第27話 「妹たちを案ずる兄」
らんはきりとともに、コントロールルームで液晶画面に大阪南部の詳細な地図を呼び出し、今日一日探索した箇所をマーカーしていた。
パネル前の椅子に腰を降ろしたきりが、マウスを動かしている。
その横でラップトップパソコンの画面と壁の液晶を見比べる、らん。
ふたりとも保安官の武装のままだ。
エクソシストのふたりは表へ出ている。
そこへ母屋からの電話が入った。
らんが受話器を取る。
「キクさん、こんばんは。
えっ?
もうそんな時間ですのね」
らんはパネルに埋め込まれたデジタル時計を見た。
まもなく午後七時になろうとしている。
「そうですわねえ、ちょっとお待ちになって」
らんは真剣な表情でマウスを動かしている、きりを向いた。
「きり、キクさんがお夕飯はどうしますかってお訊ききだけど」
「ああ、もうそんな時間かあ。
神父さんたちも昼はコンビニで軽く済ませただけだからなあ」
「きり、ちょっと待ってね。
はい、はい、そうしてくださると嬉しいです。
ええ、まだお仕事中ゆえ。
はい、お願いいたします」
らんは受話器を置く。
「キクさんが、お夕食はサンドイッチとお紅茶を作って、ここまで運んでくださるって」
「そりゃあ、ありがたい。
もしかしたら今夜はまた出動しなきゃならないかも、だからね」
きりはウインクする。
「ところでさあ、らん」
「なにかしら」
「悪魔って存在はもちろん知っちゃあいるけど、荒ぶる神とどう違うんだろ」
らんは小首をかしげる。
「そうねえ。
わたくしが推測いたしますに、根底は同じではないのかしら」
「悪魔と呼ぶ連中は元々天界にいた天使だよな。
あたしたちが成敗する対象の妖怪や
「正式には違うのやもしれません。
でもそう考えれば辻褄は合うのでは?」
ピッピッピッ、とパネルのLEDが本部からの電話回線をキャッチした信号と着信音を鳴らした。
らんは素早くスピーカーモードにしてから、カフを上げる。
「はい、関西南部方面担当、
「あっ、らんさんですか?
お疲れさまです。本部の
若い女性の声がパネルのスピーカーから流れた。
「こんばんは、戎さん。
今日は夜勤ですの?」
「ええ。
このところ副長は休日返上で本部にて待機されていましたので、全員で帰れコールしてご帰宅いただきました、うふふ」
「あらあら、副長の苦虫を噛んだようなお顔が想像できますわ。
ところでなにか」
「あっ、すみません!
緊急連絡だったのにわたしったら。
えーっとですね。
探査衛星が微弱ではありますけど、
建物玄関のベルが鳴った。
きりは椅子から立ち上がり、ロックを解除する。
先ほど外へ出ていったフィリップが、いつになく真剣な表情で一礼しながら入室してくる。
「らんさん、きりさん、『
スピーカーからの声が重なる。
「今回捕捉した波動は、かつてわが国では観測されたことのない、未知のものです」
フィリップはコントロールパネルに視線を向けた。
きりが手短に説明する。
「どうやら大阪府の
「了解です。
こちらも動きがわかったようなので、情報を合わせてみますわ。
またご連絡いたします」
らんは回線をオフにすると、ドア越しに立つフィリップを振り返った。
~~♡♡~~
母屋のキッチンルーム。
一般家庭のそれとは大きく異なっている。
レストランかホテルを思わせるような広い厨房。
紫樹家の家事全般をすべて担い采配をふるうキクは、和服の上に白い割烹着をまとい、調理場で通いのメイドたちとサンドイッチを作っている。
「キクさん、ご主人さまと
フリル付きのエプロン姿で、卵サンドを一口大に切りながらメイドのひとりが小首をかしげた。
キクはポットに
「ええ、お嬢さまと神父さまたちはお仕事でしょうから。
ただ若旦那さままでお仕事でお出かけになるかもしれないって、高見沢さんがおっしゃっていたでしょう。
せいぜい美味しくお作りいたしましょ」
キクは言いながらも、「お珍しいことですわ」とつぶやいた。
~~♡♡~~
「社長」
「うん?
なんだい、高見沢くん」
「万が一、万が一のことですが」
「うむ、万が一のこととは?」
「ええ。
途中でパトカーに停車を命ぜられ、職務質問を受けた場合なのですが」
「この出で立ちをお巡さんが見たらさ、間違いなく近くの警察署へ有無を言わさず連行されるのでは。
そう危惧を抱いているわけだね」
高見沢は失言したかのように直立不動で頭を下げる。
「それは大丈夫さ、安心したまえ」
「と、おっしゃいますと」
「高見沢くんの運転技術をもってすれば、パトカーの追跡をまくなんて、わけないだろう」
いや、そういう問題ではないのですがと思いながらも、高見沢は口には出さない。
愛する妹たちが異国からやってきたエクソシストなる得体のしれない神父たちと、なにやら恐ろしい相手と対決するらしいと聞き及んだ
なんとか陰ながら応援したいと、高見沢に無理やり有給休暇を一緒に取るように命じた。
もちろん妹たちの後をこっそりとついていくためにだ。
普段使用する乗用車では、すぐに発覚してしまうのではと高見沢は機転をきかせ、目立たぬ中古車を手配していた。
それが廃車寸前のフォルクスワーゲン・ビートルであった。
今朝も二台のバイクの後を、抜群の運転テクニックを持つ高見沢と一緒に追いかけていたのである。
帰宅した妹ふたりは保安官の武装をといていないことは、先回りして帰宅し、自室から双眼鏡で様子をうかがっていた源之進は知っている。
これはもしかすると、今夜も出かけるに違いないと源之進は読んだ。
そのため高見沢とともに再び援護すべく、こうして自室で準備をしているのであった。
これまでも何度か後をつけ、その度に見つかりこっぴどく叱られた。
したがって、らんときりが実際に妖怪の類と戦う現場は残念ながら目にしたことはない。
だが今回はいつもとは雰囲気が異なる。
いったいどのような化け物が現れるのか。
源之進と高見沢は、黒い上下のレザージャケットにパンツに身を包み、念のためと頭にはウールの黒い目出し帽をかむっている。
しかも両手に抱えているのはクロスボウであった。
競技用ではなく、狩猟用だ。
どう見ても、今から銀行強盗をはたらきにいくスタイルである。
~~♡♡~~
らんときりは、フィリップとともに急いで外へ出た。
庭園の芝生に腰を降ろしたマルティヌスの小さな背が見える。
「先生、お連れしました」
その声が聴こえていなのか、マルティヌスは抱えた壺に顔を近づけたままの姿勢だ。
「なにをして」
きりの言葉に、フィリップはシッと指を口元に持っていった。
ぶつぶつと壺に向かって
おもむろに顔を上げ、三人をふり仰いだ。
「見つけたぞ、見つけた!」
丸眼鏡の奥でニヤリと三日月になる青い目を見たきりは、思わず身構えてしまった。
それほどマルティヌスの浮かべた笑みは、きりにさえ恐怖を感じさせたのだ。
らんは膝に手を置き、マルティヌスの顔をのぞき込んだ。
「神父さま、
その場所と『
「ウオッホン。
『
「あら、失礼あそばせ。
『主の息吹』ちゃんが発見なさった場所が同じであれば」
フィリップは口元に笑みを浮かべる。
「ぼくたちの出番、ということです」
きりが腰のベルトからスマホを取り、地図アプリを起動した。
「ええっと、日本語だからちょっとわからないだろうけど。
いま、あたしたちがいる基地はここな。
本部の偵察衛星が捉えた霊波の乱れを検知した場所は」
指先でスワイプする。
「ここらあたりだ。
正確にはわからないようなんだ」
マルティヌスは目を細め、小さな液晶画面を確認し、夜空を見上げてまたたく星を指さしながら言った。指先がなにやら図形を
「ピンポンじゃ。
『主の息吹』が運んできた情報と同じ場所よ。
もっとも近代科学よりも、絞り込めるがの」
四人は顔を見合わせうなずいた。
つづく
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