第5話:負傷者タダノくんの印象操作
「水城さん聖女<アイドル>化計画、第二弾を始めようと思う」
診療所で目を覚ましたあと、お見舞いに来てくれた何人かのクラスメイトにそう打ち明けた。
「…え?どういうこと?」
「待った、第一弾は何処にいった?」
水城さんが子供を家に送っていっている今の内に情報を共有しておかなければならない。
「そういえば僕、ここの診療所にいていいの?お金とか大丈夫?」
アメリカでは高額医療問題というのがある。
異世界でも同様の問題があるかは分からないが、ただでさえお金も何もないというのに、皆の貯えを消費するのはとても心苦しい。
「大丈夫、お前達が庇った子供の中に商家の親御さんがいたんだよ。その人が代金を立て替えてくれるから、治るまでゆっくり休んでていいってさ」
「本当!?それはよかった、すぐに退院しないと」
そう言ってベッドから起き上がり、部屋から出た。
「待て待て!待てって!ここにいても大丈夫なんだぞ!どうして出て行こうとしてるんだ?」
「治るまでここにいたら、そこでこの件が終わりってことになるから」
「どういうこと?」
しまった、頭がまだフラつくせいかちょっと口を滑らせてしまった。
なんとか誤魔化すためにも頭と口を一生懸命にまわす。
「いやほら…この世界の人達は優しいけど、その治療方法が必ずしも正しいものとは限らないからさ」
「あぁ、病気とか怪我の治療方法が俺達の世界と違って、間違ってるかもしれないってこと?」
「そうそう。それに頭をぶつけてタンコブができただけだからね、あんまり居座るのも悪いと思うんだ」
元の世界でさえ、あれは合ってるとか間違っているとかの情報が交錯していたのだ。
異世界のここであればさらに疑わしいとみんな思うことだろう。
そして…先ほど乙男くんが商家の親御さんがいるといった。
つまり、ある程度の財力を持った人ということだ。
自分の子供を助けてくれたからその見返りとして診療所のお金を出すのか?
それとも子供を助けてもらったのに何もしなかったと言われる悪評を恐れたのか?
それとも本当に悪いと思ったかお金を出してくれたのか?
あるいはその全てなのか。
なんにせよ、これからのことを考えると治療が不十分なままで診療所を出たかった。
相手が必ずこちらに接触してくる機会がほしかったのだ。
「それで水城さん聖女<アイドル>化計画、第二弾についてなんだけど…」
「第一弾はどこにいったんだ?」
「先ず、みんなには子供達を助けたのは僕じゃなくて水城さんってことにして話を広げて欲しいんだ」
「ねぇ第一弾はどこにいったの!?」
「第一弾キャンペーンは終了いたしました。次のイベント開催までお待ちください」
「ソシャゲのイベント方式なのか!?」
第一弾はひたすら地味な顔つなぎ、信用作り、水城さんの顔みせのようなもので、そっちはもう充分だ。
いま必要なのは話題だ、面白い話題性を広げないといけないのだ。
「話を続けるんだけど…とにかく皆にはお手伝いしている場所で、水城さんは子供を庇う良い人ってことをアピールしてほしいんだ」
「おいおい、お前だって子供を庇ったんだろ?なんで水城さんだけにするんだ?」
「水城さんが僕よりも先に子供を助けようとしたからね。だから庇いにいくのが遅れた僕がタンコブを作ることになったんだし」
皆の顔を見ると納得していないような顔をしていた。
別に嘘をついてほしいとか、騙してほしいというわけではなく、物事の一部分を強調してほしいだけなのに。
ニュースなどでもよくやっている手法だから馴染み深いと思うのだけど…
「ねぇ、タダノくん。水城さんを聖女<アイドル>にしようって言ってるけど、具体的にはどうしたいの?」
「そうだなぁ…最終的にはジーザス、あっちの世界で一番有名な神の子くらいを目標にしてるかな」
「いやいやいや!なに言ってるんだよ、無理に決まってるだろ!?」
うん、まぁいきなりあっちの世界最強の知名度を持つ聖人を出せばそう思うのも仕方がない。
ただしこれは目標でしかないのだ。
実際に異世界をキリスト教の光で満たすわけではなく、あくまで僕らの生活環境などを改善させるためのものだ。
いってしまえば、イエス・キリストなりきりプレイをしてもらうためなのだ。
「タダノ…キリストって死んでも復活したり、石をパンにした人だろ?水城さんにマジックでもさせるのか?」
「いやぁ流石にそんなことしないよ。というより、そういう奇跡みたいのは自分で起こすものでもないし」
正直、僕は聖書に書かれている奇跡については信じていない。
だけどその在り方についてはとても興味深いものがある。
「自分達でアピールするんじゃない、周りの人がアピールするようにしなくちゃ」
イエス・キリストだって死んだ後のほうが盛り上がった。
劇的な最期だったからこそ、それが神格化されて周囲の人が祭り上げたのだ。
そしてそのせいで世界に広がり、侵食し、根付いたのだ。
多くの人の言葉によって、多くの血によって、多くの虚構によって。
僕は、それを利用する。
あっちの世界を知る、僕らだけが知っているその道程で。
家に戻って休んでいると、子供達を送った水城さん達が戻ってきた。
「タダノくん!大丈夫なの!?」
「うん、それよりも水城さんや他の子達はどうだった?」
「私はちょっと打撲しただけだから…それよりもタダノくんのほうが心配だよ!」
「タンコブが出来たからちょっと痛いけど、これくらいなら平気だよ」
皆が心配してくれている。
クラスでもほとんど話したことの無かった皆が、僕のことをちゃんと見てくれている。
それが嬉しくて、嬉しくて、だけどその心遣いが僕の心の表皮を削っていく。
心に棚を削って、またそこに置いておく。
「そうだ。あの子達の所に僕は大丈夫だよって顔を見せに行きたいんだけど…水城さん、案内してくれないかな?」
「えっ!でも…もう夕暮れなんだし、今日は休んでたほうがいいんじゃ…」
「そうすると、子供達が明日までずっと嫌な思いをするかもしれないからさ…出来るだけ早く顔を見せて大丈夫だよって言ってあげたいんだよ」
「そっか、あんな怖いことがあったんだし、タダノくんの顔を見れば元気が出るかもしれないもんね」
それもあるのだが、一番大事なのは子供達とその親御さんが寝る前に会う必要があるからだ。
例えば親しい人が死んだ時、心が張り裂けそうなほど嫌な事があった時、美味しいものを食べても楽しい番組を見ても解消されないだろう。
だけど、大体は翌日になればかなり楽になる、何故か?
それだけ時間を置くことと睡眠をとることが心にとって大事なことだからだ。
悪いことがあった時はずっとそれが頭の中にこびり付いて離れない。
だけど眠ってしまえばそれを考えることはない。
そして時間を置くことでメンタルが安定してきて、その物事をしっかりと受け止められるようになるのだ。
つまり、心が不安定になってる子供とその両親へ一番大きくインパクトを与えるなら今しかないのだ。
明日になってメンタルが回復されてからでは効果が薄いのだ。
それに、怪我をした僕らがわざわざ足を運ぶところを周囲の人に見られるためでもある。
怪我が治りきっていないのにわざわざ子供達のところへ足を運ぶ、人に好かれそうな美談だ。
こういったものを積み重ねていくことで、水城さんを聖女<アイドル>へと押し上げるのだ。
「そうだ、杖になりそうな棒とかないかな?」
「杖?やっぱり体調が悪いんじゃ…ッ!」
「いや、頭は大丈夫だよ!?中身が悪いのは元からだし。そうじゃなくて、筋肉痛が…その…ね?」
これは半分本当だ。
やはりフィジカルが高い子供達を連日で相手にすると色々なところが痛くなる。
まぁ杖を使うほどではないのだけど、あった方が楽なのは確かだ。
それに、事故にあった僕らが杖を使ってまで歩いて子供達の所に向かうというのは、話題性も大きくなることだろう。
色々な人に見てもらい、沢山の人に僕らのことを知ってもらおう。
僕らは、水城さんは本当に良い人なのだと、愛おしき聖人になるのだと。
その後、適当な木の棒を見つけたのでそれを使って歩きながら子供達の場所へ向かった。
親御さんたちはとても丁寧に僕らを迎えてくれた。
皆が謝り、そして感謝してくれた。
怪我は大丈夫なのか、何か必要はものはないか、せめて心ばかりのお礼を受け取ってくれないか、皆が僕らに施そうとしてくれた。
だけど僕らはその全てを丁重に断り、子供達にもう危ないマネはしないようにと約束した。
これでいい、これがいいのだ。
心ばかりのお礼や物品など今は必要ないのだ。
大切なものですら、自分からこちらに持ってきてもらうための環境作りのほうが大切なのだ。
あなた方が良き人であれば罪悪感を感じてください。
その心が僕らにとって強力な味方と枷になってくれます。
あなた方が悪しき人であれば自らの評判を貶めないように動いてください。
自分達が悪いのではなく、僕らが良い人だったからモノを受け取らなかったのだと主張するために。
色々な家に出向き、沢山の人と話した。
もちろん木材を落としてしまった職人の人の所にもだ。
その人は憔悴しているようにも見えていた。
当然だ、もしかしたら人が死んでいたのかもしれないから、子供が死んでいたかもしれないからだ。
これが子供だけの被害であればまだ割り切れたかもしれない。
危険だと言われている場所で遊んでいた子にも非があるのだから。
だが、彼が傷つけてしまったのは事故の原因である子供ではなく、無関係の僕らだ。
彼が悪いわけではないのだが、それでもそう簡単に割り切れるほど人間の心というのは都合よく作られてはいない。
ありがとうございます、名も知らぬ職人さん。
あなたのおかげで僕らは今より一層『良い人』であり続けられます。
他の誰かが僕らを非難しても、絶対に擁護してくれるであろうあなたに、僕は心から感謝します。
そうして遂に最後の家に来た。
大きな屋敷を構えている商家、僕と水城さんが庇った子供の最後の一人の家。
水城さん聖女<アイドル>計画、第一弾は完了した。
権力、もしくは財力を持つ人との繋がりを持てたのは大きい成果だ。
門衛の人と挨拶し、用件を使える。
日も暮れているので追い返されるかもしれなかったが、別にそれでもよかった。
わざわざ子供を守った人が怪我をおしてまで来たというのに門前払いをしたという悪評を払拭するために、東奔西走してくれるはずだからだ。
何もしないというのであれば、それはそれで構わない。
絶対に関わってはいけないという人物という目星をつけられるし、なんなら悪い事件が起きたときにそれを遠慮なくなすりつけられるのだから。
しばらくすると、門衛の人が慌ててこちらに駆け寄ってきた。
最初に用件を伝えた時とは違い、かなり丁寧な対応であった。
「主人から丁重にお通しするようにとのことでしたので」
「分かりました。門衛さんもお仕事ご苦労様です」
少なくとも悪い人ではなさそうで安心した。
ありがとうございます、商家の方。
これからもよろしくお願いします、これからもずっとお願いすることになります。
どうか、末永いお付き合いになることを期待しています。
そうして僕と水城さんは屋敷の中に招かれた。
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