第32話 「ヘルマウス」

 らんときりはバイクを停める。

 四人は大地に降り立った。

 らんは背中の鞘から「影斬かげぎり」を手にし、きりは「火焔鞭かえんむち」をベルトから外した。


 マルティヌスは水鉄砲を背にしたまま、「聖パウロの杖」を地面につく。

 フィリップは「三節棍さんせつこんかい」を片手に持った。


「あれはいったい、なんでしょうかしら。

 わたくしたちが対峙したことのない怪異ね」


 らんはいつでも「影斬」で攻撃できるように、腰を落とす。


「うーん、妖怪じゃあねえな、らん」


 きりは手にした「火焔鞭」の輪を解き、大地に垂らした。

 マルティヌスは杖で前方を指しながら双子に説明する。


「あれらはの、『ヘルマウス』に巣くうやつらじゃ」


「ヘル?

 マウスゥ?」


「さよう。

 地獄の入り口はの、『悪魔の口の中』と呼ばれておるんじゃ」


 日本にはそのような口伝はなかった。

 四人は前方を注視する。


 ウオオォォーンッ!


 狼の遠吠えのような啼き声が洞窟を震わせる。


「ケルベロスです!」


 フィリップは叫び、「三節棍・改」の鎖を開放する。

 ジャリンッと金属音と共に、五つの棒が現れた。


 グオオムツ!


 唸り声を上げてこちらに突進してくるのは、牛ほどの大きさがある狼だ。

 だが普通の狼ではない。

 胴体から三つの頭が突き出ている。

 それぞれが鋭い牙をむき出しにし、よだれ口吻こうふんから飛ばしている。


 しかも、一頭ではない。

 三頭がわれ先にと走ってくるのだ。

 さらに、その後方からは「キメイラじゃな!」とマルティヌスが鋭い声を上げる怪物が二頭、姿を現した。


 キメイラは獅子の頭部、山羊の胴体、そして毒蛇の尻尾を持つ。

 しかも吠えるたびに口吻から燃え上がる炎。


 フィリップは、きりとらんを振り返る。

 ふたりの女性は怖気づくどころか、桃色の唇にキュートな笑みさえ浮かべているのだ。

 目元はゴーグルでわからないが、多分さぞかし美しい微笑みであろうと推測した。

 その途端、勇気が沸き起こる。


「では、まいります!」


 スータンの裾をなびかせ、「三節棍・改」を頭上で回転させながらフィリップは走りだした。


「よっしゃあ、いくぜ、らん!」


「了解でございまーす」


 双子は顔を見合わせ、まず、きりが「火焔鞭」に真っ赤な灼熱の炎を点火し、走り出す。

 らんは腰を落とし、「影斬」を握った右腕を後方に振り、勢いをつけて投げる。

 マルティヌスは背中に小銃を抱えたまま、「聖パウロの杖」を中段に構えて襲い来る怪物に向かって走る。

 

 らんの「影斬」が高速で回転し、先頭を走るケルベロスの頭部をひとつ、胴体から斬り飛ばした。

 ブーメランは勢いを殺すことなく弧を描き、さらにもうひとつ切断する。


 ふたつの頭部を失ったケルベロスは、残った真ん中の頭部が咆哮を上げた。

 そこへ先陣を切って走りこんだフィリップが、五本の金属棒を鎖でつないだ武器を叩き込む。


 魔物たちが物理的な攻撃を仕掛けてくるとなれば、受ける側はそれ相当なダメージ、場合によっては命さえ奪われる。

 逆に、魔物たちも物理的に攻められれば、同様に損傷を受けることになる。


「三節棍・改」が振り下ろされたケルベロスの頭部は頭蓋骨から下顎にかけて、グシャッと叩きつぶされた。

 啼き声を上げる前に大きな胴体が大地に音を立てて転がる。


 フィリップの勢いは止まらない。

 続けざまに迫りくるケルベロス二頭の前脚を、回転させた金属棒で薙ぎ払った。

 そこへ追いついたきりが「火焔鞭」を操り、計六つの頭部を巻き込む。


 カッと灼熱の炎が、牙をむき出した頭部を包み込んだ。

 ただの炎ではない。

 荒ぶる神でさえ燃焼させるパワーを持つ。

 一瞬にして燃え上がり、炭化する。


「きりさん、凄いです!」


「なあに、神父さんのほうこそ」


 ケルベロスが全滅した後方から、キメイラが火炎放射器さながらに火柱を噴き上げながら突進してくる。


 らんは手元に戻った「影斬」を背中の鞘に納め、駆けながら「九尾剣きゅうびけん」の筒をつかむ。

 その真横を同じ速度で走るマルティヌス。


「嬢ちゃんや」


「はーいっ」


「あやつの業火は強烈じゃ!

 わしが先に行くっ」


 言うなり加速し、横っ飛びに岩肌に向かい勢いをつけてキメイラの頭上に舞った。

 キメイラは獅子の頭部を走りながら上向け、マルティヌスに火炎放射する。


「フンッ」


 マルティヌスは両手で構えた「聖パウロの杖」を突きだす。

 火炎は杖の先でふたつに分離され、老エクソシストの身体を直撃せずに左右に流れた。


 らんは「九尾剣」を後方に引き、「そーれいっ」とテニスのラケットを振るようにキメイラの首元に剣先を滑り込ませる。

 スパッと頭部が宙に跳ねた。


「一丁上がりですわ!」


 らんは走る体勢のまま剣を片手に、ベルトから手のひらサイズの筒を外し、もう一匹のキメイラに筒先を向ける。


「ちょっと冷たいけど、ごめんあそばせ!」


 筒の先からシューッと白い液状の物体が噴射された。

 それはキメイラの頭部に付着するとあっという間に固まる。


「拘束用の『塗壁ぬりかべ』でございまぁす」


 大分県おおいたけん臼杵市うすきしの「臼杵史談」の文献に残る怪異、「塗壁」。

 巨大な壁で道をふさいだり、己の体内になんでも塗り込んでしまう。

 その性質を用い、妖怪の類を拘束する際に使用する。

 一度固まれば、コンクリートの比ではない。

 

 らんは、もう一度「九尾剣」を振りかざし、大地を蹴り「えーいっ」と大上段から腕を振った。

 キメイラの頭部が真っ二つに切断され、ドウッと大地を揺らしながら転がる。

 マルティヌスはふわりと着地した。


「お見事!

 やるのう、嬢ちゃん」


「神父さまの作戦勝ちでございますわ」


 そこへきりとフィリップも駆け寄ってきた。


「へへっ、日本の検非違使けびいしをなめんなよ、ってなもんさ」


「おふたりにご同行いただいて、正解です」


 駆逐された五頭の魔物は身体が溶け出し、どす黒いタール状に変化していく。


「では、まいろうかの」


 ほとんど息を切らしていない老人に、らんときりは驚く。

 四人はバイクに分乗し、再び地獄へと続く洞窟を進み始めた。


 ~~♡♡~~


「エーっと」


 はるか後方でビートルを停め、大きな岩陰でクロスボウを構えていた源之進げんのしんは言葉が続かない。

 妹たちの戦いぶりに圧倒されているのだ。


「い、いやあ、これがお嬢さまたちのお仕事であったとは。

 この高見沢たかみさわ、あらためて感服いたします」


 中腰の源之進の上から目出し帽からのぞく目を大きく広げ、高見沢は大きく首肯した。


「やはり妖怪とか怪異なる存在は、あったんだねえ。

 いや、あの子たちを疑っていたわけじゃないのだけど。

 まさか本物にお目にかかるとは驚きだよ」


「この光る岩壁といい、三つ首の狼に火を噴くライオンですか。

 しかし、お嬢さまがたに神父さまたちも、相当な手練れでいらっしゃいますね」


 感心する高見沢を振り仰いだ源之進は、口を開きかけ、なぜかそのまま固まった。


「た、高見沢くん」


 緊張した源之進の声音に、高見沢はまさか背後から化け物が近づいてきたのかと、素早くクロスボウを構えて振り返った。

 だが光る岩壁や突き出した岩石に動くものはない。

 だが高見沢も固まった。


「しゃ、社長、これはいったい」


「ああ、ぼくたちは悪夢を見させられているのか」


 源之進は立ち上がり、身体ごと振り返ると後方を凝視する。

 今来たばかりの道。

 むき出しの土や岩。

 ここへ来るまで枝道はなかった。

 一本道であったはずた。

 確かになかったはずなのに、振り返ると同じ大きさの洞窟が三つに広がっていた。

 真ん中の道が出口へとつながっているのか。

 それとも違うのか。


「どうしてこんな現象が」


 高見沢は喉に張りついたような声を口にする。


「迷宮か。

 おや、あの子たちは先に進むようだ」


 立ちすくむふたりの耳にバイクのエンジン音が響いてきた。

 目出し帽越しに顔を見合わせる。

 源之進は高見沢に向かって、初めて頭を下げた。

 驚く高見沢。


「高見沢くん、大変申し訳ない。

 ぼくのつまらぬ要求に応えてくれたばかりに、きみをこんな危険な場所へ連れてきてしまった」


「社長、なにをおっしゃるんですかっ。

 頭をお上げください。

 何度も申しますように、この高見沢は社長と一蓮托生です。

 むしろわたしはそのことを、光栄に思っております」


「高見沢くん」


「社長、ご指示をください。

 わたしはどこまでもお供してまいります」


 源之進は嬉しくもあり、そして大いに勇気づけられる。


「ありがとう。

 ならば選択肢はひとつだ。

 このまま進もう」


 源之進は洞窟の奥を指さした。

              つづく

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