第9話-鬼畜嬢と理不尽②

 どうやら金曜の一件は、一部始終が目撃されていたらしい。

 考えれば当然のことだ。中庭は部室棟からもよく見渡せるし、中庭と言うくらいだから基本はどの棟から見えたって不思議ではない。


 内容はこうだ。


『先週金曜日の夕方五時頃。武者小路優馬は、同組の有巣麗奈からコピー用紙数枚分のラブレターで想いを告げられたが、結果はNOノー。有巣はうつむき去って行った。星砂学園の理事長令嬢の想いをないがしろにした武者小路は退学になるであろう。そして、その直後に来た姫野凛。この三角関係やいかに……』


「うん。いろいろ間違ってる」

「殿。しでかしましたな」


 でりゃ。早くも今日二度目のクリティカルショット。累積ダメージにより先程よりも痛がっているようだ。


 新田の回復を待って俺は本気の目力で懇願こんがんする。


「理由は話せないが、それは誤解だ。信じてくれ! あと誰にも言わないでくれ!」


 新田はバツの悪い顔をしたが、理由を話すと今度こそ退学になると必死に説得すると、仕方なく了承してくれた。


「別に聞いた所で誰にも言わないんだけどなー」

「言うと俺の良心も痛むんだ。わかってくれ頼む」


 すると新田はコメディアン風に両手を挙げて落ち着いた笑みを浮かべた。


「優馬の言うことだから素直に受け止めておくよ。事実ならもっと違う反応があるだろうし、優馬は隠し事が苦手だしね。そのうち教えてくれよ」

「おまえ、俺の何をわかってやがる。やっぱ嫁か?」

「なんだそれ? 僕が優馬の嫁だって? 笑えるな、BLかよ」

「いや、なんでもない。それより今はBLの話はこりごりだ」 


 新田はいつも通りにこにこと微笑みながら俺の半歩前を歩く。

 まだ出会って一月ちょっとだが、こいつとは何だか昔からずっと一緒にいるような感覚になる。人当りが良いのもあるし、きっと人を見る目ってのが備わっているのだろう。信用がおけるし、先日のことも他言するような人間ではない。頼むぜマブダチ。


 その新田は、あっ、と思い出したように手を叩くと苦笑いをして振り向いた。


「でももう結構な人に知れ渡ってると思うし、気を付けた方がいいよ」

「なんだって!?」


 情報社会とは恐ろしいものだ。本当に些細なことでも、あっという間に大衆の面前にさらされる。プライベートなんかあったものじゃない。


 新田もそれで知ったらしく、どうやら俺達の一件には今朝の時点で七十イイネがついたらしい。ネットで少なくとも七十人ってことは、今朝のHR(ホームルーム)までには百イイネをゆうに超すだろうというのが新田の予想だった。全くヨクネェ。


 そういえばさっきから廊下ですれ違う度にやたら見られている気がする。これがただの自意識過剰であることを願いたいが、もう学年全土に知れ渡ってるかもという恐ろしい新田の呟きに、クラスでの質問責めを覚悟した俺だった。


 あれこれ言い訳を考えているうちに教室の前に着く。月曜の朝だからだろうか、教室内はやけに静かだ。


 あれからもう二日経ったのか。そんな感傷かんしょうに浸りながら新田と並んで、勢いよく戸を開ける。横からは我がクラスのムードメーカー新田仁の「おっぱよー」という、なんのひねりも無い声が溌剌はつらつとした声が響いた。


 いつもの教室。風になびくクリーム色のカーテン。黒板の横にある掃除当番表。教室の後ろ、壁際に固まって黒板側前方を不安げに見つめる女子達。教卓の前で正座して悲痛な顔をする男子生徒三人。その教卓に腰を下ろし、脚を組んで絶対的覇権はけんただよわせる黒髪美少女。別名、鬼畜嬢。


 そしてその横から堂々と戸を開けた俺と、隣で硬直した友人。

 クラス中の視線が一同に集まり、一瞬のしじま


「し、失礼しました!!」


 俺は全力で教室の戸を閉めた。一週間の始まりは、また違った一面を見せてくれる。


「おい、新田。これはどうなってやがる!」

「わ、わからないでございます。とにかく今はいったん離れましょう警部殿!」


 俺達は教室のアルミ戸の前でハードボイルドを見事に演出しきった。しかし、それどころではない。俺の教室はいつから懺悔室ざんげしつになったのだろうか。とりあえずアーメン。


 教卓で目の前に正座する男子三人を見下していたのは確実に有巣だ。というかあのクラスからの視線。まぎれもなく俺絡みのことだろ。


 焦って新田に目配めくばせすると、相棒はすでに逃走準備をしていた。なんて薄情なやつ。


 とにかくこの場から離脱しよう腰を上げた瞬間。乱雑な音を立てて戸が開く。


「おはよう。待ってたぞ、武者小路優馬」


 聞き覚えのある澄んだ美声。思わず顔を隠したが無駄な抵抗。そして鮮明なほどにデジャヴ。

 有巣麗奈が再び俺の前に君臨した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る