第21話 彼の不調
3年前に夫と死別したあたしは、今は伊勢川晃と付き合っている。彼は高校時代からの旧友。この年になって男女の関係になるとは思わなかった。付き合って約1ヶ月。娘のさくらは高校1年生。難しい年ごろのはずなのにそれほど親を困らせてはいないように感じる。むしろ、晃に懐く理由がわからない。彼が書いた小説を読みたいというのは分からなくはない。ジャンルは違うけれどあたしも読書をするから。
さくらは現在、退院してはいるけれどまだ学校に登校はしていない。医者が言うには、痛みが無くなったら学校に行って良いとのこと。
娘と一緒にいる時間が長いけれど、さくらは苦痛な様子ではなさそう。むしろ、あたしの方が若干、苦痛。まるで、さくらの方が大人のように感じる。今夜もさくらは晃の家に行きたがっている。お目当ては、彼の書いている小説を読むこと。晃もさくらには甘いから、尚更懐くのだろう。まるで、娘に甘い父親のようだ。
今の季節は冬になろうとしている。外は大分、気温が低い。さくらは既に学校へ元気に登校している。若くて心身共に元気なお陰か、生き生きして見える。正直羨ましい。あたしもあんな時期があった。でも、今ではすっかりおばさん。そんなあたしと交際してくれている伊勢川晃。有難い。いつからか、女としての自信を喪失しかかってくれているところに晃の告白があった。なんていうタイミング。正直、凄く嬉しかった。
晃には病気がある。統合失調症という心の病。でも、頑張ってコンビニの店長を続けている。正直、偉いと思う。よくやっているとも思う。まるで仕事の鬼のよう。病気が悪化しなければ良いけれどと、常々心配している。もちろん、あたしも晃のことは好き。だから、余計心配な気持ちが湧いてくる。
何度も彼に無理しないでね、と言っても、
「やらなければならないんだ、店長という責任もあるし」
確かにそうなのだけれど、体を壊しては身も蓋もない。それでなくても、持病があるというのに。
今夜は晃が家にやって来る。嬉しい! さくらも喜ぶと思う。
それにしても、さくらは好きな男子はいないのかな。今夜、晃が来たら訊いてみよう。前に彼氏の話もあったけれど、どうなったのだろう。今は18時過ぎ。彼の仕事は18時まで。19時頃に来ると電話で言っていた。
突然の電話。相手は晃から。どうしたのだろう。すぐに出た。
「もしもし、麻沙美!」
切迫したような声。何かあったのか。
『どうしたの?』
「ごめん、今日行けそうにもない……。具合い悪くて少し早めに上がってきたんだ……」
彼の声は、本当に具合い悪そう。
『そうなんだ。あたしもさくらも楽しみにしていたけど、調子悪いなら仕方ないね』
あたしは心底残念な思いだった。
「また今度……行くから。悪い……」
『おかずはあるの?』
「……いや、買って来てないし作ってもいない……。どうしよう……」
仕方ないなぁと思いながら、
『おかず作りに行くよ』
と、言った。
「えっ! いいのか? 悪いだろ」
『何、遠慮してんのよ。こういう時は力になりたいの』
「サンキュー。おかず代は来たら払うから。宜しく頼む……」
『りょーかい。代金はいらないからね』
あたしは思った。普段からの無理がたたったんだと。でも、せっかく頑張っている彼の行動を阻止するわけにはいかないし。さくらに経緯を話すと、
「私も行く。晃さんのこと心配だし」
「あんまり、小説、小説って言うんじゃないよ。晃も忙しいんだからね」
さくらは何も言わない。あたしの話を聞いているのか。
「さあ、行くよ」
「うん」
あたし達はスーパーに寄った後、晃の家に向かうことにした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます