第28話 「地獄へ続く道」

 泉佐野市いずみさのしにある紫樹むらさき邸宅の門が開いた。

 すでに濃紺と黒い色に天空は彩られている。


 回転する赤色灯。

 緊急車両の通行を告げるサイレンを鳴らし、二台の大型バイクが排気音を轟かせながら一気に走り出した。


 数分おいて、フォルクスワーゲンのビートルが門を通過していく。

 時刻は午後七時をまわっていた。

 

 らん、きり、フィリップにマルティヌスは出動する前に、それぞれが武装のための準備をしていた。


 らんときりは「影斬かげぎり」と「火焔鞭かえんむち」、さらに「九尾剣きゅうびけん」、その他を保管庫から取りベルトに装着する。


 フィリップは「ネオンリング」を両手首、足首にまわす。

 さらにトランクケースから長さ三十センチほどの金属製の棒を取り出した。


「うん?

 それはなんだい?」


 きりは興味深そうにフィリップに顔を近づける。

 フィリップの鼻孔に柔らかな女性の香りが漂い、赤面しながら答えた。


「これはですね、ぼくの家で受け継がれている『三節棍さんせつこん・改』です」


「サ? サンセツコン、カイ?」


「はい。

 通常の『三節棍』は樫の木を三本、鎖で繋いでいてそれを振り回したり、両手で構えて防御したりします。

 これは普段はこのように一本の金属棒なのですが、持ち手をこうして」


 フィリップは金属棒の先端を押した。

 するとジャキンッと金属がこすれ合う音が響き、棒の尻から同形の金属棒が五本、それぞれが鎖に繋がれた状態で勢いよく飛び出した。


「三つじゃなくて、五本だよ」


 きりが指さす。

 フィリップは目元に笑みを浮かべた。


「はい。

 だから、改なのです。

 それにこうすると」


 もう一度手元で操作すると、鎖が棒に素早く収納され、長さ一メートル五十センチの一本の金属棒に変形した。


「すっげえな。

 でもさ、素人が振り回したら逆に自分に当たっちまうじゃん」


「ぼくも祖父から武術を教えてもらっていた幼い頃に、なんども頭にコブをこさえました」


 きりとフィリップは顔を見合わせ、笑った。

 マルティヌスは腕を組みぶつぶつと独り言を口にし、ひとつうなずきケースから取り出したのは。


「あらまっ、神父さま。

 それはいわゆる機関銃、サブマシンガンですわね。

 まさか神父さまが飛び道具をお持ちになるとは」


 らんの驚いた顔に、マルティヌスは得意げな表情を浮かべる。


「嬢ちゃんや、わしはこれでも慈悲深き聖職者じゃ。

 鉄砲などでひとを殺めることなどできぬ」


「でも、どう拝見いたしましても、やっぱり自動小銃ですわよ」


 マルティヌスが両手で構えているのは、トミーガンと呼ばれる、米国のトンプソンサブマシンガンにそっくりの形状をしていた。

 黒いボディに銃床ストックが付き、これを肩に当てる。

 グリップりの前に引金トリガー

 長い銃身バレルにハンドガードもあるが、最大の特徴はハンドガードの後ろに取り付けられた銃倉マガジンだ。

 円形であり、昔のマフィアあたりが抗争時に使用したような、今ではあまり見かけない形状であった。


「フオッフオッ、見た目はそうじゃが、実はのう、これはなんじゃ」


 マルティヌスは笑った。

 四人は準備が整い、朝と同じようにらんの三輪トライクにマルティヌスが、きりのトレーサーにフィリップが乗り基地を出発した。


 その様子を母屋の自室から双眼鏡之でのぞいていた源之進げんのしんは、背後に立つ高見沢たかみさわにひとつうなずいた。


~~♡♡~~


 新たに三人の生贄いけにえを捧げた「百式党ひゃくしきとう」本部の裏手。

 先ほどまで天空で大暴れしていた雷雲は、いつの間にか姿を消している。

 だが空は厚い雲が何層にも重なりあい、地上を闇の世界にしていた。


「わがあるじのおわす玉座ぎょくざへの道が開いた。

 いまからおまえたちをまことの信者にするために洗礼の儀式を執り行う」


 群衆の前に立つデラノヴァ。

 その声音はけして大きくはない。

 だが誰もが耳元に熱い吐息を吹きかけられたように、快感が全身を震わせる。

 闇が濃くなるほど猾辺かつべの心は沸き立っていった。

 

 大型トラックでも充分通れそうに穿うがたれた穴。

 ふいに生ぬるい風が穴の奥から流れ、広場に立てられていた燭台の灯火を消した。

 すると穴から濁った黄色い明かりが奥へ奥へと点いていく。

 蝋燭ろうそくなどではない。

 穴の壁自体が妖しくボウッと輝いているのだ。


「さあ、まいりましょう」


 デラノヴァはローブのすそをひらめかせ、かたわらの猾辺をうながす。

 デラノヴァを先頭に猾辺、そして二百名以上の党員たちが続く。

 洞窟のなかで土を踏む何百もの足音が反響した。


~~♡♡~~


 二台のバイクは法定速度を遥かに超えるスピードで、上之郷かみのごうインターチェンジから阪和はんわ自動車道へ入った。

 まだそれほど遅い時間帯ではないため、高速道路を走る車は多い。


 赤色灯を回転させサイレンを鳴らして走るバイクは、どの車も道を譲る。

 らん、きり、フィリップ、マルティヌスはインカムで会話をする。


「神父さん、コワくないかい」


 きりはフリッツ型のヘルメットに、濃いグリーンレンズのゴーグルをかけている。

 フィリップはさすがにスピードには慣れてきていた。

 それにきりの運転はとても上手い。


「ありがとうございます!

 もう平気です」


「じゃあ、もう少し急ぐぜ。

 おい、らん、アクセル全開だ!」


「了解でぇす」


 きりはアクセルをふかす。

 重いエンジン音がシートの下から響いてきた。


 高速道路は羽曳野はびきのインターチェンジで下りて、そこからは国道を使う予定である。

 白バイならぬ紫バイクに、追い越される車のドライバーたちは一様に首をかしげていた。


「相変わらず速いねえ」


 源之進はのんびりとした口調で、隣でハンドルを握る高見沢に声をかける。

 ビートルはものすごい揺れかたで、今にもエンストを起すのではないかと思われるほど大きなエンジン音を響かせている。


 高見沢はほぼアクセルをベタ踏み状態だ。

 もちろん法定速度をかなりオーバーしている。

 巡回している警察の高速隊にでも見つかれば、ジ・エンドだ。


 高見沢はいつにもまして真剣な表情で前方を注視しながら、懸命にハンドル操作をしている。

 ふたりはすでに目出し帽ですっぽりと顔をおおっていた。


「おふたりのバイクテクニックはプロですから」


「府警から出向するときにね、交通機動隊長が泣いて懇願したらしいよ。

 こんな逸材を奪わないでくれって。

 あははっ」


 目出し帽の上から眼鏡をかけた源之進は面白そうに笑う。

 追い越し車線を猛スピードで走るビートル。

 通行車線を走る車のドライバーが、ハンドルを握る高見沢のスタイルを驚愕の表情で見送る。


 携帯電話で通報されたらこれまた厄介であるが、いまのところビートルの後方からサイレンは聞こえない。

 高見沢の目出し帽は、すでに汗でぐっしょりとなっていた。


~~♡♡~~


 いったい穴はどこまで続いているのか。

 足元は光る壁により薄暗いものの確認はできる。

 ザッザッと行進していく集団。

 そのなかにあって、今なおデラノヴァの魔術にかかっていない人間がたったひとりだけいた。


「みんなはどこへ歩いていくのかな。

 お、おれは社長のボデーガードなんだから、ちゃんと社長のボデーをガードしなきゃな」


 頓殿とんでんであった。

 年中鼻づまりなのが幸いしてなのかはわからないが、いたって正気を保っている。


 社長の言いつけ通り、ローブを着てフードはかむっているものの、周りの人間とは明らかに目の輝きが違っていた。


 横を歩く骸野むくろのは完全にデラノヴァの支配下にある。

 とろりとして目つきに、口元は半開きになっている。


「社長」


 頓殿はささやくが、反応はない。


「どうして壁が光っているのか、ふ、不思議だなあ。

 社長なら頭がいいから、知ってると思うんだけどなあ」


 見上げる天井は岩や土が不気味な影を作りだしている。

 頓殿は瞬きを繰り返し、この難問を必死に考えていた。

                                  つづく


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