第29話 「発見」

 穴の内部は緩やかな下り坂になっていた。

 さらに進むにつれ、広くなっていく。

 巨大な洞窟である。

 だが千早赤阪村ちはやあかさかむらにそんな洞窟が存在しているはずはない。


 すでに天井の岩肌までは十階建てのビルがすっぽりと収まるほどの高さとなり、横幅は大型ダンプが五台並んで走行できるほどの広さになっている。

 だが平坦ではない。

 ところどころにむき出しの大きな岩が、障害物のように突き出ている。


 デラノヴァと猾辺かつべに率いられた集団は、誰も口を開くわけでもなくただ歩く。

 歩き始めて、すでに一時間以上経過している。


 と、デラノヴァが立ち止まった。

 猾辺は問うこともせず耳を澄ます。

 太陽の光の下では考えられないほど感覚が鋭くなっていた。


 猾辺の耳にはるか前方より、微かな音が聴こえてきている。


 カポッカポッカポッカポッ。


 次第に瞳に映しだされるのは洞窟の遥か彼方より、こちらに向かって走ってくる馬車であった。

 ひづめの音を響かせ、馬の影が洞窟の岩肌に浮かぶ。

 立ちはだかるデラノヴァの前でそれは停まった。


 猾辺は唸り声をあげる。

 一頭の馬に繋がれた二輪の馬車カブリオレと、その後ろには四頭立ての四車大型馬車コーチが五台続いていた。

 猾辺が驚愕したのは、その馬たちが生身ではなかったことであった。


 白骨体。

 標本のようなむき出しになった骨だけで、馬車を曳いて走ってきたのだ。

 デラノヴァはニヤリと黒い口元を曲げる。


あるじがお待ちになる玉座ぎょくざへの道程は長いの。

 あなたとわたしは先頭のカブリオレで。

 党員、いえ、信者たちはコーチに分乗してもらいましょう」


 馬車はいずれも漆黒の木製である。

 猾辺が後方に向けて片手を挙げた。

 集団は無言のまま大型の馬車へ乗り込んでいく。

 デラノヴァはフワリと身をひるがえし、先頭の馬車へ乗った。

 猾辺も続く。


 デラノヴァが「はいっ」と手綱を引くと、白骨の馬がいななき、ゆっくりと走り出した。


~~♡♡~~


 国道をまるでミサイルが駆け抜けるように、二台のバイクは走っている。

 回転する赤色灯の赤く長い残像が尾を引き、サイレン音がドップラー効果で流れていく。

 その二台を追うビートル。


「かなり町から外れていくねえ」


 助手席で源之進げんのしんが、過ぎ行く夜景を見ながら言った。


「この方向ですと、どうやら千早赤阪村に向かっているようです」


 両手でハンドルをしっかりと握りながら、高見沢たかみさわはちらっと源之進の横顔を見た。


「うん?

 千早赤阪村って、最近どこかで目にした記憶が」


 源之進は目出し帽の上から額を指先で叩く。


「そういえば、わたしも新聞だったかネットで見たような」


 ふたりは記憶をたどる。

 同時に「ああっ、そうだ」と口を開いた。


「あれだよあれ、ほら、前に面談した」


「はい、あの猾辺元議員です、社長。

 たしか『百式党ひゃくしきとう』が廃墟となった新興宗教団体の跡地を建物も含めて購入した、とネットニュースに出ていました」


「そうだったねえ。

 本格的に政治団体として活動するための、新拠点だったっけ。

 それにしたって安くはないだろうに」


 源之進は首をかしげる。


「新たな後援会ができたのでしょう。

 やはりスキャンダル議員とは言いましても知名度はそれなりにありますし、カジノを大阪以外にも主要都市に造りビジネス化していくと公言しているわけですから」


「カジノねえ。

 どうもぼくは苦手だなあ」


 国道を行き交う車の数が減ってきている。

 代わりに建物よりも、黒々とした森や山並みが見えてきた。


「高見沢くん、くれぐれもあの子たちに見つからないようにお願いしますよ。

 あとからまた烈火のごとく叱られるのも、恐いからねえ」


「心得ております。

 以前わたしは一ヶ月プロテイン断ちを、きりさまから厳命されましたから」


 高見沢は苦笑した。


~~♡♡~~


「らん、このまま進んでいいのかな」


 きりはインカムを通してらんに問いかける。


「うむ、この方向で間違いないわい」


「そう申されておりますわ、きり」


「了解」


 ハイビームにしたトレーサーは風を切りながら疾走する。

 三輪のトライクも爆音を轟かせて走る。


「嬢ちゃんや」


 ヘルメットに取り付けたインカムから、マルティヌスの声が他の三人のレシーバーに聴こえた。


「そろそろ用心したほうがよいじゃろう」


 きりとらんは赤色灯とサイレンを止め、バイクを減速させる。

 国道はすでに片道一車線となり、対向車はまったくない。

 はるか後方から走ってくる乗用車のライトが、サイドミラーに映っているだけだ。

 らんはその車にまさか兄と高見沢が乗っているとは、夢にも思っていなかった。


 タンデムシートに座るマルティヌスは、盛んに夜空を見上げている。

 どうやら星の位置を確認しているようだ。


「近い」


 マルティヌスは言った。


「『しゅ息吹いぶき』が教えてくれた場所は、まもなくのようじゃ。

 みなのもの、充分用心せよ」


 トライクはすでに時速を五十キロ台まで落とし、アクセルを極力ふかさないよう、きりは操作する。

 国道の周囲は森林が深くなり、夜空に小高い山並みが見えてくる。

 しばらく走ると、「おやっ」ときりのゴーグルに人工物が映った。


「おい、らん、建物がぽつんとひとつだけあるぜ」


「こんな山奥に、まさかホテルでもないでしょうね」


 フィリップは手庇てびさしをかざし、目を凝らす。

 ほんの一時間ほど前に、このあたり一帯が不気味な雷雲に襲われていた片鱗も見当たらないほど空気は澄み、夜空から降り注ぐ星の灯りとバイクのライトで建物が見える。


「うん?

 なんだか建物の上に、旗がひらめいているようですが」


 きりもゴーグル越しに確認する。


「本当だ。

 ちょっと待てよ」


 ハンドルを握りながら首を傾ける。


「らん、あの黒地に金と赤い丸のマークって」


「ええ、たしか『百式党』なる政治団体のおしるしではなくって?」


「政治団体ですか?」


 フィリップは不思議そうな表情を浮かべた。


「うん。

 元国会議員がさ、カジノで日本経済を復興させるって合言葉で、若い連中を取りこんでいる新政党さ」


 きりは説明する。

 するとマルティヌスの声が割り込んできた。


「あそこのようじゃぞ。

 その政治団体とやらに、どうやら悪魔が関係しておるようじゃの」


「あらまっ、政治と悪魔ですか」


 らんは思わずタンデムシートの神父を振り返る。


「なんだか面白いことになってきたな、おい。

 明かりはどこからも漏れていないようだから、このまま進むぜ、らん」


「了解でーす」


 トライクとトレーサーは低音のエンジン音を響かせながら、「百式党」本部の建物へ近づいていった。

 深い森のなかに建つ本殿。

 らんときりはエンジンをかけたまま、バイクを停めて見上げる。

 マルティヌスとフィリップも額に手をかざしている。


「誰もいないのかな」


 きりは辺りをうかがう。


「少なくともこの建物からは、ひとの気配は感じ取れないですね」


 フィリップはきりに返した。


「うん?」


 フィリップは首を伸ばし、建物の奥に目を凝らした。


「この裏手からなにかが光っているようですけど」


 きりも首を傾ける。


「ああ、確かにぼんやり明かりが見えるな。

 らん、このまま裏手に回ってみようか」


 きりが後方を振り返る。


「嬢ちゃんたち、ちとここで待っておってくれんかの」


 マルティヌスがそう言ったときには、フィリップもタンデムシートを降りようと、長い脚を上げていた。


「先生、ぼくもまいるつもりでした」


「フォッフォッ、四六時中一緒におると同じように考えるもんじゃな」


 マルティヌスは「よっこらせ」と掛け声をあげて、らんの三輪バイクから降り立った。

 その背には肩ひもを斜め掛けにした自動小銃、本人は水鉄砲と呼んだ剣呑な武器を抱えている。

「聖パウロの杖」を地面につけて大きく伸びをした。

 フィリップは「三節棍・改」を手にし、きりに告げる。


「一度この建物のなかを探ってきます。

 おふたりはバイクのエンジンを切らずに、ここでお待ち願えますか」


「うん、そりゃいいけどさ。

 なんならあたしたちも一緒に」


 フィリップは柔和な笑みを浮かべ、ゆっくりと頭をふった。


「レディファーストは、またどこかでお食事をご一緒させていただくときにいたしましょう」


 きりは笑った。


「了解したよ、神父さん。

 くれぐれも気をつけて」


 フィリップはうなずいた。

                                  つづく


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