ep.3 脇田洋次 2
俺がもし
誰かになりたいとすれば
それはやはりユキなんだろう
俺がずっと求めてきたのは
恋人でも家族でもなく
絶対的な自分自身。
誰にも似ていない無二の存在
利己的と思われてもいい
でも誰だってそうだろう?
自分が世界でたったひとりで孤立したとしても
俺が俺であり続けられれば
怖いものなんてないんじゃないのか?
でも俺は
全てをはねつけられるだけの根性も才能もなかったということだ。
音楽が好きで
ギターを弾くことが好きで
みんなも俺のことが好きだと言ってくれてたし
まあよくある話だ
高校を卒業して周りの同級生が普通に大学に進学し就職していく中
俺は大学を中退してアメリカシアトルにある音楽学校に願書を出した。
一応反対もされたけど俺が頑固なのを親は知ってたし
言ってみれば気楽な次男坊だ。
諦めの早い親ではある。その辺はありがたかった。
語学はわりと得意で学生たちとのコミュニケーションは苦労しなかったが
ただ本当に授業は大変で
普通の会話はなんとかなっても
音楽理論ともなれば話は別。
毎日ついていくことだけで精一杯。
俺はいったい何をしにここに来ているのか。
授業の合間に
地元のライブスポットに飛び入りをさせてもらいながら
世の中にはどれだけ音楽を目指してる奴がたくさんいるのか目の当たりにした。
そしてどいつも…
俺より上手くて魅力的で
しかも全く浮上できていない。
きっとこいつらはこうやって一生を過ごすんだろうと。
はっきりとわかってしまったんだ。
俺は真面目な日本人で
何とかかんとか卒業し(どうやらここをちゃんと卒業できる人は少ないらしい)
日本に戻った。
戻った俺には
音楽は残っていなかった。
音楽ビジネスへの絶望。
自分の音楽家としての将来はもうないだろうというぼんやりとした確信。
それでも渇望してた。
俺と言う人間をこの世の中に「存在してもいい」ものとして置いておきたい。
片隅でもいい。
それは泣きたくなるような渇望だった。
俺には何か、誰かを心の底から動かす才能はないかもしれないが
それの存在は感じることができる。
でもそれは俺の前を素通りしていく。
日本に戻るときにアメリカで買った楽器はほとんど売ってしまい
しばらくはセッションに出たり頼まれて演奏したりはしたけど
某音楽学校卒業という肩書きは
音楽の現場ではほとんど役に立たなかった。
みんなが絶賛するのは俺の英語力だけ。
どんどん演奏の機会は減っていき
友人のバンドの歌詞の英訳から
通訳、翻訳、広告会社でコピーライトのバイトと
どんどん音楽から離れていった。
その日暮らしの毎日。
多分その気になれば音楽の仕事もあったんだと思う。
俺がそれをしなかったのは
俺のつまらないプライドだったのかもしれない。
自分が世界一の音楽家になれるわけがないのをわかってて
観客の前に立てない、立てるわけがないと。
今から考えると、ただ若かった。
もちろん実家には帰れない。
卒業まで資金面で世話になりながらこの体たらく。
帰れるわけはない。
そんなときに広告の仕事で知り合った今の会社の社長が声をかけてくれた。
やっぱり英語が喋れるってことが大きいんだろうけど。
アメリカ行って音楽学校を卒業までして
結局音楽をやめてしまったこの俺がたぶん珍しかったんだろう。
結局音楽の世界に戻ってきた。
俺自身ではなく
他の誰かの才能をサポートするという役で。
仕事、でしかなかったんだ
最初のうちは。
俺を突き動かす何もそこにはなかったけど
親に「就職したよ」と言うことができたし
(一応音楽業界だから、留学の言い訳にもなるしね)
俺が絶望したはずのまさに「音楽ビジネス」の只中にいた。
考えないようにしてた。
俺の望みはなんだ?
俺がここにいる意味はなんだ?
そんなある日。
誘われるまま出かけたライブハウス。
その日に見たバンドは、悪くはないがこれといったインパクトはなく…
まぁインパクトとかいらないのかもな、ただ若い女の子に受けそうな顔で
ちょっとエモいこと歌ってればそれでいいんだよな
泣ける曲が1曲あれば…
「泣くこと」がファンの証であるかのような光景
最初から泣く気満々の女の子たち。
本物の感情はそこにあるんだろうか。
その帰り道憂鬱な気分でその場所を通りかかった。
このライブハウスに行くことにしなければ
滅多に降りることのない駅
駅前の広場にアイツが立っていた。
長い髪。
細い身体。
使い込まれたアコースティックギターを下げて
ただ立っていた。
俺は足を止めてしばらく見ていた。
何か歌うだろうと思ったからだ…
だって普通そうするじゃないか
そのためにここにいるんだろう?
でもその男は
何も歌わず、行き交う人の顔をじっと見ては微笑みかける
やがて俺の顔を見て…そして歩み寄る
俺の中を全部見られたと思った
とてつもなく恥ずかしくなり逃げたくなった
大したビジョンもなく仕事をしてる自分
美しさや才能への憧れ
大した実力もないのにのうのうと活躍してる奴への軽蔑
そして嫉妬。
かつては目指した音楽への愛
いつか出会うかもしれない何か。
自分を変えてしまうような何か。
希望と絶望。
俺は身動きできず
阿保のようにあいつの顔を見てた。
その夜の衝撃が一体なんだったのか
わからないまま時が過ぎ
ふと思い出しあの夜渡されたCDをデッキに入れ再生ボタンを押した時
俺は全部を受け入れた。
俺がアメリカでやってきたことも
何ものにもなれずに焦っていた数年間も
俺が自分で音楽を生み出す才能がないのも。
そして俺があの日あの駅にいた偶然も
全部。
もし俺がこれを手にできるなら…。
全て報われると。
知らないうちに泣いている自分に気づいて
俺は笑った。
心から。
何年ぶりだろうか。
水島ユキと出会ったことが俺の世界の全てになった。
ある意味それは危険なことだった。
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