第10話-鬼畜嬢と理不尽③

 俺は金曜日以来、再び荷物を置く間も許されず新田の席に連行された。

 先日と違うことと言えば、周りにギャラリーがいること。


 その中からは、


「やっぱり優男、退学になるんだ」

「鬼畜嬢の逆襲だ」

「俺も武者小路のこと好きだったのにな」


 と、好き勝手に憐れんだ声が聞こえる。まて、最後のやつ誰だ。


 有巣はそんな周囲を全く気にも止めず、口を引きつらせながら、そのつややかな髪を払う。


「朝来てみたらな。なぜか皆わたしをジロジロと見て、コソコソ話をしてくるのだ」

「はい。そうでしょうね」

「だから気になって問い詰めてみたところ、どうやらわたしは貴様にフラれたらしい……」

「はい。存じております」

せぬ!!」

「知るか!!」


 いきなりなんなんだこいつは。最後に別れた時はもう二度と会話もできないくらい気まずい雰囲気をかもしていたのにいつも通りに戻っていやがる。


「意味わからんだろ! 誰が貴様みたいな菌の温床みたいな男にフラれたいと思うか!」

「おい、俺は風呂場の黒ズミか!? 傷ついたぞ。食パンにカビ生えてた時くらい傷ついた」

「知るかっ! どちらにしても菌ではないか! とにかく理不尽だっ!!」


 わけがわからなかった。なぜ朝から鬼畜嬢にののしられなきゃならないのだろう。

 有巣は頬をふくらませると、わずかに潤んだ瞳でまっすぐ見つめてくる。怒気は半端じゃないが、これはこれで可愛いのが恐ろしいところだと思う。


 そして静かに言った。


「だから貴様も弁明するのに付き合え」

「は?」


 それから教卓をがっしりと掴んで、選挙演説中の政治家に劣らぬ有巣の誰に向けたわけでもない弁解が始まり、俺はそれに終始うなずく。意味あるのこれ?


「理由を話す義理はないが、とにかくわたしは武者小路に告白もしていなければ、フラれてもいない! わかったか!」


 みんなちゃんと聞こえてはいるはずだが、聞こえないふりをしている。

 当然だ。不特定多数に対して、そんなこと言われたって反応に困る。有巣は予想以上にめちゃくちゃな女だった。そして、


「理解した者は挙手せよ!」


 予想外の応答要求。もろもろ規格外だったがその要求を受け流すことを恐れたのか、どこからともなく次々と手が挙がり、満場一致でこの件には片がついた。なにこの支配力。


 有巣もこれで気が晴れただろう。頬は赤いが、満足気な顔でこちらを見てくる。


 まったく、とんでもない朝だった――


「武者小路優馬。ちょっと付いて来い」


 と、思ったら朝はまだ終わっていなかったらしい。

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