ep.15 breath
ユキが誰にも何も言わず姿を消してから数ヶ月が経った。
最初は当然のように大騒ぎになった。
人気アーティストが急に行方不明になっては隠しようがない
そうすると最初の入院のことも色々探り当てられて
ユキの通院歴や病歴などが
まことしやかにネット上に書き込まれることとなった。
公式的にはアーティスト契約はまだ解除していない
さてこれからツアーというところで
ユキはいなくなったのだが
幸か不幸かこのタイミングで
新型コロナウイルスの蔓延でライブツアーどころではなくなったのだ
今世紀最大の世界的な災いの前にあって
発生すべき違約金やらななにやら
あまりにも複雑になりすぎて
ユキの責任問題は宙に浮いたまま。
このまま忘れられていくのかな。
パソコンの画面の前でタバコに火をつける。
今は外を眺めながらベランダでタバコを吸うという
ささやかな楽しみも許されない。
部屋の壁はもうタバコの煙が染み込んでいるだろう。
退去するとき何か言われるだろうか。
構うもんか。
煙を上に向けて思い切り吐き出す。
一体今まで誰に向けて遠慮をしていたんだろう
彼女と疎遠になっているのは別にコロナのせいだけではない
ちゃんと別れを切り出していないが
なんとなく連絡をしなくなって2ヶ月。
今回のこの状況は
自分が何を必要としてるのか
誰から必要とされているのか
多かれ少なかれはっきりしたと思う。
自分がどれほど愛されたかったかとか。
自分がどれほど飢えていたのかとか(一体何に?)。
テレビでは来週からこの非常事態宣言は段階的に解除すると
顔の大きさの割に小さいマスクをつけた
この国の一番偉い人が
まるで自分の手柄のように喋っている
一体この国はどうなっちゃったのだろう。
我々エンターテイメント界は
もう死滅しかかっている。
死ぬしかないと言ってる人を何人も知っているし
実際死んでしまった人もいる。
公式に自粛解除になれば(公式な自粛って変だけど)
会社としてもなんとかこの状況を立て直さなきゃいけない
さっきまでPC上での会議での社長の顔は
先週までに比べると少し明るくなった気がした。
「さてどうするかな…」
独り言を言って伸びをする。
独り言が多くなったのは別に自粛生活が長いからでも歳のせいでもない。
バスルームでガチャンと大きな音がして
ドアが開いた。
「ゴメン、ヨウさん洗面台でコップ割っちゃった」
ユキがこの部屋に来てから1ヶ月が経っていた。
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