第15話-貧乏優男と創造的で活動的な可能の始まり②
この星砂学園は全国でもトップクラスの設備と、それに伴う人気を有する。
田舎町の丘を占拠する莫大な敷地には幼少部から高等部まで揃い、学問から芸術まで
緑も豊かだし、夕暮れの中庭ではバトミントンで放課後を過ごす小中学生や、噴水前のベンチで談笑を楽しむ高校生カップルが青春に花を咲かす。さらには地域の老人が犬に散歩をさせるなど、洒落た大学も顔負けの高物件だ。
そんな穏やかなキャンパスライフに距離を置き、俺はすでに涙目になった姫野を引きずりながら、有巣に指定された研究棟を目指していた。
放課後。有巣から招集されたことを説明すると、姫野は一目散に逃げる準備をした。しかし、そうは
「やだよぉ、きっとあたしはオーブンでカリカリに焼かれるんだぁ……。優馬くん、お願いだから見逃してよぉ」
「無理だ。もとはと言えば姫野が元凶なんだからな」
「ふえええぇぇぇぇ……」
姫野の泣き言をあしらって研究棟のエントランスに入った。
デザイナーズマンションのような建物には研究室がいくつもあり、お堅い名前とは裏腹に明るくて洒落た内装が外からの木漏れ日を柔らかく反射させている。
その一階の一番奥、第一研究室の前にはすでに有巣が待ち構えていた。
「遅いっ!」
「ごめんごめん。というか一緒に行けばよかったのに、有巣が先行っちゃうから」
「男のくせにつべこべ文句言うな! それにわたしは準備があったのだ。とにかく入れ」
有巣は舌打ちをして、研究室の扉に手をかける。なんて自己中な。
俺の背中に身を隠していた姫野が震えた声で
「優馬くん……。ここは拷問部屋なのかなぁ?」
「違うといいな」
俺も有巣に続いて部屋に入る。室内には予想通り木馬や鞭などのサディスティックなグッズがある……わけもなく、ただただ開放的な空間だった。
正方形で間取りの広い部屋の一面は全て窓サッシになっており、斜陽が全面に差し込む。部屋の隅には観葉植物と真っ白なハンモックが設置され、フローリングの床にはバランスボールも転がり、一見モデルルームのようだ。我が家の何倍もステキ。
窓際には社長席のようなデスクが置かれ、部屋中央には向かい合ったソファーとそれに挟まれた膝くらいの高さのテーブルがあり、パソコンまで用意されている。
「すごい。なんなんだ、この部屋?」
「わたしの部屋だ。靴はちゃんと脱げ」
「わかった。この下駄箱に入れればいいんだな――って、ちょっと待て! なあ有巣。わたしの部屋ってどういうことだよ?」
有巣は二度も言わせるなという目で俺を見ると、変わらないトーンでもう一度説明する。
「だから、わたしの部屋だ。父様がわたしの自由に使えるように確保してくれたのだ」
「マジかよ……。学校に自室があるってことだろ?」
「それは少し違う。正確には自室ではなく自宅だ。ここで生活している」
「嘘だろ!?」
「そんなくだらない嘘は言わん。今、両親は長期海外出張中だからな。やむを得ずだ」
「両親って学園理事長の? スケールが大きすぎてついていけない……」
唖然として固まっていたが、有巣に座れと促されて、姫野と共に手前のソファーに腰を下ろす。有巣は一人、社長席に腰掛けた。
「さっそくだが本題に移ろう。今日なぜ貴様等二人を呼び出したかというと――」
「有巣さん、待って!」
急に姫野が立ち上がり、有巣はむっとした視線を姫野に浴びせる。人の話は遮るのに、その逆は嫌らしい。
「そっ、その前にちゃんと言っておかないといけないことがあって……。有巣さん、先週はごめんなさい!」
深々と腰を曲げた姫野は涙目で怯えた子犬のようだった。
有巣はそんな姫野を見つめ、腕を組むと静かに目を閉じる。
「許さないと言ったら?」
この言葉は被害者側の絶対優位を表していると思う。これを言われてしまうと絶対服従を誓うか逆ギレするかの二択くらいしかないだろう。
「な、なんでもするから。だから退学だけは……勘弁してくれませんか?」
姫野は前者だった。
それにしても鬼畜嬢を怒らせると退学になるという噂は、もはや世間の一般となっているらしい。有巣は眉間にしわをよせ、「はぁ?」と疑問じみたため息をつくと、呆れて背もたれに身を預けた。
「アホか雌鶏。常識的に考えてわたしの力だけで退学になるわけないだろ」
その通りだけど、学校に自宅があるだけで常識の
「まあそういう噂が流れているらしいし、その方がわたしとしても都合が良いのだけどな」
恐るべき抑止力。有巣は自分がどう認識されているのか、よく理解しているようだった。
そして意味深な笑みを浮かべると話題を戻す。
「ところで雌鶏よ。貴様は今、なんでもすると言ったな」
悪代官のような笑顔でニタニタと微笑んでくる有巣を前に姫野は硬直した。
これはあれだ。靴舐めろとかの焼きそばパン買ってこいとかの卒業まで下僕パターンだ。俺も思わず寒気がしてきたぞ。
すると有巣は立ち上がって胸に手を当てると劇中のヒロインのように演じだす。
俺達は黙ってその
「わたしはとても傷ついた。それはそれはもう心が砕けそうなほどだ!」
心が砕けそうなやつがそんな意気揚々とするか。砕けそうなほど恐ろしいのはこっちだ。
「でも慈悲深いわたしはお前達を許そう! その変わり――」
「「その変わり……?」」
これに続く言葉が今後の学園生活を劇的に変貌させて、一部虚空のようになっていた胸の穴を歪な形で埋めていくことになる――ことを俺はまだ知らない。
木の葉を経由した日差しが淡い緑となって降り注ぐステージで、有巣は今朝見せたような模擬銃をもう一度俺達に突きつけると火蓋を落とした。
それもキャラに全く合ってないのに似合いすぎるウィンクと、とびきり爽やかな笑顔で。
「――貴様ら! この一年間、わたしと共に部活動をしろ!」
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