第20話 「関西国際空港」
関西国際空港。
大阪府
成田国際空港、中部国際空港とともに日本を代表する空の玄関口となるハブ空港として、国際拠点空港の位置づけだ。
T1とT2と呼ばれるターミナルがふたつあり、T2はLCC専用として活用されていた。
年間利用客毎年右肩上がりで、アジアからのインバウンドもあり、まさにハブ空港ならではの混雑ぶりである。
T1は四階建てで、一階は国際線の到着口、二階は国内線の到着出発口、三階は飲食店や土産物店、薬局に化粧品店などもあり、四階が国際線の出発口となっている。
一階の到着口は出迎える人々の喧噪に包まれている。
海外から大物アーティストがこの空港に降り立つときなど、ファンやマスコミがあふれんばかりになる。
出迎えの旗やウエルカムボードを掲げたひとのなかにあって、ひときわ目立つふたりの女性の姿があった。
らんときりである。
まだ冬ではないが、このところ朝晩の冷え込みが厳しい。
らんはディオールのジャケットに白いパンツ、きりはシャネルのパンツスーツという出で立ちである。
ふたりを見ながら感嘆のため息をつく女性や、さりげなくスマホで写メを隠し撮りしている男性もいる。
「いつ来てもさ、やっぱりひとが多いな」
「ええ、まったくですわ。
このなかからお客さまを捜しだすのは、ちと難題ですわねえ」
らんは立てた指で
きりは両脚を広げ、腰に手をやり辺りをうかがう。
「ホノルル発のハワイアン航空でしたわね、きり」
「うん。
到着時間は午後四時だから、定刻通り着いてるようだし。
なんでも外交官扱いらしいから」
ここで気づいた。
「一般到着口で待っててもだめだったよ、らん」
「ああ、そうですわ!
VIP専用の通路にいきませんと」
ふたりはその場を離れた。
ふたりに
愛用のバイクを車庫から出して、庭先でメンテナンスを行っているときであった。
本部から連絡が入ったときに、ガレージにいてもわかるように赤色灯が一階の出窓に取り付けてある。
これは器用な
赤色灯の回転にきりが気づいて、ふたりはすぐに二階の保安官専用室へ入った。
「はぁい、大変お待たせいたしました。
こちら検非違使庁関西南部方面隊でございます」
諸般の事情により、有線回線による本部との受け応えはらんが担っている。
「あらま!
佐々波副長っ。
いかがお過ごしでございましょう。
ええ、いまのところこちらの方面は特に変化はございません。
えっ?
お気遣いありがとうございます、あれ以来荒ぶる神のおいたはございませんわ。
はっ?
新しい指令、でございますのね」
きりは整備用のつなぎ服姿で、らんが握る受話器に耳を近づけた。
「あらあら、海外からお客さまが?
お客さまではなくて、エクソシスト?
ははあっ、あの有名な
らんは机上のパネルを操作し、音声をスピーカーに変えた。
「なんでエクソシストが来るのさ」
きりの声もマイクによって佐々波に聴こえる。
「おっ、その下品な口調はきりか」
「副長、お
「う、うむ。
元気そうだな。
話をもどすが、今回はバチカンからの要請が入った。
どうやら悪魔らしき存在が、わが国に現れたらしい」
「あらま!
悪魔、でございますか」
「へえっ。
だけどさ、この日本は
きりの言葉にらんもうなずく。
「問題はそこだ。
確かに古来よりこの地は多くの神により守られている。
まあ、そのなかで荒ぶる神だけが人々を苦しめてきているのだがな。
ところがだ」
佐々波は続ける。
「八百万の神でさえ見逃している盲点があった」
「盲点?」
ふたりの声がシンクロする。
「そう、盲点だ。
日本国土のなかで一ヵ所だけ、神が存在しない、言いかえれば無法地帯があったのだ」
ふたりの保安官が基地としているこの部屋は、警察や消防の通信指令室を小型化したような作りになっている。
窓はなく正面の壁には大型の液晶ディスプレイが埋め込まれ、その前に設置されたデスク上には有線回線システム、ディスプレイを操作する数々のスイッチ類がメインシステムとしてコントロールパネルが置かれている。
入退出用ドアはふたりの指紋認証によるセキュリティがあり、たとえ家族といえ勝手に出入りできない仕組みになっていた。
ディスプレイが埋め込まれた横には同じくセキュリティがかかったドアがあり、この奥にふたりの武器や装備類が置かれている。
らんはディスプレイに日本地図を呼び出した。
「副長、その無法地帯とはいったいどの辺りでございましょう」
「おまえたちの管轄内だ」
「ええっ!
大阪ってことか」
「検非違使庁で把握できていなかったのは痛恨のミスだがな。
ただくわしい地点は不明だ。
関西の南部というところまでは絞りこめているらしいのだが」
らんは地図の大阪府と和歌山県を拡大する。
佐々波の緊張した声がスピーカーから流れた。
「われわれ検非違使庁は、妖怪や怪異との戦いかたは先人から引き継ぎ、さらには近代科学を駆使し最新武装をして対処してきている。
だが堕天使や魔物どもとの戦いについてはほぼ知識ゼロ、が現状だ」
「そのために、エクソシストがやってくるってことだな副長」
「そうだ、きり。
これを機会にわれわれは戦略戦術をあらたにせねばならん。
だが今回はいきなりの実戦だ。
他の保安官を応援にまわしたいのだが」
「大丈夫でございますわ、副長」
らんはニコヤカな笑みを浮かべた。
「わたくしときりで、充分でございます」
「ああ、任しておいてくれって」
本部で指令を出している佐々波は苦慮していた。
だから逆に心配なんだ、と。
「そ、そうか、もし応援が必要なときにはすぐに連絡をほしい。
それとエクソシストはふたりやってくる。
宿の手配なんだが」
「うちに泊まればいいじゃん。
なあ、らん」
「そうですわ。
ここならお食事やベッドの心配もいりませんし。
あっ、もちろん宿泊費などは結構でございますわよ、副長」
「いや、それはいかんだろう。
おまえたちのご家族に迷惑が」
「大丈夫、大丈夫。
それにうちならそこらのホテルよりセキュリティはバッチリだし。
むしろいろいろと情報交換できて一石二鳥、ってなもんさ」
それでも渋る佐々波を丸め込み、エクソシトふたりの顔写真を含む情報をネット回線で受け取った。
らんは通信を切ると、母屋に繋がる電話の受話器を手にした。
「あっ、お忙しいところ恐縮でございます。
キクさまですか」
キクとは、母屋の一切を取り仕切る住み込みの家政婦だ。
「今晩から海外のお客さまが、おふたりおみえになりますの。
ええ。
お部屋の用意をお願いいたしますわね。
もちろんVIP待遇で、うふふ。
お食事の献立は、キクさまに一任でぇす」
きりはポケットに突っ込んだスマホを取り出した。
「あっ、アニキ。
今いいかな。
うん、そんな子どもじゃないんだから心配するなって。
ああ、それでさ。
実は海外から客人がふたり来ることになって。
おおっ、さすがはアニキ。
よくわかったな。
じゃあ母屋をホテル代わりに使わせてもらうぜ。
サンキュウッ」
こうしてふたりは夕方関西空港へ、きりの運転するファイヤークラッカーレッドのCHEROKEE TRAILHAWKで向かったのであった。
らんはタブレットにエクソシトふたりの写真を転送していた。
プラダのショルダーバッグからそれを取り出し、到着口を北の方向に足早に急ぐふたり。
「じいさんと若い衆だったな」
「ええ。
お写真を拝見いたしますと、とても
わたくしはエクソシトなんておっしゃるから、てっきりいかつい殿方を想像しておりましたのに」
きりは笑った。
「どうやって戦うのか、興味津々だな」
大勢の人ごみの先から、怒声が聴こえてきた。
らんときりは歩きながら顔を見合わせる。
どうやら外人と空港を警備する警察官が、なにごとかもめているようだ。
相手は英語でわめいており、対応している警察官が身振り手振りで説得しようとしている最中であった。
つづく
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