ep.8 山下奈緒子
ヨウちゃんと出会った時私は大学生だった。
友人がヨウちゃんがマネージャーをしてたユキのバックバンドメンバーで
誘われてライブを見に行ったのだ。
その友人が言うには
ユキは10年に一度の逸材なんだって
音楽はそれなりに好きだけど
ライブハウスは正直好きじゃない
ずっと立っているのも疲れるし
好みじゃないバンドを延々聞かされるのは辛い
まああんまり友人が勧めるし
まあいいか一度くらいなら、と足を運んだ。
会場に入ると
ユキのバンドの前のバンドが演奏していて
しばらくステージを眺めた後
バーカウンターへ。
「だからさ。そうじゃないんだって」
「知ってる?一回でも試したことある?」
「絶対効くんだって!」
隣でカウンターの中の女の子に向かってなにやらサプリについて身を乗り出して喋っていたのがヨウちゃん。
あ、カウンターに来たの間違ったかなとちょっと思った。
演奏中喋る客が私は苦手だった。
でもステージ上の音が小さくなると
喋る声をすっと落とすのに気が付いて
へえ、と思った。
そう、私があんまりこういう場所を好まないのが
自分の目当てのバンド以外に興味を示さず
それを見にきてる人もいると言うのに
まるで聞かないばかりか邪魔するような客が多いから。
隣のその人は
ステージでバラードが始まると
喋るのをやめてステージを見やった。
私も人のこと言えない。
目当てのバンド以外興味がない。
その人の横顔に見とれてしまったから。
シンガーが声を張り上げると少し仰け反って
小さく「いいね」と呟いた。
いい感じに曲が盛り上がると
ニヤッと笑った。
人が音楽を聴いている顔が
こんなに面白いとは思わなかった。
友人がベースを弾くユキのバンドは素晴らしかった。
ステージが終わった後
バンドのマネージャーだと紹介された時
私はヨウさんと付き合うと決めた。
どうしてかわからないけどそう思った。
怖いもの知らずで若かったし
この人面白いと本気で思ったし
好みの顔だった。
顎と首のラインが好きだった。
一目惚れっていうのかもしれない。
鍵が開く音がして
私は手にした雑誌をソファに置く。
ここは私の部屋で
ヨウさんはたまに仕事終わりにやってくる
ヨウさんの家は「俺の部屋はたまにミュージシャンたちが泊まりにくるから」と言ってあまり行ったことはない。
飼ってる猫が姿勢を低くしてソファの下に潜り込んだ。
部屋に入ってきた彼を私は立ち上がって迎える。
「ヨウさん大丈夫?疲れてる?」
「ああ」
ふうっと息を吐いて
ヨウさんは私に身体を預けるようにして
ゆっくりと腕を身体に回す。
「ユキの具合どう?今日退院したのよね?」
「大丈夫。肺炎といっても軽かったから。大事をとって入院しただけで」
「そう。よかった」
「ナオちゃん」
私の身体をゆするようにしてヨウさんは私をソファに座らせた。
そして腰を抱いて私の膝に顔を埋めた。
「はい。どうしました?」
膝に顔を埋めたまま
「ナオちゃん、ナオちゃんの焼きそばが食べたい」
「そうだと思って用意してる。この手離してくれたら炒められるんだけど」
顔を上げて私の顔を見て
「やった。さすが」
その時のヨウさんの顔が可愛くて
思わず吹き出した。
そして彼の顔を撫でた。
そして大好きな顎から首を。
ヨウさんは腰に回してた腕を外して私の顔に手を伸ばした。
私は少し屈み込んだが唇は届かない。
ヨウさんは身体を起こして私を抱きしめた。
私の髪の毛をゆっくり解きほぐし
背中を撫でる。
私は震えた。
「ヨウさん焼きそばは?」
「あとで」
ヨウさんの熱い手が私の背中から首の後ろに這い上がって
私は期待でゾクゾクする。
腰のあたりが落ち着かなくなって
身じろぎをすると
ヨウさんは静かだけどはっきりとした意思を込めて息を吐く。
「なかなか来れないでごめんね」
ヨウさんが帰っていったのは日付が変わる頃。
泊まっていかないのと聞くと
明日朝から打ち合わせあるからと。
どういうわけか
彼はもうここに来ないような気がして
いつもより拗ねて見せた。
「せっかく会えたのに。久しぶりなのに」
「ごめんね」
ヨウさんはまた謝って寂しそうな顔をした。
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