第11話 「逢魔が時を楽しむ」

「だ、大丈夫ですからご安心ください。

 現在施工しておりますこの住宅地の建物は、すべて耐震設計で」


 営業マンは引きつった笑みを浮かべながら、顧客ふたりに両手を広げたとき。


 ドンドンドンッ!


 四方の壁が太鼓のバチで叩かれたような激しい音がリビングに響いた。


「な、なんだ!

 地震じゃないのか!」


 ご主人は奥方を抱え込んで床にしゃがむ。

 音はさらに続き、合わせるように床が揺れる。

 地震ではないのは明らかだ。

 奥方の視線が窓ガラスに向けられた。


「ヒッ」


「どうした!」


「あ、あなたっ、あれ!」


 奥方が指さすガラスに目を向けた。


「なんだっ、あれはっ」


 営業マンも耳を押さえながらふり仰いだ。

 夕陽の赤い光が差し込む窓ガラスに、いくつもの不気味な影が映り、踊っているのだ。


 三人は悲鳴を上げ、一目散に玄関から外へ転がり出た。

 夕陽に照らされる二階建ての家。

 その周囲を煙で作った人型が壁を揺らし、叩き、踊り周っていたのであった。


 何百年、いや千年以上にわたり土と雨と太陽の恵みにより育まれてきた大自然も、ヒトなる知的生命体が大地を征服することにより姿を消していく。

 樹木は切り倒され、土はえぐられ、コンクリートによって固められる大地。


〜〜♡♡〜〜


 らんは三輪のトライクをニュートラルでエンジンを回したまま、ゴーグル越しにその新興住宅地を眺めていた。

 横にはきりが同じようにオフロードタイプのトレーサーにまたがったまま、手庇てびさしをかざしている。


 かろうじてまだ西の空に太陽の姿はあるが、東側の空は濃紺におおわれ、小さな星がまたたき始めていた。

 二台のバイクはすでに赤色灯もサイレンも止めている。


「ははーんっ、人っ子ひとりいない住宅地って、なんだかワクワクするねえ」


 きりはゴーグル下の口元をニヤリとさせる。

 綺麗に区画され、すでに出来上がった住宅や建造途中の家が三十軒ほどある。

 ところどころに外灯が立ち、おぼろな灯火がおびえるように点いていた。

 もちろん建物にはどこにも光は灯ってはいない。


「あらあら、きりったら。

 ふつう、女の子でしたら少しは怖がったほうがよくってよ」


「どうしてさ。

 こんな逢魔が時なんて、サイコーに楽しいじゃん」


「わたくし、コワい」


「ププッ。

 似合わない似合わないって、らん。

 そのゴーグルの下で目が爛々と輝いてるってことはお見通しだぜ」


「えーっ。

 さすがは双子ですわねえ。

 バレておりましたか」


 らんは顔をきりに向け、小首をかしげた。

 

 ふたりの元へ出動要請が入ったのは、ちょうど一時間前だ。

 一週間ほど前に、突然怪異現象が発生したとのことであった。

 当初は所轄の警察署に話が持ち込まれ、警官が捜査にきた。

 太陽が照らす時間帯には何事も起らなかった。


 ところが昨日、夕暮れを迎えるころ、あちらこちらの家が地震でもないのに揺れ出したのだ。

 しかも正体不明の何十という不気味な影が現れて家を取り囲み、叩いたり押したりしているのを警官たちは腰を抜かして目の当たりにしてしまったのだ。


 報告を受けた和歌山県警本部から東京にある検非違使庁けびいしちょうへ調査依頼が来たのである。


 本部から指令を受けたらんときりは緊急走行で現着した。

 副長である佐々波さざなみからは、くれぐれも派手にやってくれるなと念を押されたのはいつものことである。


「うん?」


 きりはゴーグルのレンズを切り替えた。

 彼女たちのかむるヘルメットに装着されたゴーグルには、さまざまなギミックがある。


 暗視装置は無論のこと、通常ヒトの目にははっきりと映らない怪異や物の怪もののけを物体として具象化できるのもそのひとつだ。


 煙が漂い始めたのである。

 ただの煙ではない。

 意思を持っているかのように動いている。

 その煙が区画された道路のアスファルトの隙間から次々と現れた。

 

 らんもすでにレンズを切り替えている。

 ふたりはバイクのエンジンは切らずに降りた。

 らんは背中の鞘から「影斬かげぎり」を、きりは腰のベルトから「火焔鞭かえんむち」をそれぞれ手にした。


 煙は小学生くらいの人型に変化し、何十もの影となっていく。

 ふたりのゴーグルにはしっかりとその姿が認識される。


「あれは、『家鳴りいえなり』じゃねえか、らん」


「ええ、そのようですわね」


 いびつに曲がった角を生やした頭部。

 一本であったり二本のものもいる。

 眼球が飛び出しそうなほど見開かれたふたつの目。

 耳まで裂けた口からのぞく黄色い牙。

 薄汚れた赤や青、黒に緑の着物から棍棒のような二本の両腕。

 端をからげた着物のすそからは毛だらけの、がに股の素足が見える。

 俗にいう小鬼であった。

 

 小鬼たちは口々に意味不明な言葉を発しながら散らばり、無人の家を取り囲んでいった。

 一匹の大柄な小鬼が「ヒヒーッ」と叫んだ。

 何十もの小鬼たちも呼応するように甲高い声を上げる。

 一斉に家を揺らし始めた。

 この現象を西洋では、ポルターガイストと呼ぶ。


「せっかくの新築が、これじゃああっという間に廃屋だぜ」


 きりが走り出し、らんも続いた。


「おいっ、おまえら!

 あたしたちは検非違使庁地区保安官だっ。

 おとなしく大地へもどるなら見逃してやるぜ」


 きりは腰に手を当て、大声で叫んだ。

 一瞬「家鳴り」たちの動きが止まった。

 大柄な小鬼があざ笑うかのように「ヒッヒッヒーッ」と喉を鳴らす。

 他の小鬼も同調した。


「警告はしたからなっ。

 あと十秒だけ待ってやるぞ!

 十、九、八」


 きりが高く上げたグローブの指を折り始める。

 妖怪たちはヒトの言葉の意味を理解する。

 これは千年もの時を経て検非違使庁では掌握している。

 だからまず警告をする。

 それで大地へもどっていけばよし。

 それでも無視して攻撃してきた場合、保安官たちには成敗できる権限が与えられていた。


「三っ、にーいっ」


 きりが指を折った。

 直後、数匹の小鬼が跳び上がり、鋭い指の爪を光らせながら襲いかかってきた。


「警告無視!

 ただいまより駆逐する!」


 きりは身構えると手にした「火焔鞭」を大きくしならせる。

 なめした細い革を編んだ鞭は空気を裂いて宙を走り、まず一匹目の小鬼の短い胴にあたる。

 その瞬間に鞭の先端が灼熱の焔を上げ、小鬼を真っ二つに斬り裂いた。

 小鬼は悲鳴を上げるまもなくふたつの燃えさかる塊となって大地へ落ちる。

 真っ黒になった塊は塵となり舞い上がった。


「おかわいそうですけど、失礼あそばせぇ」


 らんは「影斬」を構える。

 腰を落として右手を後方に振り、勢いをつけて放った。


 シュルシュルッ!


 高速で回転するブーメランは続けざまに小鬼たちの首、胴、手足を切断していく。

 斬られた箇所から黒いガスが音を立てて噴出し、これも同様に塵と化していった。

 だが小鬼たちの勢いは止まらない。

 仲間が消滅されることを気にもせず、むしろ奇声を上げて襲ってくる。


「けっ、たかが下級妖怪の分際であたしらに勝てると思うなよ」


 きりは「火焔鞭」を縦横無尽に走らせ、嬉々として向かい討つ。

「影斬」が手元にもどったらんは、それを背中の鞘に納めて腰から銀色の筒をつかんだ。

 シュッとふる。

 筒の先から九尾狐きゅうびのきつねの尾が伸びた。


「わたくしはこう見えましても、警察の剣道大会では常に上位入賞者、でございまーす」


 歌うような口調で「九尾剣きゅうびけん」を手に走り出す。

 その姿は戦国時代に敵陣へ切り込んでいく武者であった。

「九尾剣」は単なる剣ではない。

 さまざまな角度に曲り、時には回転し、小鬼たちを斬り刻んでいく。

 

 太陽がすでに西の空に完全に姿を隠した。

 住人のいない住宅街は外灯だけが舞台を照らし浮かびあがらせている。

 双子の保安官によって駆逐されていく小鬼「家鳴り」たち。

 そして、最後に大柄の一匹が残った。

 小鬼たちを扇動していたラスボスとでも言うべきか。

 憎悪に双眸そうぼうが燃えている。


 この山が造成される前には、危害のないどこにでもいる山神であったのだろう。

 だがヒトにより山が崩され、その怒りが積もり妖怪へと変化していった。


 らんときりは検非違使庁へ出向した際に、この日本における八百万やおよろずの神について、怪異、妖怪についてレクチャーを受けており、充分に理解はしている。

 

 ヒトの欲望により被害を受けるヒト以外の存在。

 それを憐れむことは必要か否か。

 簡単な問いではない。

 だがヒトが生きていくうえで障壁になるのであれば、誰かがそれを除けなければならないのも事実だ。

 保安官はただ妖怪や怪異を駆逐するだけではない。

 できれば互いに共存できる道へ進みたいと願う。


 だから必ず警告するのだ。

 無視するのであれば成敗する。

 それが検非違使庁保安官の職務である。

 相当な葛藤を強いられる。

 メンタルの強さが求められるのは、他の保安公務員の比ではない。

 

 ただ、らんときりのように、この職務を天職と思って遂行している保安官は少数であろう。

 怪異妖怪の類を討伐することに喜びを感ずる、特殊な感情の持ち主たちなのだから。


「いよいよ御大将だけですわね」


「らん、ここはあたしに任せな」


「えーっ。

 だって、先だってもきりにお譲りしたのよ。

 今回はわたくしが成敗を」


「ちっ、仕方ねえな」


 きりは「火焔鞭」をたぐり寄せた。

 らんは「九尾剣」を正眼に構える。


「大丈夫ですよぅ。

 わたくしの剣さばきなら、あっという間に昇天、でございます」

 

 小鬼は震えていた。

 まさかここでヒトに成敗されるとは考えもしなかった。

 目の前に迫る妖しい剣先。

 それがスゥッと弧を描き、天を指した。

                                  つづく


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