ep.5 昼のまぼろし

うまく回り始めると

そのスピードを落とすまい、と流れにばかり気を取られて

大事なものをちゃんと見なくなってしまう。

ユキの世話をして世に出したのは俺かもしれないが

俺がいなくてもアイツは一人でなんでもやれたんだろうと思う。

ひょっとしたら多くの人の目に晒されるのは本意では無かったのかも。

今となってはもうそれを確かめることができない。

それを聞くのが怖い。


アイツが俺を見る眼差しは

恋人のようであり弟のようであり信頼のようであり凡人に対する同情のようであり

はっきりと意思を掴み取ることはできない。

ちょうど…昼下がりくつろいでゆっくり細める猫のような目。

全てをわかっているぞ。

全部お見通しだぞという。


俺は不安を脇に置いておいて"アーティスト水島ユキ"を大きくしていくことだけに集中した。

アイツは曲を作れといえば作り

歌えといえば歌う。

望まれればカメラの前で笑ってみせる。

どこに文句のつけようがある?

でも本当はそうじゃないんだと

アイツが叫ぶまぼろしを

俺は消すことができない。

この罪悪感は何だろう。



期待通りユキの名前は若者の間で知らぬものがいないほどになり

昼間外を自由に歩くこともできなくなっていた。

自由に時間を使うことがユキにとってはもう難しくなっていた。

消耗していく姿。

それでも必死で仕事をこなす姿。

かわいそうに思いながらもそれでも俺はどこか

満足感に浸っていた。

俺がユキを作った。

俺の手で。

生きていけないと思っていた音楽業界で

俺はちゃんとやってる。

俺はドロップアウトしたミュージシャン崩れではない。

海外に行ったのも

戻って人脈を繋げたのも

全部無駄ではなかったと。


もちろん、わかっていた。

俺の才能なんかではない。

すべてはユキの。

目の前で震えてるこの男の。

俺はそれにただ乗っただけだ。


冷たい足を絡めながら

俺は耳元で囁く


「大丈夫だ」

「俺がいるから」

「俺はずっとお前のそばにいるから」


それは呪いだ。


ベッドから出てこないユキを抱き寄せながら

獣の匂いを嗅ぐように俺はユキのうなじに顔を埋めた。


「ヨウさん」

「たぶんそれは無理だよ」


こちらを向かず

遠くから聞こえるような声でユキが答える。


そうだな。

きっとそうだろうな。



あの夜以来久しぶりにユキを抱いた。

そうするしかユキを繋ぎとめられないと思った。



それから数日後の朝

事務所からの電話で

ユキが薬を飲んだことを知った。

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