第2話:心を捻挫したタダノくんの作戦
僕の土下座を見て周囲の皆がざわついている。
だが、それを見てもなお食事を続けているクラスメイトがいる。
今のような状況を見ても反応示さないというのは、かなり憔悴しているに違いない。
「お…おい、タダノ。この世界でアイドルグループでも結成するつもりか?」
「違うよ!そもそも僕はドルオタじゃないんだからそういうのに興味はないって」
頭をおかしい奴を見るような目で見てくる人が増えてきた。
まぁ今までずっと影でコソコソしてた僕がいきなりこんなことしたんじゃ、当たり前の反応ではあるけれど。
「えっと…タダノくん、聖女<アイドル>ってどういうこと?」
ちょっと落ち着いてきたのか、水城さんが僕に質問してきた。
「なんて言えばいいかな…集団のシンボルになってほしいんだ」
「シンボル?リーダーってこと?」
「リーダーとは別ものだよ。リーダーは集団をまとめる役割だけど、これは顔役というか」
説明にしどろもどろしていると、乙男くんが質問してきた。
「今の天皇制度みたいなもの?」
「そう!そんな感じ!」
政治に関わらず、日本国の顔として…僕ら場合はこの集団の顔として知られてもらう、それが聖女<アイドル>というか水城さんの役割である。
僕たちという集団の誰かが失敗しても、誰かに嫌われることになったとしても、水城さんが嫌われなければ
『水城さんは良い人なんだし、もしかしたらあの人もそこまで悪い人じゃ…』
という感じで挽回するチャンスが生まれるかもしれないのだ。
ただ、それは水城さんにずっと聖女<アイドル>という仮面を被ってもらい、良い人を演じてもらわなければならないということだ。
だけど、嫌な顔をせず率先してクラスの手伝いをしたり、困ってる人の相談にのっていた彼女であればできるはずだ。
あまりこの情報をさらけだすと打算的であるという印象が出てしまい、反対される可能性もある。
なので、ここはあえて多くを語らず勢いでお願いすることにしたのだ。
「えっと…聖女<アイドル>?って言われてもよく分からないんだけど、何をすればいいの?」
「大丈夫!難しいことは何もないから!!」
土下座した顔を上げて水城さんを見上げながら早口に説明する。
「基本的にはいつもみたいに仕事の手伝いとかしたりするんだけど、子供の遊び相手になってあげたり、困ってる人を助けたり」
「ちょっと待ってよタダノ。茜ちゃんにそんなに仕事を押し付けるつもり?」
僕が説明していると他の女子から口を突っ込まれた。
あれは…B子さんにしておこう。
まぁいきなりクラスメイトに聖女<アイドル>になってくれと懇願し、色々な仕事を押し付けるつもりなら止めにも入るだろう。
「もちろん、無理はしない程度だよ。それに、水城さん一人でやらせるつもりじゃない」
「他にも誰かにやらせようっていうの!?」
「いや、僕が一緒にやる。それに自分から提案したんだから、水城さんより頑張るつもりだよ」
ありがとう、B子さん。
これで自然な流れで僕が一緒についていくことができた。
もし自分から一緒について行くことを提案したならば
『水城さんに何かするつもりか?』
『一緒に行動したいだけじゃないのか?』
と思われて反対されていたことだろう。
だけど彼女のおかげでキツイ仕事を一緒に引き受ける、それどころか彼女の負担を減らそうとしているということになる。
この流れからじゃ無理に反対することはできない。
ありがとう、B子さん。
そして名前を覚えてなくて本当にごめんね、B子さん。
あと胸を見てB子さんって言ってるわけじゃないからね、B子さん。
「でも二人だけで大丈夫なのか?」
他の皆も徐々に会話に混じってきた。
やはり今の状況が改善するかもしれないと思えば、元気も出てくるのだろう。
学校ではよく『目標を作れ』と言われていたが、ピンとこなかった。
しかし、こういう状況ではとても意味があることなのだと実感した。
進むべき目標が有るのと無いのとでは、日々の暮らしと行動のモチベーションが大きく違う。
「俺達も手伝ったほうがいいんじゃ?」
「うん、それは嬉しいんだけど、あんまり人が多くてもそれはそれで問題があるから。ほら、食べ物とか…」
今は皆で一生懸命に手伝いをして食べ物や飲み物を分けてもらっている状況だ。
あまり余裕はないのだが、それでもなんとか暮らしていけるものだ。
だが、逆にいえば何かあれば一瞬で崩れ去る暮らしでもある。
だからこそ、まだ誰も倒れていない今やらなきゃいけないことなのだ。
水城さん聖女<アイドル>計画を!
字面がとてもヒドイが、そこはスルーすることにした。
「二人っきりになりたいだけじゃないのか?」
「はは、そうかもな」
冗談交じりで他の男子からの声が出てきた。
本気ではないように言っているが、内心そう思っているからこそ敢えて冗談めかして言っているのだろう。
マジメに言ったとしたら、集団の空気を壊す奴だと思われるかもしれないのだから。
『やだなぁ~、そんなわけないじゃん』
と笑いながら流してもいいが、せっかくのシリアスな場面なのでそれを大いに活用することにした。
「そう思われても仕方がないかもしれない…だってクラスで人気者の水城さんだから…」
僕は再度土下座のような姿勢で頭を地面につけた。
何人かの人は心配そうに手を伸ばしたまま動きを止めてしまう。
「だけど、そういう水城さんだからこそ、きっとこの世界の人達とも仲良くやれると思うんだ。そうすれば、必然的に水城さんの仲間の僕らもきっと受け入れてもらえると思うから」
別にこの世界の人達が排他的であると決まったわけではないが、みんな家族や他の友達と離れ離れになっているんだ。
だから皆はきっとこの世界に取り残されているような気持ちになっているはずだ。
…ということで、そういうことにしておこう、その方が都合がいいし。
「だから…皆の力で頑張ろう!頑張って、生きていこう!!」
ちょっと涙声になりながらも最後までしっかり話してから頭を上げると、水城さんや周りの人達は驚いた顔をしていた。
それもそうだろう、僕の額からは薄い血の痕があったからだ。
でもごめん、これ実は頭じゃなくて手から出た血なんだ。
石畳を歩いてた時に転んだ時に手のひらを擦り剥いたんだけど、さっき床に頭をつけてるときにカサブタを剥いでその手でおでこを掻いただけなんだ。
「まぁ、そこまで言うなら…別に反対ってわけじゃなかったし…」
「あぁ…そうだな。あの自己主張の低かったタダノがこう言ってるんだ。俺達も頑張らないとな」
「そうだね。タダノ君、明日から頑張ろうね!」
ちょっと演技くさかったが、流石に血が出ている相手に向かって『嘘くさい』と言う人はいなかった。
まぁもしそんな事を言う人がいたら周囲からは冷血漢だと冷酷だのというレッテルが貼られるのだ。
誰もが怪しんでいたとしても、誰も何も言わなければそれは演技ではないということになる。
まぁこれが成功したのも、元の世界で色々言われている日本の道徳教育の賜物かもしれない。
ビバ!モラルの高い日本人!
今だけ同調圧力のあった環境に感謝いたします!
翌日、皆よりも早く目が覚めたので井戸に向かう。
冷たい水を汲み、頭を洗うついでに額の血も流してしまう。
髪で額を隠すように整えて、怪我を隠すかのような髪型にする。
うん、別に本当に怪我をして隠しているわけではないよ?
ただ昨日の決意表明から心機一転して髪型を変えただけだからね?
べ、別に水城さんと一緒にお仕事だぜイヤッホーという気分から髪型を変えたわけでもないからねッ!
チクチクと自分を責めてくる己の良心を理論武装で追い返して思考を巡らせる。
実はおおむねの手筈は頭の中にあるのだが、具体的な案はそれほど無かったりする。
というより、結構いきあたりばったりな内容だらけだ。
皆に具体的な案を聞かれていたら
『お前、そんなに考えなしだったのか!?』
と言われていたかもしれない。
違う…違うんだ…タイミングとかそういうのもあるだけなんだ…
せめて水城さんに説明できるくらいには作戦を立てておかなきゃいけないなぁ。
そんな感じで皆の居る家に戻りたくない子供症候群をこじらせながらブラブラと朝早くから街を歩いていると、異世界風の建築物を見てテンションが上がってきた。
日本では見られないような古い西洋のような家屋、建物。
そして昨日水城さんが手伝いをしていたパン屋。
パン屋の女将さんであるフィーネさんに挨拶し、昨日貰ったパンについてお礼をいった。
「昨日はありがとうございました、フィーネさん」
「おや、あんたはミズキちゃんのお友達かい?」
ここで『はい!仲良くさせてもらってます!』と言えればいいのだが、そこまでのコミュ力は僕にはない。
だが友達じゃありませんと言えば怪しまれるので、それっぽく言うことにする。
「ええ、そんな感じです。お店の手伝いをするってことは、そのお店の評判にも関わるかもしれないのに、素性の怪しい僕らに手伝わせていただけるなんて、本当に感謝しています」
「やだねぇ!別にそんな大したことじゃないよ。ミズキちゃんは良い子だし、こっちも助かってるんだから」
パンだけではなく、労働したことにすらお礼を言う。
労働と対価は切っても切れない関係だが、まさか労働そのものに感謝を示されることは相手も思っていなかったのだろう。
フィーネさんは上機嫌で僕と話をしてくれていた。
僕が働いたわけじゃないのだが、かなり親しげに話してくれている。
話せば分かる、とてもいい言葉だと思う。
お互いが本当に分かり合えているかは別としてだけど。
ちょっと複雑な気分になったが、心に棚を一段増設してそこに放り込む。
あとなんか労働に対して感謝を述べるとか、現代社会のブラック労働環境で似たような事例があった気がするが、こっちの世界じゃ関係ないしこれも心の棚に叩き込んでいた。
「ママー!ごはーん!!」
「ママはご飯じゃないよー!」
フィーネさんから色々なお話を聞いていると、奥から子供の声が聞こえてきた。
「元気そうなお子さんですね。とっても可愛いいでしょう?」
「あはは、可愛いだけじゃなくてワンパクでもあるんだけどね」
現代社会では通報待った無しのような台詞で子供も褒めると、嬉しそうな顔をしてくれた。
子供の声の高さから、まだまだ可愛い盛りなのだろう。
朝食の邪魔をするわけにはいかないのでそろそろお暇しようとしたのだが、フィーネさんはこっそり形の悪いパンを分けてくれた。
ただ、3個なので皆で仲良く分けるというのは無理そうだった。
一つは今日から聖女<アイドル>活動してもらう水城さんに食べてもらうとして、残り二つはジャンケンとかで決めてもらうことにしよう。
果たしてこのパンで水城さんからの好感度は上がるのだろうか。
まぁパン1個で上がる好感度など些細なものだが、0よりはマシなはずだ。
…マイナスにはならないよね?
『あいつからの食べ物はちょっと…』
とか言われたら心が折れる自信がある。
いや、大丈夫だ!大丈夫なはずだ!
水城さんは清楚だから!分け隔てなく優しいはずだから!
僕だけブロックリストに入っているとかはないはずだ!
水城さんの持つ優しさを祈りながら家に戻ると、他の人達も起きていた。
皆にフィーネさんの所からパンを貰ったことを伝えて、一つは今日頑張ってもらう水城さんにあげたいというと快く了承してくれた。
水城さんは皆に悪いと断ろうとしていたが、いつも頑張ってる彼女を労いたい皆は無理やり彼女にパンを渡した。
残り二つはどうしようかということになったが、僕は先に辞退した。
こういうところで良い人アピールしておかないと後が怖いからだ。
ただでさえ水城さんと一緒に行動するという男子の嫉妬を買いそうなことをするのだ、せめて少しでも印象は良くしておきたい。
具体的には
『タダノ?まぁ…良い奴なんじゃない?』
くらいの評判だ。
好きな女性へ告白した際に帰ってくる返事も同じモノになりそうな気がしてしまうが、嫌われるよりは断然いい。
たぶん、ちょっと泣くかもしれないけど。
…ダメだ、水城さんでイメージしてしまったせいでちょっと心が捻挫してしまった。
CTスキャンしたらヒビが入ってるかもしれない。
そんな感じでヒビ割れた陶器製の僕のハートはさっきまた増設した心の棚に置いておき、水城さんと本格的に活動することにした。
他の皆はこの街でのお手伝いなどでお金やご飯などを集めてきてくれるので、それに見合った成果を出さなければならない。
「ねぇ、タダノくん。私はこれからどうすればいいの?」
「その前に、水城さんって弟か妹っている?」
「え?うん、6つ離れた弟がいるけど…それがどうかしたの?」
「よかった、それならこれからやることもきっと上手くいくよ」
水城さんは頭をかしげており、何をするのか分かっていないようだったので、簡単に説明してみた。
「子供の力を借りるだけだよ」
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