ep.16 breath me

「お前、今社長と繋がってたんだぞ。危なかったな。」


ユキは相変わらず悪びれずにふふ、と笑う。


「ガラス手を出すなよ危ないから。俺がやるからあっちいってろ」


ユキはぴょん、と跳ねるように部屋に入ってきて


「ヨウさんは過保護だね。俺、子供じゃないんだよ」


「じゃあお前自分で片付けるか」


「いやだ」


ユキは寝室のベッドに飛び込んだ。

大きく伸びをしてコロコロと転がった。

長い髪が顔に絡みつき、表情は見えない。


「ヨウさん、コップはいいからさ、こっちきて。ソーシャルディスタンス破ろう」


大きな声でユキが呼ぶ。

どこまで呑気なんだ。

お前のせいでみんなどんな思いしたと思ってるんだ


俺のそんな考えを読んだようにユキは


「ヨウさんのためだけに俺は歌うよ」


冗談とも真剣とも取れない声で。


顔が見えないんだ。髪の毛が邪魔してるんだ。

お前の髪は何もかも隠してしまうな。

お前の本音も

お前の本当の望みも。


ここは天国だろうか。

お前が言うことがもし本当だとしたら。


ユキが突然訪ねてきたのは

コロナ騒ぎで外出制限がされ始めた頃。


「今なら家にいると思って」


インターホンの画面に映った

いなくなったその時と全く変わらない姿のユキを見たときは

心臓が止まりそうになった。

心のどこかで

もうユキは死んでるんじゃないかと思っていたから。

たくさんたくさん、文句も言いたいこともあったのに

ユキを部屋に入れた俺は

ユキを抱きしめて泣いた。

人前でこんなに泣いたことはなかった。


「置いて行くなと言っただろう」


「そうだねゴメン」


帰ってきたよ。


そう言ってそれ以来ユキはずっとここにいる。


でも天国は破られようとしている。

こんな生活はいつまでも続かないし

社会が動き出せば

先送りにしてた面倒なこととまた向き合わなきゃならない。


俺はPCの電源を切りタバコを消して

ベッドの中へ。

こんな自堕落な生活、アメリカから帰ってきた頃以来だ。


「あれ、切っちゃっていいの。一応リモートワーク中でしょ」


ユキの髪の毛をかき分けてやっと顔をあらわにし

俺はユキに囁く


「愛してる」


「知ってる」


スターウォーズの名セリフ、俺が好きなの知っててわざと言うユキ。


全てが嘘だ。

全てが作り物だ。

交わされる言葉もセリフの一部。

この部屋も舞台のセットのようなもの。

時間が来たら

パン、と何事もなかったように別々の道を行く二人。

ただ今はこの役にのめり込んでいるために

何が現実なのか何が幻なのかわからないんだ。

果たして戻れるのか現実に?

ただ俺がユキのことを離したくないというのは

現実のように思う。

現実ってなんだ?

そんなことが可能かどうかわからないけど

何もかも捨ててしまってもいいような

そんな気にもなる。


嘘だ、そんなはずはない。


「ヨウさんがいるから俺はここにいるんだよ」


目を閉じて俺の首にしなやかな腕を巻きつけるユキ。

シャワーを浴びたての香りに顔を埋めて

俺は深く沈んでいく

深く深く、感覚の海へ。

ユキは俺の鎖骨の上を噛んだ。

ガシッと音がして

俺はうっと息を止める。

そして

調教師の夢は飼っている猛獣に殺されることなんじゃないかと

そんなことを思いながら

俺はユキの白い腹筋をそっとなぞった。



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