第40話 兄貴と彼女がやってきた
その日の夕方6時に俺は仕事を終えた。
俺は事務所から兄貴に電話をかけた。だが、まだバスの中なのかなのか電源が切られていた。
さくらちゃんの仕事の方は若いからだろう、覚えが早い。
1度言ったことを何度も言われることなく1回で覚え、仕事をしていた。
さすがは俺の女の娘は出来が違うな。
ちなみに明日も10時から15時までバイトが入っている。帰って来る前に確認したらそういうシフトだ。
今日は品出しの仕事をしてもらった。「先入れ先出し」という日付の新しい商品を後ろに置いて、それ以前の日付の商品を前に置くという仕事。
アルバイトは初めてのようだから、1から教え込む。
パートのおばちゃん連中にも評判がいいようだ。
麻沙美の介護の仕事は上手くいっているのかな、今度訊いてみよう。
まあ、忙しいとは言っていたな、麻沙美は。
自宅に着いたのはスーパーで買い物をしてきたから19時近かった。
一応、さくらちゃんの仕事がどうだったか麻沙美に伝えよう。なのでLINEを送ることにした。
[麻沙美、久しぶりだな。今日、さくらちゃんが予定通りバイトしたけど若いからか覚えが早い。また明日よろしくな、と店でも言ったけど伝えておいてもらえるか。それと、今夜は東京から兄貴が彼女を連れて俺の家に来るんだ。麻沙美の顔を兄貴は見たいと言っていたけど来るか?]
30分くらい経過してから返事がきた。
[今日遅番で今、かえって来たよ]
[お疲れー]
[お疲れ様。あたしは今度でいいよ。仕事で疲れてるし]
俺は少し残念だった。まあ、でも無理に来させるわけにいかない。
立て続けに兄貴からもLINEが来た。
[今、バスターミナルに着いたぞ。悪いけど迎えに来てくれないか]
すぐに返信した。
[今、行くわ]
俺は連絡が来ると思っていたので自宅で待機していた。なので、黒いジャンパーを着て下はブルージーンズをはいて外に出た。空を見ると月が輝いている。明日は天気が良いかもしれない。星も見えるし。Wの星のカシオペア座に、四角い星が四隅のあって中央付近に3つ並んでいるオリオン座。神秘的だなと思った。こういうのを麻沙美と見たい。きっと喜ぶだろうな。
そういうことを思いながら車に乗った。
兄貴とは今年の正月以来に会う。その時は彼女はいたのだろうか。何も言っていなかった。確かお盆に電話で話した時も彼女のことは言っていなかった。いったいいつから。
俺は約10分走って駅に着いた。この小さな町は駅も小さく駐車場も小さい。駅の入り口が見えるところに駐車した。周りに止まっている車は10台くらいしかない。さすが過疎地。集落とまでは小さくないけれど人口は3万人くらいいる。
高速バスは次の町へと向かった。バスが通り過ぎて数名のお客の姿が見えた。その中に兄貴とその横に女性がいた。兄貴は正月に会った時より少しふっくらとしていた。背はそれほど高くなく中肉中背。確か俺の2つ上の43歳のはず。オールバックの黒髪で黒いダウンジャケットを着ている。下はジーンズだ。彼女と思われる女性は茶色いニットワンピースに黒いロングコートを着ている。なかなかかわいい。各々でバッグを1つずつ持っている。
兄貴が、
「よう! 元気か? お前病気になったんだって?」
と、言ながら笑っている。
彼女は驚いたように兄貴と俺の顔を交互に見ている。
「まあ、今は元気だよ。彼女がいる前でそんな話するなよ」
「え? 晃さん病気なの?」
と彼女は兄に訊いている。
「まあ、大丈夫だろ。それより自己紹介しないと」
「そうね。晃さん、初めまして。私、大山たえみといいます。よろしくお願いします」
引き続き今度は俺の番だ。緊張してきた。
「俺は伊勢川晃といいます。兄貴から聞いてるかもしれないけれど41歳独身です。よろしくお願いします」
兄貴はギャハハと言いながら笑っている。何がおかしいんだ、と思っていると、
「41歳独身はいらねーだろ」
「いいじゃねえか、別に言ったって」
「あ、私は39です」
「たえみも言わなくていいんだって」
「いいじゃない、言ったって。減るものじゃないし」
「まあ、いいけどよ」
俺は話しを遮るように、
「まあ、立ち話もなんだから車の乗ろう」
俺は2人を促した。
助手席には兄貴が座り、後部座席にはたえみさんが座った。
地元のバスターミナルまで来てくれたから楽だ。新千歳空港まで行かずに済んだから。俺の町から新千歳空港までは車で約2時間くらいはかかる。それに比べて地元のバスターミナルは車で約5分で行ける。
「何も買ってないからスーパー寄るわ」
と、俺が言うと兄貴は、
「おれも、着いたら買おうと思ってたんだ。かさばるからな。それと母さんに連絡しないとな」
と言うので、
「もう電話するのか」
俺はそう言った。すると、
「遅いより早い方がいいだろ」
兄貴は言った。
「まあ、俺はどっちでもいいけどさ」
「お母さんと会うんでしょ? 緊張するー」
とたえみさんは言う。
「とりあえず荷物を置きに晃の家に行こう」
ああ、と俺は返事をした。
「亮と晃さんは兄弟だからやっぱ似てるね」
とたえみさんは言った。
「似たくなかったけどな」
と、兄貴。
「俺だって似たくなかったよ」
と俺。
たえみさんは俺と兄貴のやり取りを聞いて笑っている。
「2人ともイケメンじゃん!」
「おれはな」
「いや、俺がだよ」
半分漫才をしている気分だ。久しぶりに兄貴と会ったから俺は嬉しい。きっと兄貴も同じ気持ちだろう。言いはしないが。
まずは買い物をしに最寄りのスーパーマーケットに寄った。
「おれ、母さんに電話するわ。適当にかごに入れておいてくれ」
「うん、わかった」
たえみさんが返事をした。
兄貴が電話をかけ始めた。
「もしもし、母さん。久しぶり。——ああ、元気だよ。後から食材買って行くから調理してくれないか? ――ああ、一緒だよ。——それは行ったら説明するから待っててくれ、じゃあ、後で」
「北海道と言えばジンギスカンだよな!」
兄貴は張り切っている様子。
「ジンギスカン? 何の肉?」
東京で生活しいているからかたえみさんはジンギスカンを知らないようだ。
「羊の肉だ」
そう兄貴は説明した。すると、
「へー。羊の肉食べれるんだー」
と、言った。食べれるかどうか知らないとは驚きだ。
「スーパーにも売ってるだろ。東京で」
「私、肉と言えば豚、牛、鶏しか知らない」
兄貴は苦笑いを浮かべている。俺はそれを聞いて更に驚いた。
「マジか。羊の肉って東京じゃ認知されてないのか?」
俺は不思議になり訊いた。
「そんなことはないけどな。ただ、こいつが知らないだけだと思う」
「あっ! 亮。また私のこと馬鹿にしてる」
「そんなことはないけど、羊の肉が食べれるかどうかを知らないのは初耳だ」
買い物かごを俺と兄貴で1つずつ持ってジンギスカンとカルビ、焼き鳥を2パックずつかごに入れ、母は刺身が好きだから刺身の盛り合わせを1パック入れた。それから飲み物はお茶、リンゴジュースをそれぞれ2ℓを1本ずつ、ビールを350mlを1パックかごに入れた。
会計を済ませた後、買った物を俺と兄貴で分けて運んだ。結構重いからたえみさんに持たせるわけにいかない。
車のトランクを開け、買い物袋を2つ置いた。
「肉だよ、肉! 旨いぞー!」
兄貴は食べる気満々だ。
それから俺の住むアパートに向かった。俺は運転しながら言った。
「古いアパートだが気にしないでくれ。それと、俺、パソコンで作業してるからその資料を置きっぱなしだけどそれも片付けるから気にしないで欲しい」
「お前がだらしないのは今始まったわけじゃないだろ」
「そうだけど、病気になって更に掃除が苦手になってさ」
「まあ、それは仕方ないな」
病気は親でもなかなか理解してもらえないのに、ましてや病名も言っていないのに兄貴は受け入れてくれた。さすが。
早速、荷物を2人分俺のアパートに置き、必要なスマホと財布を持って再び家を出て実家に向かった。
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