第8話-鬼畜嬢と理不尽①

 月曜の天気はどんよりとした鼠色ねずみいろ。空をそのまま映したような重いアスファルトを踏みしめて丘を登る。坂の下から見えている学校との距離がなかなか縮まらないのは、背負ったバッグにずっしりとかかる紙束のせいだろうか。


 私立星砂学園は都心から少し離れたこの田舎町を見下ろす丘のに建っていて、生徒は桜並木の急坂をぞろぞろと登っていく。家からは自転車で十分弱の距離だが、行きは学校へ続くこの長い上り坂を押して歩くので、二十分以上はかかってしまう。


 それにしても、もう月曜日なんて憂鬱ゆううつだ。結局週末は妹達とブリキュアの録画を見てほとんど終わってしまった。俺も鳥にメタモルフォーゼして、どこか遠くへ飛んでいきたいとか考えてしまう。


 ちなみに俺には三人の可愛い妹達がいる。大切なことだからくり返す。超絶可愛い。

 変身意欲と自己催眠のような妹達への無窮むきゅうの愛に思いをせていると、後ろから肩を叩かれて振り返り――ぷにっ。


 用意されていた人差し指に頬を突っ込んだ。


「ほっぺたがとても柔らかい……変態だ」


 新田か。でりゃ。

 自転車を水平に保ちながらすねりをかます。


「痛っ! 朝からそのツッコミはきついよ!」

「あ、ごめん足が滑った」

「完璧な滑りだったけど、フィギュアスケーターですか!?」

「おはよ、新田。今日も良い天気だな」

「スルーかよ! それにまったく良い天気じゃないだろ!」


 新田のツッコミはだいたい受け流す。自慢の一発を無視された相棒は不満そうに下唇を突き出したが、すぐに切り替えた。


「なあ、優馬よ」


 なんだよ、めんどくさい。という目を向けると、新田はいつも通りにこにこしながら眉尻を上げて意味深に問う。


「僕に何か報告することはないのか?」

「特にないぞ。それとも俺の楽しい妹との休日談義を聞きたいのか?」

「それは……あー、また今度聞くよ。優馬の妹の話はこのあいだも聞いたし」

「なんだよ、今聞けばいいのに。だいたい今度ってのは二度と来ないじゃねえか」


 新田は俺の不満面をおかまいないしに距離を縮めると、再び意味ありげに真剣な表情を作りだす。


「それにしても優馬君、あたしたちの間で隠し事は無しって言ったじゃない! あたしは涙が出そうなくらいショックよ。泣いちゃうっ!」

「おまえはいつから俺の新妻になった。カップル茶番は他でやってくれ」


 俺がぶっきら棒に手を払って倦厭けんえんの意を伝えると、今度は頬を膨らましてじっと見つめてくる。週頭から賑やかな奴だ。そんなにとばすと週末ばてるぞ。


 だが次の新田は異様なくらい真剣な眼差しを向ける。その表情には危機感を仰ぐものがあった。


「白状しろよ」

「だからなんだって」

「なぜなんだ? 好みじゃなかったのか?」

「は?」

「僕は優馬が退学になるんじゃないかって心配しているんだ」

「……退学?」


 突然のその言葉は、あまりにも鋭く脳内を駆け巡った。まだ薄らと眠気が残っている左脳は一時停止して、すぐに回転を始める。


「お、おい、月曜からそんなくだらない冗談はやめろよ……。なあ?」


 新田は首を横に振って、俺の目をじっと見据える。


「だから言うことがあるんじゃないかって聞いてるんだよ」


 俺が固まって、本当に知らないんだ、という表情をすると、「役者級の演技だね」と呟いた新田は、まるで火サスの探偵のように人差し指を向け、


「あくまでシラを切るつもりなら仕方ない…………」


 そして次の言葉に戦慄せんりつが走った。


「優馬。金曜日、鬼畜嬢をフったそうだな」

「は? 有巣をフった?」


 またしても世界は硬直した。ザ・ワールド。俺の周りはスタンド使いだらけか。

 俺は自転車の方のスタンドを立てて、新田の両肩を強く掴む。


「詳しく説明してくれ!」

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