第4話-貧乏優男と鬼畜嬢①
ここは裁判所だろうか。俺は教室の中心である新田の席に座っている。
どこからか吹奏楽部が奏でる
それもそのはず。目の前には鬼畜嬢が俺を
戸が開いてからはほんの数秒。有巣にブレザーの
「武者小路優馬」
「は、はい……」
「貴様に
「はい。…………はあ?」
唐突な有巣に対して、思わず
しかし、断じて、まったく、そんなつもりは無い。
「ち、違う! これはたまたま」
「ほう、たまたまか。捕まった
有巣の視線は性犯罪者でも見るようなそれだった。
「無理もないか。女子高生が二人、誰もいない放課後の教室で
「妙な言い回しをするのはやめろ。それじゃあ俺が変態さんみたいじゃないか」
「違うのか?」
「なぜ違わないと思わない」
有巣は小首をかしげると、寒気がするような笑顔でにっこりと言い放つ。
「随分
「えっ? 優馬くん
「おい、そんなわけないだろ! というか性欲の顔ってどんなだよ」
姫野が胸の前で手をもじつかせながら視線を
「ち、違う! 誤解だ!! それに
「ならば覗き見ていないで堂々と入ってくれば良かったではないか」
「うっ……。それはそうだけど、二人が喧嘩してて入りにくい空気だったためで」
「言い訳なら簡潔にしてくれ」
有巣の
「――まあいいだろう。わかった」
そう言うと有巣は実際どうでもよかった、とでもいうように窓際の席に戻り、一息つく。
もっと
しかし、疑いが晴れたならそれに越したことはない。
「ああ、そうだ武者小路。覗きの性癖は黙っておいてやるから、そこの雌鶏を一緒に連れて帰ってくれ。
「だからそんな性癖はない!」
有巣は
だが相手はあの鬼畜嬢だ。
「おい姫野? どうしたんだ?」
姫野は振りかえると
「来週までなんだあ……。新設部活動の申請」
「
「うん。仮に設立できたとしても同好会からなんだけどね」
姫野は力なく頷くと、申請用紙とやらを俺に手渡し、一点を指差す。
「同好会新設にあたっては会員を三名以上および、顧問一名の承諾を受け明記し、期間内に生徒会室にて手続きをすること……」
俺たちの通う私立星砂学園高校は一年次の部活動加入が必須だ。また私立の豊富な財源と相まって、バラエティーは
この環境で新入生の大半は既存の中から自分の気に入ったものや、友人に誘われたものなどに所属し、青春を
――ただ、特例者を除いてだけれども。
つまり、来週末までに部員を三人集めれば良いのだ。しかし大多数の生徒はどこかに所属してしまっているので、新規メンバーを獲得するのは簡単なことではない。
「なるほどな。それで月曜から有巣に声をかけていたのか」
「結局、今週はだめだったんだけどね……」
「来週もだ」
姫野が寂しげに微笑むのに対して、有巣が静かに釘を打つ。シュールな絵面だった。
だが、ここで一つ疑問が生まれる。
「有巣、えーっと……有巣さん? 有巣さんはどこの部活にも入っていないのですか?」
呼びかけただけなのに不快感のこもった視線で返されて、思わず敬語になってしまった。
若干の沈黙が流れたが、有巣は肩にかかった髪を払うと自信たっぷりに答える。
「所属しているぞ。帰宅部にな」
「…………。それはギャグですか?」
「あえて聞くな、
意外と冗談が言えるやつだった。そして有巣が俺をきつい目で睨む。
「今のところはどこにも所属していない。だが、この時間、こんな所で油を売っているということは貴様もどこにも所属していないだろう? 覗き武者」
「おい、覗き武者ってなんだ。人の苗字を悪用しちゃいけませんって教わらなかったのか」
つっこむ俺をさらに鬱陶しそうに見る有巣にぐぬぬと息を詰まらせる。ただ、有巣の推理は的を得ていた。だから俺は余計に反感を与えないように細々と答える。
「俺は……、特例なもんで」
その言葉に有巣の片眉はピクリと上がる。
気に障っただろうか。有巣は窓の向こう、
「特例……か。この平等が
どこか寂しそうにそう言うと、有巣の黒くて力のある瞳は再度、俺とぶつかり、
「よって貴様も大嫌いだ!」
突然の嫌悪発言。ちっとも寂しそうじゃなかった。
この微妙な人間関係が重視されるご時世で、そうあっさりとオマエ嫌いとか。それに有巣とはファーストコンタクト同然。鬼畜嬢、恐るべしと言ったところだろう。
当然のことながら、ほぼ初対面の相手に拒絶宣言された際の対処法を習得していなかった俺は適当に苦く笑ってみせ、話を姫野に戻す。
「そもそもなんで草ボーリングってのがしたいんだ」
あれだけ人に
だが姫野の返事は完全に予想の右斜め下を
「うーん……。別に草ボーリングには
「えっ? あんなに勧誘してたのに?」
姫野は胸の前で
もちろん、その事実に一番驚いたのは、
「なっ……!? り、理不尽だ!!」
そりゃあこの一週間、耳にタコができるほど言われていたことが、まったく重みをもっていなかったのだ。今回ばかりは有巣が脳天を
しかし、有巣はすぐ戦闘態勢に入ったように
「この雌鶏……貴様ぁ」
やばい。鬼畜嬢が沸騰する。
白くてか弱い手に握られたシャーペンは折れそうなくらいしなっていて、すでに怒気は可視できる段階まで湧き上がっていた。
対する姫野はすでに目尻に
「あ、有巣。一度落ち着こう。姫野にも何か理由があるかもしれないし……な?」
姫野がすがるような視線を送ってくるものだから、つい助け舟を出してしまった。
そのタイミングで「あ、あのね……」と姫野が声を絞り出すが、
「おい雌鶏。ふざけたこと言い出したら、身ぐるみ
有巣がダメ押しの一発。姫野は口をへの字にして後ずさりしたが、なんとか切り出す。
「あのね……、その……あたしね、高校に入って少し変わったっていうか……、前より自分に自信が持てるようになったっていうか……、とにかく新しいことにチャレンジしてみようって思えるようになったの」
俺は理由になっていない姫野の言い分に首をかしげる。
一方の有巣は一度息を落ち着けて、いたって冷静に姫野を
「だからね、新しいこと始めようと思って。それでとりあえず部活作ろうって、もう既にあるものじゃなくて、新しくスタートさせたいなと思ったの!」
動機と
「つまり貴様はとにかく新しい部活動を自らの手で新設したかったわけだな」
有巣の簡潔なまとめに姫野はこくこくと肯く。
「
少なからずでも有巣に良いと言われたのが嬉しかったのだろう。姫野は目を輝かせると、上機嫌で返しはじめる。今までは断られて
「そこであたしは思いついたのです! 昔おじいちゃんが町内会でやってた草ボーリングなら運動音痴なあたしにもできるって! 誰でも仲良く簡単にできるって大切だと思うんだよね!」
姫野は自信満々に大きくVサイン。
「ん……ああ。理由ってそれだけ?」
「うんっ! そうだよっ!」
有巣のこめかみが音を鳴らしたようだったが姫野はまだ気付いていないようだ。言いたいことを言いきって健気に微笑んでいる。
俺はそんな鬼畜嬢を
「ち、ちなみになんで有巣をあんなにしつこく勧誘したんだ? 部活が決まってないだけで有巣じゃなきゃだめってことないだろ?」
「えっ、あ。そ、それはねぇ……、もちろん部活に入ってないってのもあるんだけど……」
姫野は横目で有巣を確認すると、悪戯をごまかす子どものように指を胸元で絡ませる。
「続けろ」
低い声を放った有巣は姫野から視線を外さない。
「いやぁー……。有巣さんのお父さんってこの学校の社長さん? ……なんだよね?」
嫌な予感がしてくる。
「だから、もし二人しか集まらなくても
姫野が目を泳がせながらわざとらしく可愛いえくぼを作る。というか、
「浅薄すぎるだろ!!」
思わず俺がつっこんだ。そして恐る恐る有巣を
「理由はそれだけか?」
意外にも俺とは対照的に冷静な有巣。これは嵐の前の静けさだろうか。
「そっ、それだけじゃない、よ? ほ、ほら、それに有巣さんって素敵だから、有巣さんが入ってくれれば人気もでるかな? ……って」
それはむしろ逆効果だと思うけどな。言っている姫野自身も疑問系である。言いきれないところが余計に痛々しい。
「とっ、とにかくそういうことです! だから有巣さん、やっぱり一緒に草ボーリン――はぅっ!? 痛ぁーぃ!!」
ぱしゅっ、と空気を割く音と同時に、わずか二ミリ程しかないシャーペンの芯がすっとんで姫野の額にささる。有巣が親指に怒気を込めてはじいたものらしい。そして次の瞬間、
「ふっっっざっけんな――――!!」
セリヌンティウスも身の危険を感じるくらい有巣は激怒した。
姫野凛、相撲部行き決定です。
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