第57話 休戦交渉【前編】

2023年(令和5年)10月2日午前10時【東京都千代田区永田町 首相官邸 】


 日本国政府の特別許可を得て、羽田国際・宇宙空港から都心上空を遊覧飛行してきたマルス・アカデミーのアダムスキー型連絡艇は首相官邸上空に到着すると、待機していた報道陣のフラッシュを浴びながらふわりと着陸した。


 暫くしてアダムスキー型連絡艇のハッチが開くとマルス人イワフネに続いて、濃緑色をベースにした軍服胸元に大量の勲章を留めたアレクセイエフがゆっくりとタラップを降りると、待ち構えていた報道陣のフラッシュが光の嵐となって二人へ浴びせられた。


『地球からの通信が途絶えて2年。WWⅢ(第三次世界大戦)に伴って発生した大変動で荒廃した地球から、新興宇宙国家「アース・ガルディア」侵攻軍司令官が休戦交渉の責任者として、仲介者であるマルス・アカデミーの典型的UFO(のりもの)で火星日本に到着しました。

 地球人の火星訪問は、日本列島の火星転移後初めてとなります』


『……78年前のWWⅡ(第二次世界大戦)と違い、火星で生き延び続ける日本政府は強力です。しかし、地球衛星軌道を掌握しているとされるアース・ガルディアは地球上に残る米露軍の残存施設を所有しており、彼らに呼応して日本政府と敵対した極東米軍、極東ロシア軍はかねてから核兵器の保有が囁かれており侮れません。

 休戦交渉の行方は予断を許さない状況と言えるでしょう……』


 首相官邸と着陸したアダムスキー型連絡艇を背景に、極東BBC放送や極東CNNの記者がイワフネとアレクセイエフにテレビカメラを向け、センセーショナルな解説と共に生中継を行っていた。


 首相官邸玄関口では、軍人であるアレクセイ司令官に配慮したのか、桑田防衛大臣が出迎え役として自衛隊統合幕僚会議の幹部らと共に待機している。


「アレクセイエフ司令官からすれば、敗残の将がさらし者にされる感覚でしょうね……」


 首相官邸の2階から加熱したマスコミの報道を眺めて同情の呟きを漏らす後白河外務大臣。


 休戦交渉会場として準備された首相官邸2階の会議室前には、澁澤政権の閣僚のほか、英国連邦極東、ユーロピア共和国、台湾自治区の外交官や駐在武官も当事者として日本国政府と共に交渉に参加すべく集結していた。

 

 ちなみに、極東アメリカ合衆国と極東ロシア連邦は「交渉はアース・ガルディアに一任している」として誰も首相官邸に派遣していない。その事を岩崎官房長官から聞いた澁澤は「今更我々に合わせる顔がないのだろう」と苦笑している。


「後白河君。交渉前に相手へ同情かね?感心しないな。

 宇宙空間の戦闘は此方が先勝したが、相手は極東米露も含め我が国領土内に核を持っているのだ。私達はこれから難しい交渉に臨む。くれぐれも油断しないように」


 後白河の隣に居た澁澤総理大臣が注意する。


「総理。間も無く出迎えの桑田防衛大臣と共に、アレクセイエフ司令官、仲介者のイワフネさんが此方へ到着します」


 澁澤の背後に控えて居た岩崎官房長官が澁澤と後白河に声を掛ける。


「……わかった。では、行こうか諸君」


 外務大臣、官房長官、英国連邦極東、ユーロピア共和国、台湾自治区の武官や外交官と共に会議室へ向かう澁澤総理大臣だった。


          ♰          ♰          ♰


「我々日本国政府及び英国連邦極東、ユーロピア共和国、台湾自治区は、アース・ガルディアが派遣した艦隊の火星衛星軌道と、日本列島からの退去を求める!」


 交渉当事者お互いの紹介が済み、全員が着席したと同時に澁澤首相が開口一番、アレクセイエフ司令官に要求する。


「退去がなされない場合、我々は地球衛星軌道にある月を地球圏から離脱させる用意がある」


 畳み掛ける様に切り札を提示して迫る澁澤に、顔を強張らせるアレクセイエフ司令官。

 

「そのような事が出来るものか!

 月は確かに火星人の置き土産らしいが、損傷して機能停止していると極東米露の同胞達から報告を受けている!」


 突拍子もない切り札をブラフと感じ、アレクセイエフ司令官が舐められてたまるかとばかりに顔を紅潮させて反論する。

 仲介者であるマルス・アカデミーのイワフネは無表情で縦長の瞳孔を細め、交渉参加者を眺めている。


「アレクセイエフ司令官殿。貴殿は我々の技術力を勘違いしておられるようだ。

 我が国は火星の先住人類であるマルス・アカデミーから段階的技術承継を受けており、火星から月への到達手段を確立したのです。施設の補修要員も既に派遣済です。

 何なら月の裏側からカムチャッカ半島かイエローストーン辺りへ、水でも入れたカプセルを電磁カタパルトを使って落としてみせましょうか?火山沈静化に効果があるかも知れませんよ」


 素敵な笑顔で語りかける澁澤に顔を引き攣らせていくアレクセイ司令官。


「それでも、かつてあなた方が我が国に150基のICBM(核ミサイル)を撃ち込んだ時よりは穏当だと思いますが?」


 日本列島を抹殺すべく中露が放った核攻撃を引き合いに、皮肉気に指摘する澁澤。


 ぐうの音もでないアレクセイエフは歯噛みする事さえ出来なかった。


 一方で澁澤は別の提案も行った。


「現在我々は、荒廃した地球に取り残された我が国及び欧州友好諸国の生存者を救出して月面へ一時収容した後、火星日本列島へ帰還させる準備を進めています。

 これは、貴国が我が国へ敵対する姿勢の有無に関わらず進行させて頂きます。

 我々が救出した生存者に貴国国民が居れば、そちらのコア・サテライトへ送り届けましょう。

 貴国が手一杯ならば、我が国としては、火星人類都市ボレアリフ郊外に仮設避難所を設けて受け入れる事も可能です」


「本人が拒否しない限り、如何なる政治信念が有ろうとも我が国は救出させていただきます。貴国はどのような対応を取るか、後ほど連絡を頂きたい」


 澁澤の提案について、アレクセイエフ自身は特に反対するつもりは無かった。

 地球衛星軌道上のコロニー定員は既に過密状態であり、この点がアース・ガルディア側の負担無く解決出来れば火星に敵対姿勢で臨むことは無い。

 イゴール総代表の判断事項になるとアレクセイエフは思った。


「その提案は少なくとも私には魅力的に映る。ただ、イゴール総代表の判断事項になるので少し時間を頂きたい。

 我々とて、これ以上人類を減らす必要は無いと思っているのだ」


 澁澤の提案に応えるアレクセイエフ司令官だった。


「分かりました。回答まで2日待ちしましょう。それでよろしいでしょうか?」

「問題無い」


「では、貴国の賢明な判断に期待しましょう。

 貴国が我々の要求を受け入れて頂けるならば、自衛隊ダイモス基地に於いて宇宙艦隊の修理と補給を許可する用意があります」

「貴国の要求は漏らさずイゴール総代表に伝えると約束する」


 こうして休戦交渉の一日目は終了した。


 初日の交渉を終えたアレクセイエフ司令官は、首相官邸玄関口で待ち構えていた報道陣の質問に答える事無く、無言でイワフネが操縦するアダムスキー型連絡艇に乗り込むと、衛星ダイモスの自衛隊宇宙基地へ直行して宇宙戦艦『ムルマンスク』艦内の自室でイゴール総代表に交渉の報告を行うのだった。


          ♰          ♰          ♰


――――――同日夜【地球衛星軌道上 アース・ガルディア『コア・サテライト』】


「そうか……火星の日本政府は手強いか」


 イゴール総代表がアレクセイエフの苦境を察して労った。


『日本人の宇宙兵器は、我々の技術レベルを遥かに超えていました。

 日本国政府の交渉姿勢も、火星の過酷な環境で強く鍛えられている印象を受けました。彼らの態度はかつてクリル諸島(北方領土)帰属問題交渉時に比べると、雲泥の差です』


 しみじみと感想を述べるアレクセイエフ。


『総代表。アンゴルモア艦隊が敗北した以上、交渉で我々は多くを望めない立場です。ここは火星人類都市を我が国民の収容先として確保し、将来に向けて力を蓄える事が出来ればと愚考します』

アレクセイエフが具申した。


「……むう。火星まで遠征した割りには合わんのではないか?」


 不満げなイゴール総代表。


『短期的にはそうかもしれません。ですが、火星の極東ロシアと極東アメリカは日本人よりも早いスピードで火星人の文明技術を承継しつつあると聞いております。

 我々が火星人の技術を取得して対抗出来た時に、あらためて日本国に挑むべきではないかと』


「……火星人の技術か」


 しばしの間、黙考するイゴール総代表。


「……よろしい。同志アレクセイエフ。その方向で交渉を纏めてくれ。出来れば火星人技術の一部でも持ち帰ってくれれば有り難い」


 イゴール総代表はアレクセイエフの提案を承認するのだった。



――――――

ここまで読んで頂き、ありがとうございましたm(__)m


【このお話の主な登場人物】

・澁澤 太郎=日本国総理大臣。

・岩崎 正宗=日本国内閣官房長官。

・後白河 政則=日本国外務大臣。

・アレクセイエフ=宇宙国家アース・ガルディア、ロシア語圏代議員。火星派遣艦隊司令。

・イゴール・アッシュベルン=宇宙国家アース・ガルディア 総代表。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る