いたぞ」


 そう言って、新設部活動の申請用紙を片手に生徒会室を開けた瞬間、


「はっはっは! よく来たな! もう来るころじゃないかと思っていたぞ!」


 その人は待ち構えていたかのように、有巣を豊満な肉塊に埋めた。


「姉様っ、姉ざっ……、くるっ……、苦しいっ!」

「なんだなんだ? 苦しくなるほどワタシに会いたかったのか? 可愛いぞ。よしよし!」

「違っ……、姉ざ……ハヒュゥ……」


 爆乳の狭間で酸素を失った有巣は、しばしもだえた後、妙な効果音と共に力尽きたようだった。


「おうおう、これがCAN部の面々だな」


 小豆色あずきいろの瞳がこちらを向く。あの鬼畜嬢を数秒で無力化したその人は、後頭部で一つにまとめた長い緋色ひいろの髪を揺らしながら、有巣を解放してこちらに歩み寄ってきた。


 いや、これはなんというか、すごい。それが率直な印象だった。

 すらりと伸びた長い脚。制服の上からでもはっきりわかるくびれた腰回り。昼会では瞳しか見たことがなかったが、本物は噂を越えるほどスタイル抜群の美女だ。


 しかも美しいだけではない。逆光が一段と世紀末覇者のような風格をかもし、一切ブレの無い圧倒感を放つ。身長は俺よりも高く、百七十後半はあるだろうか。便所スリッパに第三ボタン付近からがっつり開いたブラウス。棒付きキャンディを加えた口元から際立つ八重歯は野獣のように鋭く、まさに肉食系をも喰らう生態系の頂点ってかんじ。

 これはセクシー隊長ってより、妖艶ようえん大将軍なんじゃないのだろうか。


「そっちのオレンジが姫野、そっちの癖っ毛が武者小路だな。レナから話は聞いてるぞ。ワタシの名前は――」

「し、知ってます! 生徒会長の神宮寺じんぐうじ千鶴ちづる先輩ですよねっ!」


 姫野の声が興奮している。さすがはカリスマ生徒会長。女子からの人気も言うまでもない。有巣の姉様とはこの学園で最も名高い、神宮寺千鶴だった。


 神宮寺は「いかにも」とにっこり笑って有巣と同じように姫野を谷間に沈めると、仔犬こいぬを愛でるかのように頭を撫でる。


「……んっ、ぅっぷ、ぶはぁ!」

「ははは、よろしくな!」


 その仔犬も呼吸困難と圧でしばし悶えたあと、有巣と同様に無力化された。

 会長は姫野を放すと、目の色を変えずに俺を見据えてくる。


「お、俺は、結構ですよ……」

「なんだー、つれないなあ武者の字ぃ。お姉さんに抱きしめられたら発情しちゃうか?」


 挑発するように神宮寺は顔をのぞき込んでくる。身をかがめたせいで、はち切れそうなブラウスの谷間からは深紅色の薄布がくっきりとあらわになっていた。


「んなっ! そ、そんなことないです……けど、倫理的にいかがなものかと……」


 慌てて顔を逸らすが甘い吐息が鼻腔びこうをくすぐり、それに誘われるように目を離すことができない。唇は触れそうな距離にまで近づき、思わず一歩後ろに退く。


「抱きしめられるのが嫌だったら、ハグにしとくか?」

「どこが違うんですか!?」


 そろそろ会長の色気に根負けしそうになっていると、「だめっ!」と焦燥しょうそうはらんだ叫びが聞こえて、やっと目の前の邪心は身を起こした。


「姉様! いい加減にしてください!」

「はっはっは! 冗談だ、冗談。ご愛嬌だよ」


 やっと息が整いつつ、何の怒りからか拳を震わす有巣をぺしぺしとでる会長。なんだ、冗談だったんだ……ちょっと残念。


「そうだった、そうだった! 武者の字はレナの大事な婿むこ候補だものな!」

「え?」

「……んなっ! へ、変なこと言うのはやめてください!」


 蒸気が出そうなほど急激に顔を染め上げた有巣は、俺のことをちらっと視界に入れると、吐き捨てるように言った。


「あ、あの男は変態なんです! 人の胸を見るのが趣味みたいなゲスごみ男なんです! だから姉様の身を案じてっ……」

「なんでそうなる!?」


 ゲスごみという言葉が深々と突き刺さったまま、会長の背中に弁解を投げ掛けようとすると、その人は百点満点の笑顔で振り返り、


「そうだったのか! なら早く言え。ワタシのでよかったら飽きるほど見せてやる!」


 第四ボタンに手をかけた。


 その行動を察知したのか、有巣は「やめてください!」と飛ぶように俺達の間に割り込んで、会長の外しかけたボタンを留め直す。べ、別に止めなくてよかったんだからねっ。

 なにはともかく。昼会で見ている以上に神宮寺千鶴は変人だった。

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