第12話 「ツインズの休日」

 らんときりは久しぶりにオフの日を満喫していた。

 泉佐野いずみさのから、らんの運転するBMWカブリオレに乗り、大阪一の繁華街である梅田へ来ている。


 もちろん保安官の制服ではない。

 らんはアルマーニのジャケットにカジュアルパンツ姿で、きりはグッチのショートパンツスーツである。


 保安官は国家公務員であるため、年収は同世代とそれほど大差ない。

 彼女たちは「紫樹むらさきエンタープライズ」の大株主として配当金を受ける権利を持っている。

 年間の配当金は、公務員の年収のざっと八倍はある。


 湯水のようにお金を使うことはないために、その大半を高見沢たかみさわに託して運用をお願いしている。

 高見沢は資金運用に関してもプロ並みの知識を持ち、着実に彼女たちの資産を増やしていた。


「たまには何も考えずにショッピングするってのも、いいなあ」


「きりったら、あんなにお洋服を買い込んで、いったいいつお召しになるのかしら」


「いいじゃん、いいじゃん。

 女子にとって買い物は最高のストレス発散なんだぜ。

 それに、らんだって、腕時計は何個目なんだ?

 五十個以上持ってるだろ」


「いいえ。

 本日購入いたしましたフランクミュラーで、ジャスト九十個目でございます」


 会話を聞いているだけでめまいに襲われそうになる。

 梅田阪急はんきゅう百貨店では超お得意さまであり、店長自らがふたりをご案内する。

 今日だけでふたりは五百万円近い買い物をしたのだから、当たり前ではあるが。


「お昼はどういたしましょうかしら。

 またリッツカールトンホテルへでも参ります?」


 らんは人ごみを歩きながら問う。

 高級ブランドに身を包み、赤と青に染めたセミロングヘアの美形の双子は当然ひとの目を惹く。

 慣れっこになっているふたりは、たまに向けられる視線に笑顔を返す。

 相手はドギマギした表情でさっと顔をふせてしまう。

 買い物した商品は当然のように自宅へ配送されるから、荷物はない。


「そうだなあ。それよっかさ」


 きりはププッと含み笑いを浮かべた。


~~♡♡~~


「はーい、いらっしゃ」


 紙で作られた帽子をかむったアルバイトの男子はオープンキッチンの釜で煮込む牛肉と玉葱をかきまぜながら、入口の自動ドアをくぐるお客に挨拶をする途中で思考停止した。

 

 カウンターだけの狭い牛丼チェーンのお店だ。

 八割がた座席は埋まり、むさくるしい男のお客たちだけが無言で牛丼や定食をかきこんでいる。


 自動ドアから入ってきたふたりのお客。

 ファッション雑誌のモデルであろうか。

 超絶美形なのだ。

 しかも同じ顔。

 着ている服は間違いなく高級ブランドであろう。


 皿を洗っている中年の社員が、固まっているアルバイトをいぶかしげに見ながら、視線を入口に向けた。

 そして同じく固まる。


「ここがいわゆる牛丼屋さまなのですわね」


「そうさ。

 といっても、あたしも初めて入るんだけどね」


 らんときりは物珍しそうに店内を見回す。

 一心不乱に食事をしているお客たちも顔を上げ、ふたりを見た途端箸が止まった。


「えーっと、きり?

 オーダーはどうすればよろしいのかしら」


 小首をかしげるらん。

 きりは券売機の近くの席で口を開けたままこちらを見ている大学生らしき男子に、いきなり声をかけた。


「ねえ、あんた」


 男子学生はキョロキョロと辺りをうかがい、そっと指先で自身をさす。


「そう、あんたよ。

 ちょっと教えてくんないかな。

 あたしらここで食事ランチするのは初めてでね。

 オーダーはどうすればいいの」


 口は悪いがこんな美人に声をかけられれば、大抵の男は嬉しい。

 サッと素早く席を立ち、ふたりの前に足早に近寄った。


「えっ、えーっと、ここにある券売機でですね、お好みのご飯を選んでください」


 声が裏返ってしまうも、他のお客は誰も笑わない。

 自分でも同じ状態になるであろうことは明白だから。


「ふーん、そっか。

 もちろんカードは使えるよね」


「い、いえいえっ。

 げ、現金のみのはずです」


 額に汗を浮かべながら、キッチンで口を開けたままの店員へ顔を向ける。

 店員は呪縛から解かれたように、何度もうなずいた。


「あら、カードが使えないのですわね。

 仕方ありません」

 

 らんは肩からかけていたエルメスのバッグからプラダの財布を取りだした。

 何気なく開かれた財布のなかをチラ見し、「ゲッ!」と驚愕する男子学生。

 少なくとも百万円を超えるお札がぎっしりと入っていたからだ。


「じゃあ、今日はわたくしがご馳走いたしますわね、きり」


「おっ、気前がいいじゃん、ラッキー」


 らんは指先が切れそうな新札の一万円を取り出した。


「あたしは、この牛丼の並と、そうだな、あと豚汁とサラダがいいや」


「あら、気が合いますこと。

 わたくしも実はそのセットなるものをいただこうかと思いましたのよ」


 ニコリと微笑むらん。

 券売機で食券を買うと、カウンターを見ながらまだ立ったままの男子学生に、きりは問うた。


「で、あとはどうすりゃいいのかな。

 席はリザーブしてないんだけど」


「リ、リザーブってご予約席ってことでしょうか?

 あのう、ここのお店は空いている席に自由に座っていただいて」


「あっ、そう。

 サンキュー。

 おっ、あんたの横、空いてんじゃんねえ」


「ええっ!」


 こんな美女が隣りに座ったら嬉しいけど、多分食事の味はしないだろうと思った。


「さっ、らん、座ろうぜ」


「はーい」


 美人双子は仲良くカウンター席へ腰を降ろした。


~~♡♡~~


「とっても美味しゅうございましたわあ」


「うん、たまにゃあさ、食いにいってみっか。

 今度は行列のできるラーメン屋なんてどう、らん」


「まっ、わたくし一度ワクワクしながら並んでみたいなあ、などと思っておりましたのよ」


 ふたりは牛丼店を出ると、グランフロント大阪方面へ足を向ける。

 ここは大阪市北区にある複合商業施設である。

「うめきた」と呼ばれるエリアに二〇一三年に開業した。

JR大阪駅と阪急梅田駅北側の再開発地区だ。


 大阪駅のある南側から南館のタワーA、北館のタワーBとCで分かれており、ショッピングモールやレストラン、カフェ、オフィス、ホテル、コンベンション・センター、劇場、超高層マンションから構成されている。

 

 休日の混雑は東京ほどではないにしろ、「どこからおいでになったのか」と訊きたくなるくらいにひとであふれかえっていた。

 グランフロント大阪の出入り口も若者を中心に、いかにも旅行客といった異国の団体が大声で話しながら歩いている。


「らん、あれを見なよ」


「ええ、わたくしもなにかなあって思っていましたの」


 ふたりは人ごみのなかで揃いの黒いTシャツを着た集団を目にしていた。

 Tシャツの胸元には金色で縁どられた大きな円に、さらに内側に赤い三つの円が描かれている。


 大部分は二十歳代の若い男女で、腕にかかえたビラを道行く人々に配っていた。 Tシャツの背中には「百式党ひゃくしきとう」と赤い文字がプリントされているのがわかった。


「きりは、ご存じ?

 あの『百式党』って」


 立ち止まったふたりは顔を見合す。


「うん、一応国内外のニュースは職業柄チェックするからな。

 大阪を基盤にした政治政党だ。

 しかも党首は、あのスキャンダル元国会議員の先生だ」


「ええ、猾辺かつべナントカさまでしたわね。

 カジノで日本を救うとかって、キャッチフレーズでしたかしら」


「ああ。

 確かにカジノ法案が通ったからな。

 だけどさ。

 あんなに若い連中に、カジノで遊ぶお金なんてあるのかな」


「わたくしたちだって、若いわよ、きり」


 らんはクスクス笑う。

 きりは気になった。

 揃いのTシャツを着用し、懸命にビラを配る連中の目つきが、なぜだか皆同じに見えるのだ。

 思想を共通とするからなのか。

 いや、ちょっと違うのじゃないかと、目を細める。


 男女の若者はまるで憑りつかれたようにビラを半ば強引に、通行人へ押し付け渡している。

 そこには意思が感じ取れないのだ。

 政党を支持する熱い想いでボランティア活動をしているのではない。

 あれでは操り人形だ。


「なんだか、少し変な雰囲気じゃないこと?」


 らんも気づいていたようだ。きりは背筋に冷たい汗を感じるのであった。

                                  つづく

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