第16話-貧乏優男と創造的で活動的な可能の始まり③
「――一緒に部活を……する?」
とんでもない要求を覚悟していた俺達は予想外の台詞にただ
あまりに衝撃的だったせいか、姫野はただ口を開けてぽかんとしている。
「はっ? ちょ、どういうことだよ?」
「だから貴様らと部活動をすると言っているのだ」
演目を終了した有巣は平然と社長席に腰掛けると決定事項を述べる。言い分はこうだ。
有巣は部活をしたくない。それは部活という集団の規則に縛られたくないからであり、自由に過ごしたいから。しかし、自分が作った部活なら、それは自分の自由になるだろう。
そのために必要な人員は自分自身を除いて二人。そこで白刃の矢が立ったのが俺達というわけだ。
姫野は有巣に精神的ダメージを与えた罪に加えて、なんでもする宣言をしてしまった以上逃げ場はない。そして、
「俺は……なぜ?」
「貴様も部活をしたいと言ったではないか」
「そりゃあ、そうだけれども……」
朝踊り場で話したことを覚えていないのだろうか。俺にはできない理由がある。それを理解した上で言っているのであれば、こいつは本当に鬼畜な女だ。
胸がむず痒い。やりたくても無理なものは無理だ。欲しい物を目の前で見せびらかされたような気分になって、拳に力が入り、言葉は強くなる。
「無理だって言っただろ」
「おい、武者小路。アルバイトはシフト制か? もしそうなら何曜日だ? 少なくとも今日は無いのだろう?」
俺の不機嫌さを気にも留めていない様子で有巣は質問を投げかけてくる。
「だからなんだっていうんだよ」
「いいから答えろ」
「……ッ。火曜、木金と日曜だ」
「ほう……。ゴミ収集と同じで覚えやすい」
「俺の労力をゴミと一緒にするな!」
すると有巣は部屋の隅に置いてあったホワイトボードを社長席の隣に運び、マーカーを取り出してキャップを抜く。
『月・水・(土)』
年季がかって
「活動日だ。これなら問題あるまい」
「んなっ!?」
「なにを呆けておるのだ。来週からこれで活動を始めるぞ」
「いや、でもそれってありなのか? どこの部活も毎日ちゃんと活動してるだろ」
「ありだ。この学校の規則は一年の間だけ部活動に所属するということだけで、その活動内容や時間量については言及されていない。
なるほど。それは考えてもみなかった。重箱の隅を突くような有巣の思考に関心する。
しかし、簡単に「はい。入部します」とはいかない。バイトが無くてもやらなければならないことはある。だが気持ちは先ほどより穏やかになっていた。
だから俺は恐る恐る問うてみた。
「も、もし……入らないって言ったら?」
有巣は、ふっと笑うと柔らかい笑顔を向ける。
「貴様は学校中から覗き武者というレッテルを貼られることになる」
俺は想像する――朝の教室で教卓には有巣が国会放送のように構えている姿を。
『理由を話す義理はないが、武者小路は覗き変態野郎だ! わかったか!』
困惑する聴衆を前に有巣は言葉を付け足す。
『理解した者は挙手せよ!』
満場一致で採択――。
「絶対に嫌だ! 実質上の退学勧告だ!」
「奇遇だな。わたしもそう思う」
「じゃあ、そんな
「脅しかどうかは、確かめてみるしかないな」
有巣は無機質な笑顔でそう言うと口元を押さえた。女子高生の皮を被った悪魔め。
「一度持ち帰らせていただきます」
俺はやむを得ず、家で相談してみることにした。
「はぅー……」
ぽーっ、と熱でもあるかのようにしていた姫野の意識が戻ってきたようだ。
「部活ぅ……? この三人で?」
「そうだ。ちなみに貴様は雌鶏だから、正確に言うと二人と一羽ってことになる」
「どう考えても二人と一羽は正確じゃないだろ」
姫野は馬鹿にされているのに気が付かないのか、少し頬を赤らめて和やかに微笑んだ。
嫌そう。というより、むしろ嬉しそうに見える。そういう意味でこいつも恐い。
「えへっ、なんだか楽しそうだね! もしかして草ボーリング……やっちゃう?」
「やらん」
有巣の即答に姫野は口を
「姫野は嫌じゃなのか? 突然過ぎるだろ。俺なんかまだ状況が掴めてないんだけど……」
「うーん……。結局のとこあたしも部活入ってないし、どこかに入りたいわけでもないし、それならいっそのこと、この三人で楽しく過ごすのもありっしょ!」
即決。おまえ悩みとか無さそうでいいな。
「そういえば有巣さん、どんな部活するの?」
そうだ。あまりの突然さに何をするのかすら聞いていなかった。さすがに活動意義がないと認可は下りないし、ただ創立してだらだら過ごすわけにはいかないのだ。
俺と姫野の視線が有巣をしっかりと
すると珍しいことに有巣が目を反らして
「そ、そうさく活動……」
「えっ? なにを捜索するの? もしかして、探偵部みたいな感じ!?」
少年のように目を輝かせた姫野は間髪入れずに聞き返す。
「この平和な高校生活で探偵が必要なわけがないだろ」
「だって有巣さん、捜索って言ったよ? あ、もしかして夢という遥かなる未来の捜索ってやつ? 探せ、未来への青春切符……的な!? ふぅー、かっこいぃー!!」
「姫野、ちょっと黙ってろ」
俺は眉間を押さえた。どういう頭の構造をしていれば、青春切符までたどり着くのだろうか不思議でしかたない。
姫野がこんなにボケているのにも関わらず、顔を赤くして言い返せない有巣が気の毒になって、俺はホワイトボードの前に立ち、ペンを取った。
「姫野、それは違うそうさくだぞ。有巣の言ってるそうさくはこっちだ」
これでもかと大きな字で『創作』と書く。
「んー? つまりどういうこと?」
「鈍いなあ……。つまりは小説を書くってことだ! だろ、有巣?」
有巣は真っ赤な顔で頷いた。
姫野も少し考えた後に「あ、あぁー」と露骨にわざとらしいリアクションをとってみせて、そこで両者の視線が重なり、
「こ、このアホ雌鶏め! そんなこともわからないのか、馬鹿!」
「へ、え? う、うぅー。馬鹿言われたぁー」
もはや鶏か馬か鹿なのかわかったものではない。とにかく
「逆ギレするなよ」
「逆ギレじゃない覗き武者!」
「じゃあなんだよ……」
「ち、ちょっと開き直るのに失敗しただけで、あいつの配慮が足りなかったのだ。雌鶏のくせに」
「それを逆ギレって言うんだ!」
有巣がキレて、姫野が涙ぐみ、俺がため息をつく。どうやらこの部は前途多難なようだ。
呆れていると、有巣は「いつまで泣いてるんだ!」と姫野を一喝して、再び話を進める。
「それで、ここが部室だ。ポットもあるし紅茶パックとコップはその棚の中。この部屋にある物は好きに使うことを許可してやるから、それで貴様らは自由に過ごせ!」
なんとまあ、いいかげんな。つまり俺達の活動はほとんど無いってことですね。
「ほんとにー? じゃあ、バランスボールぅ!」
本当に脳内余白しかないのだろうか。姫野はさっそくバランスボールに飛び乗って上機嫌にバウンドする。さっきの涙は何処へやら。
「最後にひとつ。そこの扉は勝手に開けるな!」
有巣の指差す先には『RENA』と表札のかかった扉が一つ。部屋の入口から見て左側にある扉だ。察するにそこが有巣の超プライベートルームにあたる自宅なのだろう。
バランスを保ちながら興味深く扉を見つめる姫野に釘を刺しておこうと決心した俺だった。
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