第16話 「猾辺の過去」
なぜこの場に
それを
「いやあ、それは大変申し訳ありませんでしたなあ、骸野社長。
わたしも政治家の端くれといたしまして、この大阪を日本の中心的存在にすべく奔走しておりましてね」
「いや、まあ、済んだことはいい。
おれはもう一度あんたとビジネスパートナーとして、手を貸してやるのもやぶさかではないと思っているんだ」
骸野は気を取り直し、ソファの上で座りなおす。
「ビジネスパートナー、ですか」
「ああ、そうだ」
ピンク色のレンズの奥で、骸野の目が妖しく光った。
~~♡♡~~
猾辺の父親が現役で国会議員のバッジをつけていて頃。
関西の有名私立大学に籍を置く猾辺はそのかたわら、イベント企画運営の小さな会社を立ち上げ、学生企業家として活動していた。
パーティや音楽ライブ、スキーツアーに海外旅行まで大学生中心に会員を集め、手広くビジネスめいた小遣い稼ぎを行っていた。
商才はあった。
大学を卒業し、ゆくゆくは企業家としてひとり立ちすることを夢見ていたのだ。
だが好事魔多し。
とある興業で筋を通さなかったと因縁をふっかけられたのだ、その地元を仕切る極道に。
表向きは猾辺と同じイベントを主催する事務所だが、裏にまわれば広域指定暴力団の三次団体であった。
いわゆるフロント企業だ。
猾辺の立ち上げた会社はほとんどが同年齢の大学生中心であり、本物のやくざからイチャモンをつけられたと誰もが震えあがった。
猾辺は父親の名を出せば相手もひるむだろうと甘く考えていた。
猾辺の父親はちょうど国政選挙にはいる前段階であり、いらぬ波風を立てられることを極端に恐れていたため、息子が泣きついてきても自分でまいた種は自分で刈れとケンもホロロにつき返してしまったのだ。
途方にくれる猾辺。
その事務所は暴対法もあり、けして暴力で攻めてくることはなかったが、猾辺の仲間へ執拗な嫌がらせをし、イベントの権利および慰謝料と称して一千万円近い金額を請求してきたのだ。
もちろんそんな資金はない。
親にも頼ることは出来ないし、銀行だって担保なしにましてや二十歳そこそこの学生に融資などしてくれない。
途方にくれる猾辺の前に現れたのが、骸野であった。
ピンクスーツのいかれた野郎と思われたが、骸野は手を組めばやくざなど排除してやると豪語する。
背に腹は代えられぬ猾辺はうなずかざるを得なかった。
骸野は暴力団関係者でもアジア系のマフィアでもなかったが、豊富な資金力を持っていた。
フロントの事務所はある日を境に、ピタリと接触を閉ざして猾辺たちの目の前に現れることはなくなった。
胸をなでおろす猾辺。
そこから骸野の誘いが始まる。
思い返せば、すべて骸野が仕掛けていたのかもしれない。
なぜなら、猾辺は後戻りできない闇の裏社会へ言葉巧みにいざなわれていったのだから。
骸野は猾辺をビジネスパートナーとして、それまで考えたこともない仕事を与えてきた。
それは法の目をかいくぐる違法な仕事であった。
売春、違法薬物の仲買と卸し、振りこみ詐欺、さらにはマネーロンダリングとまるで裏社会の教科書のような犯罪の片棒を担がされた。
だが猾辺にとってはこれらの犯罪による稼ぎに背徳心を覚えるどころか、なぜもっと早くにこのビジネスに手をださなかったのかと後悔させるほど旨味のある仕事でもあったのだ。
額に汗して得る何倍、いや何十何百倍ものお金が、楽に手に入るのだから。
それがまた一転する。
組織に警察の手が入ったのだ。
このままでは間違いなく逮捕される。
猾辺は無事選挙の済んだ父親に再び泣きつく。
さすがに今度はまずい、となり、大学を中退させすぐに国外へ猾辺を逃がすことになった。
結局組織の末端だけが逮捕され、首謀者であった骸野はうまく地下へ潜伏したことを後から海外で知る。
父の
忘れ去っていたはずなのに、二週間ほど前、突然骸野から声をかけてきたのであった。
「スキャンダル元国会議員の先生がさ、ほとぼりを冷めたころを狙って今度は大阪府知事の座を狙うだなんて、凄いなあ」
骸野は甲高い声で
猾辺は口元に微笑みを浮かべたまま骸野を見ている。
「あれからさ。
色々あったよ、こちらもな。
猾辺くんが国会議員になって少しはこちらにも気を使ってくれるかな、なんてことは思わなかった。
俺は誰の手も借りるつもりはなかったんでね」
「お仕事は順調そうでなによりです」
猾辺は骸野の背後にのっそりと立つ頓殿を見上げる。
ボディガードをつけるくらい稼いでいると同時に危ない橋をあいかわらず渡っているのだろうと思った。
「ああ、おかげさんでね。
今じゃあウチの会社も、百人近くの社員がいるんだ。
ところがさ、世の中不景気でね。
社員を養う身としては、ここらで新たなビジネスを仕掛けなきゃならんのよなあ」
犯罪抑止のために法がどんどん厳しくなっている。
当たり前ではあるが。
「わかりました。
わたしも骸野社長には恩義を感じています」
「いやいや、ビジネスにさ、浪花節は必要ない。
今度は猾辺くんに県政を担ってもらうんだから」
「まだわたしは知事でもなんでもない、ただの一般市民です」
「いやあ、なるよ、知事に。
『百式党』だっけ。
えらく人気が出てきているそうじゃない。
現知事さんもやっきになってるって噂だし」
骸野は膝に両肘を乗せ、じっと見つめる。
「わたしはカジノを誘致することによって、この大阪を中心に、さらには日本全国へ規模を拡大する構想を描いています。
つまりカジノは経済を完全に復活させる起爆剤であると読んでいます」
「ああ、そうだね。
でもさ、現職の知事もカジノを誘致することに力を注いでいるよ」
「ええ。
カジノが経済へ与える影響は莫大であると思っていますから。
だがこの大阪だけではダメなのです。
現知事はそのあたりの読みが甘いのですよ」
猾辺の脳裏に
カジノは
それを振り払うように猾辺は笑みを浮かべる。
「わたしには勝算があるのです、骸野社長」
ほう、と骸野にピンクのサングラスが光る。
「そうだ。
社長はこれから少し、お時間はおありですかな」
「それは俺をビジネスパートナーとして手を握る、と考えてもいいってことかな」
それには答えず、猾辺は立ち上がった。
「先ほどお話しいたしましたように、わが党の集会がまもなく始まります、この階で。
社長にぜひご参加いただけないかなと」
「集会だろうと宴会だろうと参加しようではないか、猾辺くん。
お互い、ウィンウィンの関係を結ぶことができるならな」
骸野も立ち上がった。
「わが『百式党』では党員のみなさんに、わたしの描くマニフェストは無論のこと、もうひとつ。
志をひとつにするために毎週この五階で集会を開き、党の顧問の貴重な講和を聴き勉強しておるのです」
「顧問?
ふふん、今度は
「まあ、そういうことです。
賛同されるかた、みなさんお若いのですが、これからまだ増えるでしょう。
ここが手狭になったら」
「おれが準備してもいいぜ。
新しい本部をな」
猾辺は応接室のドアを開けた。
「ではこちらへどうぞ」
猾辺の後ろに続く骸野。
そこで気づいた。
「おい、おいっ、頓殿!」
「は、はいぃ」
「おまえもついてこい。
たまには脳を刺激しないと、ゴリラに先を越されるぞ」
「はいぃ」
頓殿は頭を下げた。
~~♡♡~~
骸野は裏社会において数々の修羅場を潜り抜けてきた。
肝は座っていると自負している。
極道やアジアマフィアを相手に、頭脳を駆使して立ち回るすべを知っている。
だが、猾辺に案内された室内に入った途端、大きく後悔する。
今さら猾辺と手を組まなくても、なんとかシノいでいける資金は手元にあるのだから。
黒いカーテンを通るとそこはビルの一室というよりも、例えるなら教会のなかであった。
無神論者の骸野はもちろん教会など顔をだしたことはない。
イメージだ。
打ちぬいたコンクリートの壁。
窓際には遮光カーテンが引かれている。
明かりは電球ではなく、何十本と置かれた燭台の
そこには大勢の人間が立っていた。
五十人は軽く超える。
全員が黒いTシャツを着て正面を向いているのだ。
ざわめきはない。
ただ呼吸音だけが聞こえる。
そして匂いだ。
脳を直接刺激する官能的な香りが充満している。
異様な雰囲気に骸野は飲み込まれた。
引き返すなら今しかない。
耳にアラームが幻聴として鳴り響いている。
だが身体が意に反し、集団のなかへ入っていく。
骸野のサングラスに正面が映る。
そこには
つづく
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