第39話 母の作ったハンバーグと兄の帰省

 俺は母の作った煮込みハンバーグを完食した。


気を失っている間、皿の上に置きっぱなしになっていたから冷めてはいたけれどコクがあって旨かった。


母が台所から話しかけてきた。


「今夜泊っていったら? こんな時間だし」


「いや、帰る。明日も仕事だから寝ないと。それに、寝る前の薬も持って来てないし」


母は何も言わず黙っている。


俺は居間の壁に掛かっている時計を見た。


「11時か」


「わたし、もう寝るよ。玄関の鍵かるから早くしてね」


俺は頷きながら、


「わかった」


と、返事をした。立ち上がって、


「ハンバーグ旨かったよ。じゃあ、帰るわ」


「うん。また、おいで」


俺は、外に出て空を見上げた。


「雪だ」


チラチラと真っ白な雪が降っていた。積もってはいないから今降り始めたのかもしれない。


積もるようならタイヤ交換しないと。それか、明後日休みだから積もっていなくても交換するかのどちらかだ。


俺の車は軽自動車だから楽だ。ただ、車屋でやってもらうとポイントつくからそこは迷いどころだ。溜まったら値引きになるし。


結構細かい俺だけど、意外と大切だと思っている。塵も積もればなんとやらで。


自宅に着いたのは11時15分ころだ。少しだけ執筆しよう。


そう思い、ノートパソコンの前に座った。


一昨日は書いたが、昨日は書いてない。調子が優れないかったから。


今は第1に仕事、第2に小説を書くというスタイルだから仕事以外のことはあまり無理しないようにしている。それが無難だろう。


深夜0時くらいまで約45分間書いた。


3月31日が締め切りだから、あと約3ヶ月ある。


パソコンではWordを使っている。


最低でもWordで67ページは書かないといけない。


さて、寝ようと思い立ち上がろうとしたらスマホが鳴った。


LINEだ。


相手は兄の伊勢川亮からだ。


こんな時間にどうしたんだろうと思い開いて見てみた。


[起きてるか? 遅くに悪いな。明後日、彼女の大山たえみと一緒に行くから母さんに言っといてくれ]


母さんに言っといてくれ? もしかして……。


[兄貴、もしかして結婚するのか?]


返事はすぐに来た。


[婚約したんだ。でも、そのことはおれの口から言うから言わないでくれ]


[OK]


そう送ってLINEのやり取りは終わった。


兄貴、婚約したのか。いつの間に。


兄弟揃って遅い婚姻か、と母には耳にタコができるくらい言われたっけ。


そんなこと言われてもこればっかりは縁だし、と言ったのを思い出した。


俺もいずれは、と思っているが一人の生活も捨てがたい。


そんなことは麻沙美にはいえないが。


日付をまたいだので、既に今日だ。今日、仕事から帰って来たら母に電話をしよう。


母はどんなリアクションをとるだろう。俺からフィアンセを連れて来るらしいとは言わないけれど兄貴から聞いたときのそれは。


俺ですら兄貴に彼女がいたのは知らないから、母は知る由もない。


 


 LINEをやり取りしていて終わった頃には12時30分頃だった。


今から寝る前の薬を飲む。


内容は、睡眠導入剤が1錠と安定剤が2錠の合わせて3錠飲んでいる。


疲れのせいもあるのか最近では深夜11時にはまぶたが徐々に重くなってくる。


その頃、寝る前の薬を飲むからそれから20分くらいで寝付く。


 翌朝。


母から連絡があった。


体調は大丈夫か、という内容。


『大丈夫だよ。心配かけて悪かったね』


「いや、いいけどさ。あんまり心配かけるんじゃないよ。親はいつまでも元気じゃないからね」


『そんな寂しいこと言うなよ』


「まあ、まだ先の話だけどね」


母は笑っていた。


『俺だって父さんが亡くなって肉親は母さんしかいないんだから長生きしてくれよ』


「わたしはただでは死なないよ」


『恐ろしいこと言うよな、母さんは』


母はケラケラ笑っている。俺は兄に言われたことを思い出した。今、言おう。


『母さん。明後日、兄貴が帰って来るってさ』


「えっ! そうなの。正月休みもまだだっていうのにどうしたんだろ」


俺はフィアンセのことは一切言わないと心に決めている。


『俺は兄貴がこっちに来るっていうことだけ伝えてくれって言われただけだからどうして来るかは分からない』


「そうなの。来るのはいいけど、何しにくるんだろ」


『それは兄貴に訊いてくれ』


「わかったよ。またね」


母は一方的に電話を切った。母はいつもそうだ。電話をくれるけれど切るのも向こうから。話したいことがあっても切られてしまう時があるのでこちらからかけるという始末。


東京に住んでる兄貴の亮はどんな女性が彼女なのだろう。気になる。彼女の写真を俺だけにでも送ってくれないかな。母には見せないという約束で。


そう思い兄貴にLINEを送った。


返事はすぐにきた。


[彼女の写真を何に使うんだ?]


[どんな人か見たいだけ。悪用はしないよ]


数分後、女性の写真が載ったLINEが送られてきた。30代後半くらいだろうか、兄貴は確か43のはずだから少し年の差はあるようだ。茶髪に笑顔でピースをしている。華奢な体形だ。なかなかかわいいじゃないか。春頃撮ったのか、白地に花柄のワンピースを着ている。兄貴もなかなかやるな。


[かわいい彼女じゃないか。隅に置けないな、兄貴も]


と打ち込み送った。兄からきたLINEは、


[そっちに行っても彼女にやましい気持ちは持つなよ(笑)]


と、来た。そんな気持ちはないと返信した。


2人して来るのが楽しみだ。母はどんな顔をするだろう。それも楽しみ。


俺も、兄貴に負けずに公開した。


[兄貴、俺も彼女できたんだ]


しばらくして返信があった。


[行った時お前の彼女も呼べよ]


[俺のはいいよ。婚約すらしてないし]


また、しばらく返信がなかった。時刻は深夜0時を過ぎた。そろそろ

寝ないと。


もう1通LINEが来ていたけど、見ずに寝た。


明日にでも見ようと思いながら。




 翌日の朝。


俺は昨夜のLINEを未読の分を読んだ。内容は、


[何も連れてこいよ。いいじゃねえか]


兄からで、麻沙美を連れて来いというものだった。その気はないけれど。


さくらちゃんだっているのに。


兄貴の彼女に子どもはいないのだろうか。


いてもおかしくはないだろう。年齢的に。


もし、彼女が30代だとしたら子どもは小学生ぐらいだろうな。多分。


 




 そして、2日後の兄貴達が来る日。何時頃着くのだろう。もし、新千歳空港に早い時間に着くのであれば向かいにいかないと。


兄貴にそのことでLINEを送った。


[何時頃、北海道につくんだ? 早い時間なら迎えに行くよ]


今は朝7時30分頃。起きているだろうか。都会の人間は朝は遅いと聞くが。


約30分後。


[今から出るよ。迎えはありがたいが、仕事だろ、お前]


俺は出勤の支度をしていてLINEに気付くのが遅れた。出勤時間になっていた。でも何とか時間を見付けて返信した。


[夕方なら行けるぞ]


次に兄貴からのLINEに気付いたのは店に着いてからだった。


[いや、そんなに焦って事故でも起こしたら大変だ。バスで行くよ。あるだろ? 高速バス]


高速バスはあるっちゃある。ただ、夕方に乗るならもしかしたらかなり混む最終のバスかもしれない。それを伝えた。すると、


[それは仕方ないよ]


と兄貴からの返事。


まあ、それで良いならいいか、と思い仕事に取りかかった。


今日辺りから高校生の冬休み。


麻沙美の娘・さくらちゃんがバイトに来る予定だ。午前10時から午後3時まで。


この話はオーナーから高校生の知り合いいないか? と言われ、います、と即答した。その子にアルバイトしないか、と声を掛けてくれないかと言われ今に至る。


ちょうど、さくらちゃんも冬休みの間、暇だからバイトを探していたそうだ。




 そして9時45分頃。正面玄関からさくらちゃんが入ってくるのが発注している売り場にいた俺の目に留まった。


「おはよう!」


と、俺は笑顔で声を掛けた。


「おはようございます!」


彼女も元気にあいさつしてくれた。


俺は一旦発注するのをやめて、さくらちゃんをバックヤードに連れて行った。


「このエプロンをしてくれ。会社の制服だ」


「うん」


と、返事をしオレンジ色のエプロンを身にまとった。


「なかなか似合うじゃないか」


「そう? ありがとうございます」


「そんなにかしこまらなくてもいいからな。いつも通りでいいぞ」


「うん」


「ただ、一つ気を付けて欲しいのは晃さんではなく、店長と呼んでくれ。一応、建前ってものがあるから」


「わかった」


さくらちゃんは緊張しているのか表情に笑みがない。まあ、慣れてきたら笑顔も出るようになるだろう。俺はさくらちゃんの仕事っぷりに期待している。




































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