第38話 亡き父

 俺は家を後にしてからコンビニに寄った。店内は空いていた。一応、母の分の500ml紙パックのコーヒー牛乳と俺のブラックの缶コーヒー1本をガラス戸を開けて取った。それからレジに向かった。


 レジで父が好きだった煙草を1つ、俺の分のも1つ店員に伝えて会計を済ませて店を出た。


 俺は禁煙していたがやめた。ストレスが溜まる一方だから。それでなくても仕事でストレスが溜まるというのに。主に客のクレーム等で。 




 夕陽がオレンジ色で綺麗だ。それを見やりながら車を走らせた。


 約10分後、実家に着いた。街中は夕方だから車や通行人で混雑していた。それでも渋滞する程ではなく、車の流れは割とスムーズだった。


 実家は一軒家で父が20代の頃建てたらしい。なので、かなり古い家だ。冬は隙間風が入ってきて寒いし。リフォームを考えたらしいがその頃に父が他界してしまいその話は白紙になった。


 車から降りて鍵もかけずに実家の玄関に立ち、チャイムを鳴らしてからドアを開けた。

「来たぞー!」

 と、大きな声で言った。すると、中から母が出てきた。

「晃。久しぶりだね」

 俺は黒いスニーカーを脱ぎ家の中に入った。玄関は少し砂が散乱していた。母はそれほど綺麗好きというわけではないが、1日2時間、公衆トイレの清掃をする仕事を週に5日している。シルバー人材センターから仕事をもらっているようだ。


 居間に行くとかけられたままの洗濯物やあちこちから送られてきた郵便物が散乱していた。

「何だ、母さん。ずいぶん散らかしてるじゃないか」

「仕事もあるし、年のせいか何か疲れちゃってね」

「仕事は何時からだよ」

「朝8時からだよ。10時まで」

「疲れ溜まってるんじゃないのか?」

「そうだね、年も年だし」

「そうやって、年のせいばかりにするなよ」

「だって事実じゃない」

 

 俺はソファの上に置いてある書類を端に寄せ、座った。あまりの散らかりようにイライラしてきた。だから、

「手伝ってやるから片付けるぞ」

「いいよ、面倒だから」

「これじゃあ、心も塞ぐよ」

「それは大丈夫! たくさん寝てるから。昼寝もしてるし。ほぼ毎日1時間くらい」

 俺はそれを聞いて鼻で笑った。

「いいよなぁ。俺なんか闘病しながら仕事してるよ」

 母は笑顔になり、

「頑張ってるじゃない」

「当たり前だ。頑張らないと生活できないからな」

 母は、感心している様子だ。

「それより今日の夕食はなんだ?」

「何だと思う?」

 面倒くさいなぁ、と思った。

「何だよ、言ってくれよ」

 母は得意気な顔つきで、

「今夜は煮込みハンバーグよ! あんた好きでしょ」

 よく覚えてるな、と思った。

「ああ。好きだよ」

 母は満面の笑みだ。かなり嬉しそう。そんなに息子が来たら嬉しいものかな。その辺の親心がイマイチよくわからない。

「もう少しで煮えるから。もうちょっと待っててね」

 ああ、と返事はしたが何だか具合いが悪くなってきた。何でだ。俺はソファに横になった。そこに母がやってきて、

「あら、横になってどうしたの。調子悪いの?」

「ちょっとな。気分が悪くなっただけだ。大したことない」

「病院行かなくて大丈夫?」

 心配し過ぎだと思って少しイラッとした。

「大丈夫だ!」

 かなり強い口調で言った。

「……そう」

 母は意気消沈してしまった。表情もつまらなそうだ。強く言い過ぎたか。

「大丈夫だからそんなに心配しなくていいよ」

「そうかもしれないけど、親ってそういうものよ。そこはわかってね」

 俺は黙った。心配するのが親なら俺は今までどれだけ心配させてきたかわからない。そう思うと悪い気がしてきた。

「わかったよ」

 と、素直に答えた。

「珍しく素直じゃない」

 俺は少し照れた。

「まあ、そういう時もあるさ」

 母は笑顔のままだ。


 そして、台所に母は向かい火の加減を見ている。

「よし、そろそろ煮えたかな」

 鍋から2個、ハンバーグを大皿にとりポテトサラダも載せた。トレーの上においてライスをご飯茶碗に盛った。母は壁に掛かっている時計を見て、6時半か、と呟いた。 

「もう少しハンバーグに汁を染み込ませるから7時になったら食べようか」

「わかった」


 母は居間に行きテレビをつけた。全国のニュースと天気予報を観ている。


 俺は換気扇の下に行き、タバコに火を付けた。

「あんた、タバコ吸うようになったの」

「ああ、禁煙やめた。ストレス溜まるから、我慢してると」

「どれくらいやめてたの?」

 俺は首を傾げた。

「うーん……。どれくらいだろう」

 母はじっと俺の目を見つめている。俺は視線に気付き、

「あんまり見るなよ、覚えてないわ。あっ! 親父の仏壇に上げようとしてたタバコがあるんだった。まつってくる。それと、母さんにこれ、やるよ」

「おっ! ありがとね。コーヒー牛乳」


 俺は仏間に行き、周りを見渡した。天井近くに遺影が祖父母と父の3枚が飾ってある。仏壇の横に押し入れがあって部屋の中が寒いので中に入ってる電気ストーブを出した。そして、輪ゴムで巻き付けられているコードをほどいて、コードをコンセントにさした。ダイヤルを400Wに合わせた。約1年ぶりにつけたから少し異臭がしたけどすぐに消えた。


 温かい、と思いながら手をかざした。それから立ち上がり、ポケットに入れてあるタバコを仏壇の真ん中に置いた。他には3枚入りのせんべいと、5個入りのまんじゅうがまつってあった。俺は仏壇の台の左右に載っているローソクのそばにあったライターで火を点けた。線香に火を点けて線香立てにさした。煙の少ない線香なのか、以前使っていたものと違う。りん棒でりんを2回鳴らし手を合わせて拝んだ。久しぶりだ。


 何だか父が降りてきている感覚に陥った。ふわりと煙のように何かがまとわりついている気がした。その時だーーーー


あきら


げんきか


という幻聴が聞こえてきた。だが、今回ばかりは本当に幻聴か疑った。もしかして、親父か? 


なあ、おやじ


もし、おやじだったら返事してくれ






 気がついた時は仏間で毛布をかぶされて気を失っていたようだ。一体、どういうことだ。

「晃、気がついた?」 

「あ、ああ……。俺、どうしちまったんだ?」

「仏間からあまりにも戻って来ないから見に行ったの。そしたら、あんたが倒れてて……。救急車を呼ぶか迷ったのよ。でも、世間体もあるしもう少し様子をみてからにしたの。気分はどう?」

 俺は少し混乱していた。おやじと話したのは覚えてるそれ以降は……。厳密に言うと会話をした、というよりおやじの話してる声が聞こえただけだ。そのことを母に言うと、

「お父さん、あんたのこと心配して来てくれたのよ」

「じゃあ、兄貴のところにも行ったかな」

「亮のところにも行ったかもね。わたしのところには来ないけど」

 母は苦笑いを浮かべていた。

「でも、どうして気絶したんだろ」

 んー、と母は唸っている。

「悪い夢を見せないように?」

 俺は母の言葉に疑問を抱いた。悪い夢? そのまま伝えると、わたしもよくわからないけどさ、と言っていた。確かに分からないだろう。


 まさか俺に何か憑りついている? そんな馬鹿な! でも、精神病にかかっているからそういった類のものも無きにしもあらずだ。


「心配したんだからね」


 死んでるんじゃないかと思って。


「そんな訳ないだろ。さっきまでピンピンしてたんだから」


「それはそうだけど……。でも、どうしても心配になっちゃう」


 俺は心の中で笑みを浮かべていた。


 もちろん、馬鹿にしてる訳ではない。


 ただ、優しい親だなぁと思って。


「さ、煮込みハンバーグ食べちゃって。片付かないから」


「今、何時?」


 俺が訊くと母は、


「夜10時過ぎたよ」


「マジか! それは悪かった!」


「まあ、いいけどね。どのみち自然と朝6時頃には目覚めるから」


 母は海のように心が広いな、と思った。


 さすが、年食ってるだけのことはあるなぁ。感心するわ。俺なら怒ってるな。短気だから。


 とりあえず母のお手製の煮込みハンバーグを食べるか。


 






 

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