第3話:卑屈なタダノくんの覚悟

 今、僕と水城さんは子供達の遊び場になっている広場にいる。

 ちなみに僕はすでに疲れ果てて座り込んでおり、水城さんはまだ元気に子供達の相手をしている。


 いや、僕の身体能力は子供よりも高いから貧弱ってわけでもないんだ。

 全力で走れば子供達より速いし、誰よりも沢山動いている。

 だけど鬼ごっこなどのような遊びの場合、一番身体能力のある僕が鬼になって追い回さないと公平でないため、一番走ることになるのだ。


 そう、だから僕はもやしっ子というわけではない!

 まぁ…それでも水城さんよりも先にバテてしまっているのは言い訳のしようがないのだが…。


 日も高くなり、そろそろ別の遊びをしようと子供達に提案する。

 決して

『これ以上の醜態を晒さないために休みながら遊べるものにしよう』

 と思っているわけではない。


 取り合えずは頭を使いながら体を動かせるゲームということで、ツイスターゲームもどきをやることにした。


 先ずは二つのチームに分かれてもらう。

 そして地面に数字が書かれた丸を描き、それを9つ用意する。

 それとは別に大きな丸の図形を書く。

 その図形の中に1~9つの石を投げ、中に入った石の数に応じて、丸に書かれた数字の箇所に手や足を置くというものだ。


 先ずはお手本として僕と水城さんでやることにした。

 ちなみに二人一緒のフィールドでやるわけではない。

 別々に数字を書いた丸を用意した。


 決して一緒に触れ合う根性がないというわけではない、警察が怖いだけだ。

 いやこの世界に警察はいないのだが、それでもなんかこう、正義の味方的な人や卑猥なマネ絶対許さないマンなどが登場するかもしれないのだ。

 そして目先の欲望に釣られてお縄にでもついてしまえば、取り返しのつかないことになってしまう。


 水城さんの信用を勝ち取るためにも、内なる欲望を隠すように爽やかな笑みを浮かべて勝負に挑む。


「がんばれー!あかねちゃーん!」

「そっちのあし、ものをもつほうのあしだよ!」


 水城さんへの黄色い声援がたくさん聞こえてくる。

 こういうゲームが今までなかったこともあってか、中々盛り上がっているようだ。

 一方、僕の方への声援はというと…


「違うってタダノ!あぁもうダメ全然ダメ!」

「もっと根性見せろよー」

「お前ら後で覚えておけよ!!」


 男の子による罵声と野次がたくさん飛んでくるので流石に怒りのボルテージが上がる。

 僕は同じチームだろ? なんでこっちじゃなくてあっちを応援するんだよ!

 っていうか、誰だいま僕に石を投げた奴!

 そういうことするための石じゃないぞ!?

 よし、いま石を投げた奴ら覚えたからな?

 お前らの出番になったらズボン剥いでやるから覚悟しておけよ。



 そんな感じで日暮れまで遊ぶと、僕の体はボロボロになっていた。

 子供達を見送る時に手を振ろうとするが、ちょっと痙攣までしている始末だ。

 っていうか、石を投げつけられたせいでちょっと青あざも出来てる。


「あはは、タダノくん人気者だったね」

「あれで!?」


 帰り道、水城さんにそんなことを言われた。

 あれか? もしかしてイジメられっ子がイジメられている場面を見ると


『あらあら、仲良く遊んでるわねぇ~』


 とか言っちゃうタイプの人なのか!?


「うちの弟もそうだけど、男の子ってやんちゃでひねくれちゃうから。ああやって思いっきりぶつかり合えるのって、好きの照れ隠しなんだよ?」

「なんてはた迷惑な…好きなら好きって普通に言ってほしい」


 まぁ、別の意味での好きとか言われたら困るだろうけど、それでも容赦のない罵倒と野次よりかはマシなはずだ。

 しかし熱っぽい顔で男の子から言われるのも色々と危ない気がするな…

 顔が悪ければ

『なんだこいつ気持ち悪い』

 で済むんだろうけど、もしも女の子のような顔で言われたら一瞬の気の迷いから転んでしまいそうな気もする。


 いや大丈夫だ、僕は女の子が好きだから大丈夫なはずだ。

 自分の理性と倫理と性癖を信じよう、ムラムラする男子高校生の節操を信じるしかない。祈ろう。

 神様、どうかこの世界から元の世界に戻れなくてもいいので僕をノーマルのままでいさせてください。

 どうしても誰かの性癖を犠牲にしなければならない時は、僕のことをからかったクラスメイトの男子2名を犠牲にしてください。

 なんならあの二人をくっつけて祝福してやってください。


「今まであんまり話したことなかったけど、タダノくんって凄く優しいんだね」

「えっ?水城さんがそれ言うの?」


 僕はそう言って水城さんの頭の上にある花冠を指差す。

 女の子達が作ったもので、いくつもの花冠が可愛らしくのせられている。


 ちなみに男の子たちはやたら花の指輪を作って渡していた。

 あの歳からアプローチをかけるとは、侮れない奴らだ…!


「だって、男の子に何されても怒ったりしなかったじゃない。普通はもっと不機嫌になったり怒ったりするよ?」

「いやまぁ…子供のやる事だし…それに怒ってないわけじゃないから、ちゃんと叱ったりしたよ」

「うん、タダノくんはちゃんと叱ってくれたよね。自分が痛いから、嫌な思いをしたことを理由にしないで、悪いことを悪いことだって叱ってたよね」

「ん…? 同じことじゃないの?」

「怒るのと叱るのは全然違うよ。だから、みんな安心してタダノくんにくっついてたんだよ」


 あれは歩くのが面倒だから僕にくっついて離れなかったんだと思う。

 まぁそれに子供相手に怒りに任せて怒鳴ってもいいことなんてないし、そもそも信用を作るための行動なんだ。

 自分から台無しにするわけにはいかない。


「ありがとね、タダノくん」

「何のこと?」

「私、この世界に来て怖かったの。知らない人ばかりで、お父さんもお母さんもいないここに捨てられたんじゃないかって思うくらいに」


 水城さんが遠くを見つつ、ちょっと泣きそうな顔をしていた。


「だけど、今日遊んでいたおかげで気づいたの。こっちの世界の人達も、私達と同じ人なんだなって。そう思ったら、凄く気持ちが楽になったの…私達は、一人ぼっちじゃないんだって」


 水城さんはこちらに向き直って、夕日に映えるような笑顔を向けてこう言った。


「だから、ありがとうっ!大事なことを教えてくれて」

「ど…どういたし…まして…」


 まずい、顔がちょっと見せられない状態になってしまっている。

 なんとか悟られないように顔を伏せるが、不思議に思った水城さんが覗き込もうとしてくる。


「あれ、どうしたの?もしかして怪我がひどくなった!?」

「いや、そっちは大丈夫だけど…その…筋肉痛的な痛みが…」


 我ながらあまりにもお粗末な言い訳である。

 さっきまで運動していたというのに、もう筋肉痛が来るとかおかしいだろう。


「あはは、凄いねタダノくん。明日にはムキムキになってるかも」

「いや待って…ほんとキツイから…」

「ダメダメ、早く帰らないと皆が心配しちゃうもの。ほらっ、頑張って!」


 そう言って水城さんが僕の背中を押す。

 背中から聞こえる水城さんの声援と手に押されるがままに歩みを進める。


 今回の出来事で水城さんの好感度が上がった気がする。

 イケメンじゃないので顔の補正がないぶん残念な数値かもしれないが、それでも上がったはずだ。

 普通ならここでテンションが上がって、今日の妄想では結婚までこぎつけたかもしれない。


 普通ならば、だ。

 いま水城さんが見ている僕は、僕ではない。

 だから、その向けられた好意が僕ではない僕に向けられていることが、とても寂しかった。


 けど、もう坂を転がり始めたんだ。

 やるしかない、やるしかないのだ。

 他の誰もがやらないなら、僕がやるしかない。

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