第21話 「合流」

「らん、ちょっとストップ」


 きりはその外人、ふたり連れを視界にとらえた。

 ひとりは小さな老人で、その後ろに立っているのはかなり背の高い東洋人のようだ。


 ふたりは派手なアロハシャツに、黒いサングラス、首からレイを下げていた。

 老人は手にした小汚い杖を振り回さんばかりだ。

 きりは老人の英語をすぐに理解する。


「おうっ、こら、官憲。

 なぜわしらの手荷物をおまえさんに見せねばならん。

 わしらは一等書記官の身分じゃぞ!

 外交特権をしらぬとでも申すのか!」


 らんはきりを振り返ると、ふたり同時に走った。


「あのね、おじいちゃん。

 わたしは警察官として、手荷物を検査する権限があるの」


 警察官は国際空港勤務のため、多少の英語はできる。

 ところが老人はネイティブの発音でしかも早口のため、ほとんど理解できていない。

 後ろに立つ青年は老人が暴れないようにと、必死になだめている。


「こんにちはあ」


 らんは笑顔でそのなかへ入っていった。


「あら、お巡りさま、いかがなさいましたの」


 警察官は興奮した様子でらんときりの姿を目にし、その美貌に驚きながらも説明する。


「いや、この外人ふたりの手荷物からちらっと刃物らしきものが見えたんで、職務質問をしているんですよ」


 きりはすぐに老人と青年に通訳する。

 老人は黒いレンズ越しにきりを見上げ、「おっ、これはこれはうるわしき嬢ちゃんたち。時間があればお茶などいかがかな」と髭に囲われた口元に笑みを浮かべた。

 きりは眉間にしわを寄せ、老人と青年の顔を凝視する。


「らん、このおふたりさんって、あたしらのお客さんじゃないか」


「えっ?

 でも、どう見ても神父さまには見えなくてよ。

 黒い詰襟つめえりの聖職者のお召しではありませんし。

 間違いなくハワイで一山当てた、成金のご老人と秘書のかたでしょう」


 言いながららんはタブレットを操作した。

 警察官はそれを耳にし、居丈高な態度に変わった。


「なんだ、この外人はあんたがたの知り合いか。

 なら一緒に二階の交番へ来てもらおうか。

 まさか、テロ組織とかじゃないだろうな」


 きりはため息を吐いた。

 らんはふたりに顔を向ける。


「おふたりさまは、もしかしてバチカンからおいでになったエクソシストさまでは」


 青年は大きくうなずいた。


「ええ。

 ぼくはフィリップと申します。

 こちらはぼくの師匠であるマルティヌス先生です。

 あなたがたは?」


 答えようとするきりに、警察官は手を挙げて引き離そうとした。

 その手をらんがひねり上げた。


「イテテッ、き、きさまら公務執行妨害で」


 その顔の前に、きりが検非違使庁けびいしちょう保安官の身分証を突きだす。


「あたしらもさ、公務中なわけ。

 あんた、知ってる?

 検非違使庁の地区保安官って」


 警察官の顔色がスッと蒼くなった。


「け、検非違使庁!」


 らんは何事もなかったかのように手を離す。


「元はあなたさまと同じ大阪府警交通機動隊員でしたの。

 現在は出向中ってことでございます」


 警察官はもちろん検非違使庁の存在を知っていた。

 しかも地区保安官なる階級は、警察における警部クラスと同等かそれ以上の地位にある。

 あわてて敬礼する。


「それにさ、あんたが職質かけたこのおふたりさんは、正真正銘の外交官だよ。

 あんた、越権行為で飛ばされるわ、かわいそうに」


 警察官は震えながらアロハシャツの老人をチラ見し、土下座しそうな勢いで腰を九十度に曲げた。


「し、知らなかったとはいえ、た、た、大変失礼いたしました!」


 きりが同時通訳でマルティヌスとフィリップに伝える。


「わかればよい、わかれば。

 わしらも忙しい身じゃでな。

 おまえさんも職務に忠実であっただけじゃで、今回は水に流そうぞ」


 それをらんが半泣きの警察官へ説明した。

 警察官は何度も頭を下げながら、足早に遠ざかっていった。


「ところで、嬢ちゃんがた。

 よくわしらがわかったの。

 もしや案内人かの?

 わしらはKBECちゅう日本の組織のメンバーと合流せねばならんのだが、せっかくだし、その前にどこかでゆっくりとお茶を」


 フィリップは腰を屈め、「先生、このおふたりがKBECの方々ですよ」とささやいた。


「なにっ、このような美しき令嬢が日本のエクソシトってか。

 いやいやまさしく東洋の神秘よのう」


 マルティヌスはふたりを見上げた。


「わたくし、検非違使庁地区保安官の紫樹むらさきらん、と申します。

 どうぞよろしくお願い申し上げます」


「あたしは同じく、紫樹きりだ。

 よろしくな」


 らんは丁寧なクイーンズ・イングリッシュで。

 きりはかなりブロークンな英語で挨拶をする。


「ところで、さきほどお巡さまがお荷物を拝見したいとのことでしたけど」


 らんの問いにマルティヌスはニヤリとした。


「おう、そうであったな」


 横にはかなり大きなトランクケースが、計四つあった。 

 かなり使い込まれた様子で、ひとつのケースの隅から三センチほど鋭い金属が突き出ていた。


「悪魔と一言で申してものう、色々じゃ。

 わしらエクソシトはどんな悪魔とでも対決できるように、常に用意をしておるのじゃ」


 マルティヌスはポンとトランクケースを叩いた。

 ひときわ目をく双子の美女と、おのぼりさんのようなスタイルの老人と青年。

 当然ながら周囲にいるひとたちから好奇の眼差しを浴びる。


 フィリップはなんだか気恥ずかしそうに、サングラスをかけた顔を下に向けたままだ。

 目ざとく気づいたらんは言った。


「長旅でさぞお疲れでございましょう。

 宿を手配いたしておりますので、ご案内いたしますわ」


 フィリップは長めの髪をかきながら頭を下げる。


「ありがとうございます、えーっと」


「らん、そうお呼びくださいな」


「じゃあ、らんさん。

 僕はご覧の通り東洋人、正確には香港人なのですが、僕も先生もこの国は初めて訪れましたので勝手がわからないものですから、ご迷惑をおかけいたしますが、よろしくお願いいたします」


 きりはパンッとフィリップの肩を叩く。


「なんだよ、遠慮するなって。

 それに今回はあたしらも、あんたがたの力を借りなきゃいけないみたいだしさ」


 初対面であるにもかかわらず、きりの態度や物言いはむしろフィリップにとっては嬉しかった。


 幼少のころから祖父に蟷螂拳とうろうけんと神の教えを学んできたフィリップには、気軽に会話のできる友人、ましてや彼女などいなかったのだから。

 

 それでも、これまで進んできた道、これから辿るであろう安易ではない道程に迷いはない。

 神父として、エクソシストとしてフィリップは前を向いて進むことだけを考える。

 だからこそ、きりのざっくばらんな対応は新鮮であった。


 双子の案内にしたがい、エクソシスト師弟は物珍しげにキョロキョロしながら大きなトランクケースを転がしていった。


 きりの運転するCHEROKEE TRAILHAWKは海にかけられた関空大橋を軽快に走っていく。

 後部シートに座るマルティヌスは、相変わらず黒い丸レンズのサングラスで静かな海原を車窓越しに見ていた。

 フィリップはサングラスをはずし、それが地顔なのか笑みを浮かべている。


「これが日出ひいずる国か。

 長生きはするもんじゃのう」


「日本は初めていらっしゃいますのかしら」


 助手席に座るらんはヘッドレスト越しに振り返る。


「うむ、お初じゃ。

 フィリップよ。

 おまえさんが生まれ育った香港もこのような感じかの」


「いえ、同じアジアとはいえ、やはり文化が違いますから。

 でもなんだか懐かしい空気を感じます」


 きりはバックミラーに目をやった。


「まあさ、日本っていっても意外に広いからな。

 ここらはどっちかってえと、田舎だよ」


「そうですわねえ。

 キタやミナミと呼ばれます町は、高層ビルが所狭しと建っておりますのよ」


 らんはクスクスと笑った。


「ところで、らんさん。

 ぼくたちの宿は遠いのでしょうか。

 いえ、雨風がしのげればどこでも構いませんが」


 きりがニヤリとする。


「ああ、ここから近いよ。

 もちろん、雨風はなんとかしのげるさ。

 なあ、らん」


「ええ、お気に召せばよいのですけど」


 車は一般道へ入り、国道二十六号線を横切り北へ向かった。

                                  つづく


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