第4話:演技派タダノくんの演出
それから一週間後…
子供と遊んでいたおかげか、色々な人に話しかけられるようになり、色々な話を聞くことができた。
人手が欲しいところはどこか、僕らでも手伝えるところはあるのか、要らない物を譲ってくれる人がいるのかどうか、本当に色々な話を聞くことができた。
そのおかげでクラスメイトの皆にも元気が出てきた。
関わる人が多いほど、優しい人と触れ合うほど、この世界に絶望することがなくなるのだから。
そして、今日は子供達と遊ばずに水城さんと散歩することにした。
子供達には昨日の内に遊べないということを伝えておいた。
その最後に、危ない場所には行かないように忠告し、絶対に東の建築現場には近づかないように念を押した。
「すごいね、タダノくん。まるで海外旅行にきたみたい」
「海どころか世界を渡ってるからね」
「ほんとだね!だけど、あっちでも別の世界に行くことはできたよ?」
「…もしかして、夢の国的なアレ?」
「うん! 中学校の修学旅行で行ったんだけど、凄く楽しかったんだ。あっちだとマスコットキャラがいっぱいただけど、こっちだと珍しい人がたくさんいるね」
水城さんが言っているのは動物のような耳や尻尾を生やしている人、体の小さいホビットのような人のことだろう。
とてもファンタジー要素溢れる光景なのだが、あまりワクワク感は無かった。
やはりあっちの世界でのゲームがリアルになりすぎたせいか、見慣れてしまった感があるのかもしれない
「おや、ミズキちゃんじゃないか。ちゃんと食べてるかい?」
「こんにちは、フィーネさん。おかげさまでちゃんと食べさせてもらってます」
「若い子が気にすんじゃないよ。それに、あんたの代わりに手伝いにきてくれる子もしっかり働いてくれるからね。男だから遠慮なく力仕事も任せられるよ」
「どうも、フィーネさん。前はパンを分けていただいてありがとうございます」
「あんたは…タダノだっけ?いつも子供達と遊んでくれてありがとね」
「いやいや、気にしないでください。僕達も楽しく遊ばせてもらってますから」
「そうですよ、フィーネさん。タダノくんも負けたくないからって一生懸命に遊んでるんですから」
水城さん、その言い方だとまるで僕が子供のように負けず嫌いだって聞こえちゃうと思うんだけど。
いや別に子供に負けたからって拗ねたりはしないよ?
ただ本気でやらないと失礼だからね、舐めプとか喧嘩になるかもしれないからね。
「だけど、やっぱりミズキちゃんが店にいたほうがいいねぇ。お客さんの入り具合が違うよ」
「そ、そうなんですか?そう言われるとちょっと照れますね」
「水城さんは神様にも愛されてるからね、やっぱり色々な人にも好かれるのも分かるよ」
「へぇ~そうなのかい?モテモテなんだねぇミズキちゃん!」
「そんなことありませんって!タダノくんも変なこと言わないでよ、もぅ!」
「いやいや、嘘じゃありませんよ?その証拠に、水城さんの近くにいるとたまに神様の言葉が聞こえてきたりしますもん」
嘘だ、そんなもの聞こえるはずがない。
だけどこれから起こることを考えると、必ず理由付けをしなければならない。
都合の良いこと、悪いこと…その全てが起きた理由が必要なんだ。
「実は、ここに来たのもそれが理由なんですよ。今日、子供達に嫌なことが起こるかもしれないって」
「本当かい?にわかには信じられないけど…」
水城さんは驚いた顔をしており、フィーネさんは半信半疑のような顔をしていた。
それでいい、疑いが深ければ深いほど、これから起こる事のインパクトが強くなるんだから。
「まぁ具体的にどうこうってお告げはありませんでしたけどね。もしかしたら、転んで膝から血を出しちゃうよって教えてくれたのかもしれません」
「はっはっは、それは確かにありそうだねぇ。あの子、よく転ぶんだもの」
その後、心配だからちょっと見てくるということでフィーネさんとはそこで別れた。
そして水城さんが戸惑いながらこっちに話しかけてきた。
「ねぇタダノくん。さっきの話って本当なの?」
「神様のお告げじゃないけど、嫌な予感がするっていうのは本当。虫の報せっていうのかな…」
嘘だ、そんなもの今まで来たことない。
そしてそれを聞いた水城さんが不安そうな顔をする。
だから僕は励ますように言ってあげる。
「まぁほとんど当たったことなんてないけどね。ただ…なんか気持ち悪いから大丈夫ってことを確認しに行きたいんだ」
「そうなんだ、ビックリしたなぁ。じゃあいつもの広場に行こっか?」
「うん、転んで泣いてたりしてなきゃいいんだけどね」
そうして二人で広場に行くと、フィーネさんの子供や他の子供達が遊んでいるのが見える。
ただし近づくと絶対に遊びに巻き込まれるので、遠くから見るだけにとどめた。
「よかった、大丈夫そうだね」
「みんな元気に遊んでるね」
二人して安堵した。
水城さんは怪我をしている子供が居なかったから。
そして僕はいつもよりも少しだけ子供が少なかったから。
「そうだ、水城さん。この後ちょっと行ってみたいところがあるんだけど、いいかな?」
「タダノくんがそう言うなんて珍しいね。いいよ、どこに行くの?」
「ちょっと、東の建築現場にね」
東の建築現場にいくと、職人の人達が木材や石材を運んで作業しているのが見えた。
ちょっと歩き疲れたので、そこでしばらく座って休むことにする。
「タダノくんは、どうしてここに来たかったの?」
「実は親が建築関係でさ、こっちの世界だとどうなってるのかな?って思って」
嘘だ、両親はどちらもただのサラリーマンだ。
だけど、どうしてもこの場に来たかったのは本当だ。
もしかしたら何もないかもしれない、もしかしたら時間の無駄かもしれない。
だけど、もしもここで何かが起こるなら、それは偶然ではなく運命であるように演出しなきゃいけない。
一緒に地面に座りながら水城さんと他愛もないことを話していると、視界の端に子供の姿が見えた。
広場で見なかった子達だ。
どうやら僕の言いつけを守らずに来てしまったらしい。
当たり前だ、子供なんだから。
何が危険なのか、どれだけ危険なのか理解していないのが普通だ。
建築現場の足場の下でウロチョロと歩き回っている。
当たり前だ、子供なんだから。
好奇心に誘われるがままにあっちこっち動くのが普通だ。
あの子たちの気持ちはとてもよく分かる。
僕だってそうだったからだ。
危ないといわれる場所にわざと近づいて、関心を引こうとする。
自分は凄いんだぞ、とアピールするために危ない場所に行く。
皆よりも勇気があることを証明するために、ドンドンとその行動はエスカレートしていく。
水城さんはまだ気づいていない。
そして周りの大人たちも忙しくて気づいていない。
僕だけが気づいている、僕だけが知っている。
あの子達ががここに居ることを、ここに来ることを僕だけが知っていた。
子供達が足場にぶつかる。
「水城さん!」
僕が大声をあげて指をさす。
そこには、足場が揺れたせいでバランスを崩した大人がいた。
慌てて手すりに掴まるが、手に持っていた木材は手放していた。
「ッ!」
一瞬、息を呑むような声が聞こえたと思うと水城さんが子供達の場所へを駆け出していた。
ありがとう水城さん、キミならそうすると思っていた。
だから僕はキミを聖女<アイドル>にしようとしたのだ。
木材が子供達に降り注ぐ。
それを庇うように、水城さんが子供達の上に覆いかぶさる。
ガラガラガラと、大きな音がした。
大人の怒声が聞こえる、当たり前だ、下に人がいたのだから。
子供の泣き声も聞こえる、当たり前だ、死ぬかもしれない目にあったんだから。
水城さんの泣き声が聞こえる、これはちょっと想定外。
心配はしてもらえるだろうとは思っていたけど、泣かせるつもりはなかった。
だけど、こうするしかなかったんだ、ごめんね?
だから泣き止んでほしい、僕にはキミに泣かれるほどの価値はないんだから。
あのままキミを木材の下敷きにして大怪我をしてしまったら、大変なことになる。
だから僕がキミの怪我が最小限になるように庇わなくちゃいけなかったんだ。
そもそも、僕は子供達が怪我をしてもいいし、しなくてもいいと思っていた。
怪我をしなければ、水城さんが身を挺して助けたという美談に。
怪我をしてしまったなら、頑張って助けようとしたけど間に合わなかったということに。
そして、どちらに転んでも僕の言っていたお告げの信憑性が上がるというものだ。
だからどうか泣かないでほしい。
僕にはそんな価値はないし、これこそが僕の狙っていたことなんだから。
意識が遠のく、木材がいい具合に頭に当たったせいだ。
完全に意識が飛ぶ前に、水城さんの顔と体を見る。
「良かった…」
肩にちょっとした青あざがあるだけの水城さんを見て呟いた僕は、そのまま意識を手放した。
最後に、水城さんの泣き声が一際大きく聞こえた。
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