ep.9 影のない世界
終電に間に合って
自分のマンションにたどり着いた時
入り口の植え込みに座り込んでいる人影が見えた。
「ユキ?」
退院して昼に別れた時と同じ格好で
ユキは俺を見上げた。
バッグを両手で抱えて。
「何やってるんだ!帰ってないのか」
俺は驚いて声を上げた。
でもほんの少し
ユキがいるんじゃないかと
予感がしていたのは事実。
奈緒子の部屋に泊まらなかったのはどこかでそれを考えてたから。
全然根拠のない予感ではあったけど。
俺はカバンの中の部屋の鍵をイライラと探して
「まだ本調子じゃないんだから帰って寝ろって言っただろう」
ユキはカバンを抱きしめながら
「ヨウさんの家で寝る」
「バカじゃないのか。今までどこにいたんだ」
ユキは俺の後をついて歩きながら
「ヨウさんだってこんな時間まで今までどこにいたの」
「どこだっていいだろ。色々あるんだよ俺にも」
「だろうね」
「…ナオちゃん元気?」
俺は振り返ってユキを見る。
「…ああ」
「ナオちゃんってあれだろ。ベースの吉川くんの追っかけだっただろ」
「二股ってやつ?」
ククっと笑う。
「…」
鍵を開けてドアを開ける。
「どういうつもりだ?部屋に入れてもらいたければバカなこと言うのやめろ」
「吉川がゲイなのお前知ってるだろ…お前こそ吉川と何かあるんじゃないのか」
ユキは急にしおらしくなって
「吉川くんはタイプじゃない…」
俺はバカバカしくなってため息をつく。
「知らねーよ…」
「いいからさっさと入れ」
ユキは俺のうしろから手を回してしっかりと俺の身体を抱きしめた。
「ごめん」
「ごめん、ヨウさん」
リビングの窓ガラスに映っている。
俺とユキの姿が。
「何がだよ」
「色々と…」
身長は同じくらい。少しだけ俺の方が高い。
ユキの白い腕が
俺の身体に巻きついている。
まるで
蛇みたいだ。
きっとこの呪縛から逃げられないんだ。
俺の顔の後ろにユキの顔がある。
この世のものではないような
恐ろしくて美しい顔。
ガラスに映る世界は
影のない冷たい光。
恐怖にどんどん追い込まれていく。
「ユキ…どうしてなんだ」
「どうして俺を置いていこうとするんだ」
言うつもりはなかった言葉が口から溢れた。
身体中の力が抜けていくようだ。
「どうして…」
ユキは俺の前に回り込んで
両手で俺の顔を挟みじっと目を覗き込む。
「だから。ヨウさんがそんなだからだよ」
なに。どういう意味だよ。
「社長が言ってた。ヨウさんは俺に入れ込みすぎだって」
社長にバレてるのか?そうなのか?
俺は混乱してユキの顔を見た。
「家だと眠れないんだ。ヨウさん。」
「社長の知り合いの心療内科で1年くらい診てもらってて」
俺はこいつの担当を外されるのかも
そんなことをぼんやり思った。
そうなったら俺はどうなるんだろう。
ユキはただ会社の所属アーティストというだけ。
俺はまたただの冴えないA&Rだ。
「ヨウさんの隣なら寝られる気がするんだよ」
「だから怒らないで」
ふわっと俺を包み込んで
体を離した。
ユキは勝手に俺のベッドに潜り込んで
やがてスヤスヤと寝音を立てる。
怒ったりしないよ。
いつまでもそこにいてくれよ。
今度死にたくなった時には
俺が殺してやる。
勝手に死ぬな。
湧き上がる感情に自分が驚いた。
社長は正しい。
俺はユキに入れ込みすぎている。
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