ep.14 田中和幸

ユキの所属事務所HotBeats。

「まだユキからは連絡ないのか」

ユキがマンションに帰らず携帯の電源を切って

連絡が取れなくなって5日。

社長の田中和幸はイライラした様子で空のコーヒーカップを覗き込んだ。


「はい…脇田さんのところにも連絡ないそうで…」


最近ずっとユキについていた中村が

田中の顔をそっと盗み見る。


やっぱり社長は俺のせいだって思ってるのかな

そうだよな…俺信用されてないもんな

でもあいつ何考えてるのかわからなくて

正直苦手なんだよな…

俺のいうことを聞いてるのかいないのか

読み取れないんだよ。

顔がきれいすぎてなんか俺緊張しちゃうしな…

女の子じゃないのに…本当に変なんだよな…

もう、あいつ一体どこ行ったんだ



中村にユキを任せたのは失敗だった

まだ経験不足なこいつにユキはまだ無理だったかも。

こいつにはかわいそうなことしたな…

田中は新しいコーピーを入れに席を立った。

コーヒーも自分で入れるし

コピーも自分でとるし

なんならアーティストの身の回りの世話も自分でしたいくらいだ。

でも自分で何もかもやってしまわないよう

適材適所、人材を配するのが俺の仕事のほとんどの部分。

あとは表向きの顔出し。

もともとプレイヤーだった俺は

脇田のユキに対する気持ちは痛いほどわかる。

あいつは自分がなし得なかった夢をユキに託そうとした。

それは悪いことじゃないけど

自分自身の欠損部分をユキで埋めようとした。

それは本当に危険なこと。

お互いにそうなってしまわないよう

適切な距離をとって欲しくてわざと違う現場に行かせたりしたんだけど

結果的に誰もユキのそばにいないという状況になってしまった。


また死のうとしたりしないだろうか。


田中は不安な気持ちでカップの持ち手を握りしめた。


薬を飲んだことも飛び降りのことも

事務所の中でも「ユキの自殺願望」とは言っていない。

周りに内緒で心療内科に通わせたことも。

知る必要がないと思ったから。

このご時世、どこで情報が漏れるかわからないから。

脇田だけが事情を知っている。

とにかく見つけないと。

何が何でも。

所属アーティストだからとか仕事の契約がとかじゃない

人ひとりダメになるのを見たくない。

俺は…ほんとはこの仕事に向いてない。

つくづくとそう思う。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る