ep.6 夜明け前

「ユキが睡眠薬飲んだ」

「今どこにいるんだ」


電話の声が遠くから聞こえる

今なんて言った


どこにって家だよ当たり前じゃないか朝の4時だぞ…

真っ暗な部屋でベッドから起き上がり頭をはっきりさせようと必死で耳をすませる


「社長?今なんて?」


「世田谷の清風病院!今すぐ来い!」



タクシーアプリでマンションに車を呼ぶ。

自分で運転するのは危険だ。

まだ混乱してるし昨夜は飲みすぎた。

同僚の結婚祝いで遅くまで。

ユキはあの時どうしたっけ

最初に顔だしてそれから…


夜間入り口に社長の田中がイライラしながら待っていた。


「社長!ユキは!」


幸い命の危険はないらしい。

睡眠導入剤を溜め込んでいて昨日まとめて飲んだらしいこと

気を失うまえに社長に電話をしたこと


「2、3日入院させるけど、肺炎だからな」

「はい」

「絶対嗅ぎ付けられるなよ」

「わかってます」


なぜだ。


薬を飲んだことじゃなく。


なぜ俺に電話しなかったんだ

なぜ俺に助けを求めなかったんだ

なぜなんだユキ…


「遺書はなかったよ」


社長は俺の顔を見ずに言った。


「はい」


俺は今どんな顔をしているんだろう

社長は俺とユキの関係を知ってるんだろうか

いや知るはずない。

事務所の人間がアーティストに手を出すとかあり得ない…知っていたら絶対に何か言われるはずだ。


「会えます?」


「まだ寝てるけどな。行ってやれ。俺はとりあえず会社に戻るよ。対策考えないと…ツアーはとりあえず延期かな…」


明日から福岡を皮切りに1年ぶりのツアーのはずだった。


「お疲れ様でした。あの…」


電話をかけながら出て行こうとしてたのを足を止めて

ん?と振り返る社長に俺は深々と頭を下げた。


「本当にありがとうございました」


「しっかりケアしてやれ。仕事のことは心配するなと伝えとけ」




小さな個室でユキは眠っていた。

ただ眠りたいだけだったんろう?ユキ?

死のうとしたんじゃないよな?

俺はベッドの脇でずっとユキの顔を見ていた。


痩せたな…

病室の窓のカーテンは閉まったままだが

やがて少しずつ陽の光で白くなる。

長い睫毛が少し震えた。


「ユキ?」


眉をひそめ、眠りから離脱しようとしている。

目を少し開けて俺がいるのに気づいて

小さく呻いた。


「…ユキナリ」


「え?なんて?」


掠れた声でユキが


「ユキナリ…俺の名前」


「ああ」


「本名だよ。」


俺は少し笑って

「知ってるよ。契約書作ったとき俺、いただろう」


「そうだっけ」


「そうだよ。なんだ、ユキナリって呼んで欲しいのか」


「違うよ。違うけど…知ってもらいたいかなって」


「だから知ってるって」


「そうか、なんだ。知ってるんだ…じゃあいいや」


薬の影響か少し混乱したユキは

またゆっくり眠りに入っていく。

満足したように。



俺はたまらなく大声で泣きたい気分だった。

ユキは俺に助けを求めなかった。

でも本当の名前を俺に教えたがった。


なあユキ


俺をひとりにしないでくれ


俺をまたただの落ちこぼれた人間にしないでくれ


お前の光をもっと分けてくれ



俺は自分の利己的な願いにゾッとした。

ユキは俺のそんな本性を見抜いているのかな。


ベッドのヘッド部分に言われるまでもなくユキの名前があった。


「水島幸成」


俺はユキを愛してる

そう言ったらアイツはどうするんだろう

笑うんだろうか

泣くんだろうか

たぶん

消えてしまうだろう。

跡形もなく。

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