ep.20 flower
小さなキッチンテーブルの前にちょこんと座り込む
ユキのこんな姿を自分の部屋で見ることになるとは
少し離れてその姿を眺めて
なんだかおかしくてクスッと笑った。
ユキもつられて笑った。
「変だね。なんで俺ここにいるんだろう」
「やめる?」
「いや、いいよ。やっちゃって」
「どんな風にしたいのか…せめて希望とかないの…」
「りなちゃんの好きなようにしていいよ」
ううん、と唸りながらどうしようかと考えていると
「誰かが俺のことを考えてくれるのって久しぶりだな」
鏡の中の自分を覗き込みながらユキは小さい声で呟いた。
常に誰かから気にしてもらって
みんなから愛されているのに
気づかないどころかそれをはねつけようとさえして
全て放りだそうとした。
ユキは何もわかっていない。
自分の価値も
自分の存在が人の精神を危うくさせることも。
急に暗い影のようなものが心に浮かんだ。
冷たいハサミをユキのうなじに当てながら
このまま私の手で終わらせることもできると思った。
あの時、死にたかったのなら。
そう言ってくれれば簡単だったのに。
あんな派手なやり方しなくてもよかったのに。
私の手が止まったのをみてユキはいつものように鏡ごしに言った。
私が何を考えているか見通したように。
「りなちゃんがやりたいようにすればいいよ」
はっとして私はユキの顔を見た。
ううん、そうじゃない。
ユキは自分の運命を人に託してはいけない。
そんな簡単に決めさせてはいけない。
芸能界にいたくないならやめればいい。
都会が嫌ならどこか遠くへ行けばいい。
ただそれはユキの問題で
私の問題じゃない。
もし私の目をまっすぐ見て話してくれるなら
私はどこまでもこの人についていくのに。
テーブルの上の一輪挿しに刺した
昨日の現場でもらった
赤い一本のバラに目をやる。
植物は
人のネガティブなものを吸い取ってくれて
人の代わりに枯れてくれるという。
私はそういう存在になろうとして
そうはなれなかった。
何かを断ち切るように
私はユキの波打つ髪に刃を入れた。
シャン、と音がする瞬間
ユキは青ざめて私の顔を一心に見た。
すがるものがないから
自分のシャツの裾を握りしめている。
私はこの時初めて
この男を支配している満足感の中にいた。
彼の母もこんな心境だったのかもしれない。
****
ユキは結局
その後数日間この部屋にいた。
それはなんだか夢のようで
幸せな時間だった。
彼なりに私への感謝のつもりだったのかもしれない。
もう少しで私がこのまま一緒にいてくれるんじゃないかと
誤解しそうになるところで
ユキは出て行った。
前触れもなく、突然に。
結局のところ彼は何も変わってはいなかったのだ。
ただ髪を切ってくれる人を求めて
私がそれに応じたというだけのこと。
彼は変わらなかったけど
私は変わった。
たぶん。
それでいい。
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