第7話-貧乏優男と鬼畜嬢④

 教室に戻って有巣の紙束を整理すると、それが数十枚程の小説だったことに気付く。


「BL小説かあ……」


 別に書くことは悪いことでもないし、問題視するようなことではないけれども、抵抗が無いかと言われればそれは嘘になる。俗に言う腐女子ふじょしってやつなのだろうか。有巣を見た限りでは、腐るってより築地の朝一くらい新鮮そのものだけど。


 椅子に座って頬づえをつきながら、左右表裏ごちゃまぜになってしまった原稿を流し読みながらページ通りにまとめる。描かれていたのはステファンとジョニーの身分に加えて性別という壁を超えた純愛物語。同性でも純愛……だよな?


 当然未完成だし題材もBLという衝撃的な内容だったが、読めないこともなく、ストーリーや人物も普通に面白い。


 ロミオとジュリエットに似ているとは思ったが、そこはBLという点でまた違ったアレンジがされている。シェイクスピアが読んだら卒倒そっとうしそうではあるけど。


 不覚にも続きが気になってしまう俺だった。己の中の新しい扉が開いてしまう前に紙束を閉じる。すると紙が一枚だけ余り、それが表紙だということを理解して一ページ目の上にそっと重ねた。


 そして例えようの無いむなしさに包まれる。


 表紙の真ん中には『(仮)ステファンとジョニー 理不尽な愛の物語』と仮の題名が明記されているが、それは正直どうでもいい。目を奪われたのは、その大きな用紙の片隅に小さく目立たないように星型で囲まれて、なんとも可愛らしく装飾された文字だった。


『目指せ! 新人賞!』


 もう一度、中身をぱらぱらとめくる。

 隅に書かれたアイディアと思われる単語の羅列。盛り上がる場面で増える赤ペン。行き詰ったのか、ぐしゃぐしゃと雑に書かれたうず。そしてもう一度表紙。そこには趣味とか、ちょっと書いてみたとかでは片付けきれないような想いがにじみ出ていた。


 これを書くのにどれくらいの時間を費やしたのだろう。どんな気持ちで書いていたのだろう。きっと感じた時間はあっという間で、最高に楽しみながら書いたのだろう。と、勝手に想像する。いや、この原稿用紙を見れば誰もがそう思うだろう。それくらい普段冷徹れいてつな鬼畜嬢の感情面を映し出していた。


 鬼畜嬢とは不釣り合いなハートやスマイルマークなどが散りばめられた紙束を見つめて脳裏をよぎるのは、先ほどの有巣が見せた表情。あの時は自分の保身でいっぱいだったが、今になって有巣のことを思うと、じんわりと胸が締め付けられたようになる。


 捨てろだなんて言ったけど、きっとあれは強がりで有巣も動揺していただけだ。月曜になったら早く返してやろう。


 誰だって自分の本当に好きなことや大切なものを失うことは辛い。

 趣味であれ、夢であれ、未来であれ、そして人であっても。失うというのは本当に。

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