第25話 「探索活動」

 らんの運転する三輪のトライク。

 タンデムシートにはマルティヌスが、カロットの上から紫色のハーフキャップタイプのヘルメットをかむっている。


 丸眼鏡の代わりにハワイで買った黒いレイバンタイプのサングラスをはめていた。

 ヘルメットにはインカムマイクが付いており、風を切るバイクでも会話が可能だ。


 きりがハンドルを握るオフロードのトレーサーには、フィリップが同じスタイルで後部に座っているのだが、どうやら慣れていないらしく、きりの腰にしがみつくような恰好であった。


「も、申し訳ありません!

 きりさん、うら若き女性の背後から、こ、このような破廉恥ハレンチなスタイルで」


 フィリップは風に目を細めながら盛んに謝罪する。


「あはははっ、神父さんって真面目なんだねえ。

 あたしは一向にかまやしないよ。

 なんならもっと身体をくっつけてもらっても、オッケイだ」


「い、い、いえ、滅相もありません!」


 二台のバイクに便乗し、四人は午前中から探索活動に入っていた。

 本部では佐々波さざなみの指示により霊波れいは探査を行っており、逐一らんに連絡が入る手はずになっている。


 大阪府の西側、海に沿って走る阪神高速四号湾岸線を飛ばす。

 同じ方向へ走る車やトラックの運転手たちは、珍妙なカップルのバイクを二度見していた。


「ほほう、こうやって風を感じながらオートバイで走るのも悪くないのう」


 マルティヌスは流れいく風景に感嘆の声をあげる。

 らんはゴーグル越しにサイドミラーを見る。


「ドライブ日和でございますもの。

 神父さまは自動車やバイクはお乗りになりませんのかしら」


「うーむ、ライセンスは一切持ってはおらぬよ、嬢ちゃん」


 らんのイヤホンに、佐々波から連絡が入る。


「はーい、紫樹むらさきでございます」


「らんか、佐々波だ。

 総力をあげて霊波探査をしているが、いかんせん西洋の悪魔など想定外だからな。

 時間がかかって申し訳ない」


「あら、副長のせいではありませんわ。

 わたくしたちは結構楽しんでおりますの」


「楽しむ?

 あ、ああ、そうか。

 いまどの辺りを探査中かな」


「湾岸線を海沿いに走っております」


 らんは太陽の光を反射させる海原に目をやった。


「微弱ではあるが、霊波の乱れを確認した。

 海側ではなく東方向だ。

 位置からいえば、山側だな」


「了解いたしました。

 きり、聴こえる?」


「おうっ、聴いたぜ。

 じゃあ次のインターで降りてみるか」


 二台は堺市さかいし大浜おおはまで高速道路を離れた。

 その二台のバイクを追うように、一台のフォルクスワーゲン・ビートルが高速道路を降りた。

 相当古い年式のタイプであり、水色の塗装はところどころ茶色のサビが浮いている。

 らんときりはまったく気づいてはいなかった。


~~♡♡~~


 猾辺かつべ蝋燭ろうそくのか細い炎だけがゆらめく室内にいた。

百式党ひゃくしきとう」が新たに拠点とした千早赤阪村ちはやあかさかむらに建つ本殿。

 その地下にある部屋だ。


 このところ日中に太陽光線を浴びると、まるで火傷をしたような痛みを感じるようになっていた。


 ところが陽が沈み夜の帳が天を覆うころになると、精気が身体中にみなぎってくるのだ。

 それとともに、心のなかにどす黒い得体のしれぬ感情が渦巻くのを覚える。


 けして不快ではない。

 むしろ黒く染まっていくほど快楽を感じる。

 暴力を思う存分ふりたい。

 他人を残忍な方法でいたぶりたい。

 おまえはこの国を統治すべき選ばれた王である、と耳元で誰かがささやく。


 蝋燭の灯火がゆらりとかたむいた。

 黒い影が猾辺の座るソファの真後ろに立った。

 ブロンドの髪を頬にたらしながら、猾辺の顔に黒いルージュの口元を近づける。

 デラノヴァであった。


「ご気分はいかがかしら」


「とても良い気分だ。

 力がみなぎってくる」


「そうね、うふふっ。

 わたしと血の契約を交わしたあなたは、人間を超える存在になるの。

 わたしたちのあるじのお導きがあれば、あなたはこの国の王となるわ」


「そうだな。

 その通りだ。

 わたしは世界のどこにも負けない国家を築いてみせる」


 猾辺の切れ長の目に妖しい光が灯る。


「わたしがここの場所を選んだ理由はおわかりかしら」


「うん?

 わが『百式党』の拠点を、そしてあるじあがめるための本殿にするからではないのか」


 デラノヴァはキュッと口を曲げた。


「そう。

 でもね、それだけではないの。

 この地は大和やまとの神たちが唯一見落としている、あるじの住まわれる地獄へと通ずる道を開くことができる」


「道を、開く?」


「ええ。

 本殿の建つ裏山にね」


 猾辺はデラノヴァを見上げた。


~~♡♡~~


 オレンジ色の染まる西の空。

 重たい排気音を轟かせ、二台の大型バイクが泉佐野市いずみさのしにある紫樹家にもどっってきた。


 先頭のきりがライトをパッシングすると、大きな鉄門が開いていく。

 バイクは低速で庭園を通り、双子の住居兼基地へ向かった。


 四人はコントロールルームへ入り、フィリップとマルティヌスは置いてある簡易ソファに腰を降ろした。

 慣れない長時間のバイクによる探索活動に、やや疲労感が漂う。

 マルティヌスはスータンの上から腰を叩いている。


「なかなか見つけられないもんだねえ」


 きりはヘルメットを取り、燃えるようなカーマインカラーの髪をふった。

 らんも同じようにヘルメットをはずす。

 鮮やかなブルーカラーだ。

 フィリップはまぶしそうにふたりを見る。


「ああ、そうか」


「どうかなさって」


 らんは棚に置いてあるコーヒーメーカーで、四人分のコーヒーを沸かしながら振り向いた。


「おふたりの髪の色です。

 お兄さまがパープルにカラーリングされているのは、苗字ラストネームに由来するのですね」


「うん、そうだね」


 きりコーヒーカップをソファにはさまれたテーブルに並べ、フィリップに応える。


「おふたりは双子ですから、ブルーカーマインにカラーリングされ、合わせると紫色パープルになるってことですね」


 らんときりは顔を見合わせ、微笑んだ。


「正解でございますわ、神父さま。

 それとわたくしたちは見た目がまったく同じでございますゆえ、見分けがつくようにとこうしておりますの」


 らんはさらりと青い髪を指先でなでた。

 コーヒーの芳醇ほうじゅんな香りが室内に立ちこめる。


「今日はここまでかなあ、ああっ、らん、ありがとう」


 らんは熱い液体の入ったポットからコーヒーを注ぐ。

 それまで軽口を利くのが趣味のようなマルティヌスは、口を閉じたままだ。

 フィリップは師を見た。


「先生、お疲れのご様子ですが」


 マルティヌスはちらりと視線を向けた。


「いや、なに、これしきで疲れたなどと言っておってはな。

 それよりもじゃ。

しゅ息吹いぶき』がどうなっておるのか、気になっての。

 嬢ちゃんや、この部屋は気密性が相当高いようじゃが」


「ああ、一応保安官の基地だからな。

 神宮伊勢神宮の護符で結界を常に張ってるよ」


「そうじゃろうな。

 さてフィリップよ。

 わしは少し表で『主の息吹』を待つことにするわな」


「それならぼくが参ります」


 マルティヌスは「よっこらせ」と立ち上がり、「主の息吹」を入れていた壺を片手に、もう一方の指先で「聖パウロの杖」をつかんだ。


「それにはおよばぬ。

 おまえさんは今後について、嬢ちゃんたちと相談しておいてくれ」


 らんはドアのロックを解除する。

 よちよちと老人は外へ出ていった。


~~♡♡~~


 マルティヌスは外へ出ると、まずは大きく伸びをした。

 ふうーっと大きく息を吐く。

 庭園はすでに照明が灯され、大きな公園さながらだ。

 杖を肩に乗せ、芝生の上に胡坐あぐらをかいて壺を曲げた脚の間にゆっくりと置いた。


 これまで幾度となく悪魔なる存在と戦ってきた。

 しゅの教えを真っ向から否定し、誹謗中傷ひぼうちゅうしょうする。

 ひとの欲望をそそり、あおり、ときには争わせ殺戮さつりくを繰り返させる。


 その悪魔の頂点に立つサタンは、地獄へ落とされ悪魔となるまでは、十二枚の羽根をもつ天使の長だったのだ。

 天界で反旗を翻し大戦争を展開する。

 結果、双子の弟である天使ミカエルの軍勢に破れたのだ。

 

 マルティヌスはしゅに忠誠を誓い、神父として多くの迷える魂を救ってきた。

 エクソシストとなり、若かりし頃にはバチカンの上層部が眉をしかめるような戦法をもって、悪魔と戦った。


 瀕死の重傷を負ったことある。

 それでも悪魔退治が神より与えられた天職であると信じ、まっしぐらに進んできた。


 他の聖職者たちから侮蔑ぶべつの意味を込めて「世界一凶暴なエクソシスト」と陰口を叩かれていることは知っている。

 鼻で笑ってやった。

 なら、あなたが代わりに戦ってくれるのかと。

 マルティヌスは昔を思い返し、苦笑した。

 そんなことを考えるような年齢になってしまったのか。


 フィリップは建物の入り口に佇み、師の背中を見つめていた。

                                  つづく

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