宗教屋に!なろう!~異世界宗教活動録~
@gulu
第1話:異分子タダノくんの奮起
地震だったか、それとも局地的なブラックホールだったか…?
よく分からないけど、僕らはいま別世界にいる。
流行というものは文字通り社会へと流れ込んで人々を押し流すというが、まさか異世界転生や転移で自分たちが流されて漂着するとは夢にも思わなかった。
ごめん、嘘だ。
あったらいいなぁとは思っていた。
だが、それはもっと特別な待遇であったらという妄想であって、高校の放課後という日常から突然押し流されていいということではない。
しかも、特殊な力とかそういうものは一切無く、今いるこの世界にも魔法とかそういうものはない。
いや、神の奇跡とかそういうのは漠然的にあるということになっているのだが、それは僕らのいた世界と同じ程度のものだ。
つまり『実は魔法の才能があったんだ!』とか『この力で成り上がってみせる』とか、そういう逆転劇も起こりえないのだ。
「ただいま~」
「あぁ、疲れたぁ…」
日暮れ前になると、空き家だったこの場所にクライメイトの皆が帰って来た。
名前は知らない人ばかりで、いま帰ってきたのはA子さんとか乙男くんだ。
もちろん頭の中でそう呼んでいるだけで、実際はちゃんとした名前があるんだと思う。
ごめんね、A子さんと乙男くん…僕って名前を覚えるのが苦手だし、そもそもあんまり接点なかったから…。
「みんな、ただいまー。フィーネさんの所からおすそ分けを貰ってきたよ。」
クラスのヒロイン、水城 茜さんがパンを両手に抱えて帰って来た。
人の名前を覚えられない僕でも、彼女の名前だけは覚えている。
容姿端麗で人付き合いもいい、性格も優しいし料理だって上手だって評判だ。
だから僕みたいな陰キャでも名前を覚えてる、それどころか妄想だってしてる。
最近は映画の影響か、一緒にボブスレーをしている妄想だ。
うん、別にボブスレーするなら水城さんを出す必要はないし、そもそも男女でやるものでもないと思う。
だけど男ばっかりのボブスレーとか妄想でも嫌だし、一緒にやりたくなったんだから仕方ないんだ。
ごめんね水城さん?金メダル取るまで一緒に頑張ってもらうことになって。
妄想の中でだけど。
そして皆で一緒にパンを食べる。
食べている最中に、水城さんと乙男くんが今日何があったかなどを話している。
今こうやって暮らしていけているのは街の人たちの優しさのおかげだ。
当てのない僕たちのことを詮索せず、仕事を手伝うことで食べ物とかを分けてくれる。
この空き家だって、その好意で貸してもらっているに過ぎない。
「うっ…うぅ……ふぇぇぇ……」
水城さんと乙男くんが話している隣で、A子さんが泣いてしまった。
「帰りたい…茜ちゃん、帰りたいよぉ…」
「うん、うん…そうだよね詠ちゃん。帰りたいよね?私もそうだよ…」
泣いているA子さん…じゃなくて詠子さんの背中を優しく水城さんが撫でる。
大丈夫、大丈夫と繰り返しながら慰める姿はとても健気にも思え、とても尊いもののように見えた。
ふと、さっきまで明るく振舞っていた乙男くんに視線を向けると、寂しげな…それでいて今にも崩れ落ちそうな顔をしていた。
それも仕方がない、どれだけ周囲の人の優しさに恵まれたとしても、元の世界と比べると生活環境そのものが全然違うのだ。
不平不満を言わないだけ、まだ良識があるといっていいくらいだ。
このままではいけない、そう思った。
しかし、ゲームみたいに戦って強くなるというシステムがない以上、いまある手札でなんとかしなければならない。
転移したクラスメイトの誰かに脳内Wikiでも持つ人がいれば技術改新などで一気に成り上がれたかもしれないが、そういうモノもない。
別に億万長者にならなくてもいい…ただちょっと、今よりも安全で良い暮らしをしたい…裕福になりたいのだ。
必死に頭の中で色々な考えを巡らせる。
使えそうなネットの情報、本、授業、教科書、ニュース…そして一つのモノに辿り着いた。
「みんな、元の世界に帰れるかは分からないけど、それでも今より良い暮らしができるっていったらどうする?」
「ど、どうした、只野…いきなり何の話だ?」
クラスメイトの皆が生気が抜かれたような顔をしてこちらを見ている。
違う、違うだろう?
皆もっと明るかったはずだ。
なのにどうしてそんな顔をしているんだ?
…こうなったら、僕が頑張るしかない。
いや、皆の力でなんとかしないといけないのだ。
「僕たちにはチートみたいな能力は無いけれど、僕たちには『あっちの世界の文明』という道具があるんだ」
僕の言葉を聞いて、泣いていたA子…ではなく詠さんも泣き止んで水城さんと一緒にこちらを見ている。
「これを活用しない手はないけど…これにはどうしても必要なものがあるんだ」
そう言って水城さんの近くに行き、勢いよく土下座をする。
「え?えっ!?ど、どうしたの只野くん!」
狼狽している水城さんに畳み掛けるように、僕は言う。
「お願いします、水城さん!聖女<アイドル>になってください!!」
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