第56話 プレアデスからの船
アンゴルモア艦隊が日本国政府の停戦勧告を受け入れた頃、プレアデス星団からイワフネ達を救助する為に巨大な宇宙船が火星に接近していた。
――――――火星近傍の宇宙空間【マルス・アカデミー オウムアムル型光速救難艦『プレアデス』】
「火星衛星軌道まで200000リー」
オペレーターが艦長に報告する。
「予定通り衛星軌道に乗ります。光速から通常宇宙速度へ減速」
救難艦艦長のリアが指示した。
宇宙空間を光の矢のように航行していた船体が減速し、黒々とした姿を通常空間に現した。
「惑星マルスのアマトハ所長から通信です」
「モニターに出してください」
『遠路ありがとう。良く来てくれた』
アマトハがリア艦長に感謝する。
「任務ですからお気になさらずに。あなたが感謝するなんて珍しいわね。どうせゼイエスがまた何かやらかしたのかしら?」
「……それはそのとおりではあるのだけど。
実はちょっと『現地人』がね」
アマトハはリア艦長に、地球人類の事情を説明するのだった。。
♰ ♰ ♰
2023年(令和5年)10月1日午前8時【東京都三鷹市 国立天文台三鷹キャンパス】
「空良さん!マルスアカデミーの船をキャッチしました!」
研究員が声を上げる。
「どの辺りまで来ている?」
空良が訊く。
「火星衛星軌道まで500Km、減速中です」
「近いな。市ヶ谷と永田町へ連絡だ!」
「急に現れたのか!?接近している所を全く観測出来なかったぞ?」
どの様な原理で人知れず火星まで辿り着いたのかわからない空良は、しきりに首を傾げるのだった。
♰ ♰ ♰
――――――同時刻【神奈川県横浜市神奈川区 NEW イワフネハウス】
「やはり君は残るのか?」
アマトハが確認する。
「ええ。地球人類が今度こそ困難を乗り越えて進歩する世界を私は見たいのだ」
イワフネがアマトハとゼイエスを見つめて言った。
「……そうか。だが、こんな状況下で母星に帰るのも……アレだな?」
アマトハはニヤリと悪戯っぽく笑うと、肩を竦めるゼイエスをよそに、オウムアムル型救難艦のリア艦長へ連絡を入れるのだった。
♰ ♰ ♰
――――――同日午前8時30分【火星衛星軌道上 航空・宇宙自衛隊 強襲揚陸護衛艦『ホワイトピース』】
自力航行不能となったアース・ガルディア アンゴルモア艦隊戦艦を牽引するホワイトピースは、火星第2衛星『ダイモス』に在る航空・宇宙自衛隊宇宙基地へ向かっており、戦艦の周囲を赤いパワードスーツが監視するかのように随伴していた。
「前方5Kmに衛星ダイモスです」
航宙オペレーターがアレクセイエフに告げた。
「あれが日本宇宙軍の基地なのか……」
青い火星の光に照らされて浮かび上がる衛星ダイモスを見たアレクセイエフが唖然とする。
火星第2衛星『ダイモス』には、宇宙ステーションを兼ねたマルスアカデミー研究室が設置されていた。
アンゴルモア艦隊の来襲を察知していた美衣子が閉鎖されていたラボを再稼働させ、JAXAの天草、琴乃羽の個人的趣味と思われる監修により宇宙戦艦建造ドックとメンテナンススペース、宇宙港が建設され、レーダー施設や全火星観測システム、地球観測用望遠鏡、対宙空ミサイル、近接防御バルカン砲がダイモスの至る所に備え付けられ、宇宙要塞(美衣子はルナ〇ーだと言い張っていた)と言ってもおかしくない様相へと様変わりしていた。
また、火星第1衛星『フォボス』も、英国連邦極東・ユーロピア共和国の宇宙科学者と軍事顧問団がJAXA支援のもと、独自の防衛施設を建設していた。おそらく、地球から運んでくる原子力潜水艦を宇宙戦艦に改造して配備するものと思われた。
アンゴルモア艦隊の戦艦3隻は、エアロック用も含めた3枚の分厚い防御扉を通過してメンテナンススペースに入港した。
入港と同時に防御扉が閉まってメンテナンススペースに殺菌用の紫外線ライトが照射され、空気が満たされた。
メンテナンススペースの端から透明なチューブ型タラップがアンゴルモア艦隊旗艦『ムルマンスク』乗降口に接続され、アレクセイエフ司令官と乗組員はタラップを降りて紫外線殺菌ライトを浴びながらセンサーで健康診断を受けると、待機していた宇宙自衛官が基地内へ案内した。
ダイモス宇宙基地の通路は幅3m程であり、アース・ガルディア首都であるコア・サテライト=旧ISS(国際宇宙ステーション)よりも遥かに広かった。
通路の壁は合金製で光沢があり、うっすらと光っているので通路に填め込まれた電灯と併せればかなり明るい。
更に通路は自動歩行式でヒトの歩く速度で左右別々に稼働しており、無重力空間で足を落ち着けて移動する有用な手段となっていた。
基地内の食堂に着くと、交渉にあたるアレクセイエフ司令官と副官の二人以外はその場で休憩と食事が提供され、アレクセイエフと副官は更に奥深くへと向かった。
やがて基地司令官室に到着すると、宇宙基地司令官の名取大佐とJAXA理事長の天草が待っていた。
天草はアレクセイエフと副官に、自らが日本政府全権大使である事を伝え、休戦交渉を要求した。
天草の要求を聞いたアレクセイエフは頷くと少しだけ頭を下げた。
「私はアース・ガルディア宇宙艦隊司令官のアレクセイエフだ。まず最初に、我々を丁重に迎えて頂き感謝する」
「その上で、私は敢えて言わなければならない。宇宙国家アース・ガルディアは火星に奪われた日本を解放する使命を持って火星に来た。
日本国政府が我々の主張に同意する事を希望し、火星上の同志政府からの要求を受け入れて頂きたい」
毅然とした態度でアレクセイエフが言う。
「我が国が予期せぬ事態によって火星へ転移した事を理解して頂きたい。
我が国は『誰にも』奪われておりません。過酷な環境の下、1億2000万を超える国民が日々懸命に、有意義に過ごしておりますのでご心配なく」
シビリアンコントロール(文民統制)が有効に機能している事を相手に示すために文官である天草が堂々と答える。
「あなた方は不当にも異星文明の干渉を受け、火星上で多くの犠牲者が出ていると聞いておりますぞ!」
天草の主張にアレクセイエフが異議を唱える。
「干渉による多くの犠牲者?状況把握において認識の齟齬がそちらにあるのでは?日本政府は火星原住民組織の『マルス・アカデミー』と友好関係を結んでおります。
火星上の犠牲者とおっしゃいましたが、我が国の転移直後に国際線旅客機で宇宙放射線被曝患者が発生しましたが、マルス・アカデミーからの医療技術提供により快方へ向かっております。
また、火星大地に進出した際、火星『野生生物』から襲撃されましたが、こちらも対抗手段を確立し、現在は問題ありません。
不当な干渉はむしろ、我が国にあなた方ロシアと中国が行った核攻撃であり、その影響で我々が転移したのです。
この事についてアース・ガルディア政府はどの様な釈明をなさるのですか?」
天草が論破し反論した。
「……宇宙国家アース・ガルディアは地球上のあらゆる国家とは一切の関係を持っておりません。我々は宇宙からの脅威に対して地球を守る為の国家です……」
少しだけバツが悪そうな顔を一瞬だけ見せたものの、すぐにポーカーフェイスに戻ったアレクセイエフが責任を否定する。
「我が国はかつて、地球上の一国家でした。
今は火星の一国家として異星文明であるマルスアカデミーと友好的な日々を過ごしており、脅威等一切ありません。
貴国の主張こそ余計なお節介と言うものです。むしろ、貴国が唆した火星上の同調者が我が国の脅威です」
天草が極東米露を扇動したアース・ガルディアを非難する。
「ふむ……これ以上は不毛な議論になりそうだ。この内容は本国の総代表に報告しよう。それと報告にあたり、実際に日本列島がどの様な現状か、異星文明とどの様な友好関係を築いているのかこの目で見てみたいのだが?」
不利を悟ったアレクセイエフが唐突な話題転換を図る。
「貴国艦隊と地上の同調者がこれ以上の敵対行動を止め、火星上の同志を撤退させるならば考えましょう」
天草が条件を出す。
「貴国の要求は理解した。いったん本国に報告し、イゴール総代表の指示を仰ぎたいので少し時間を頂きたい」
「わかりました。では3時間後にまた此処でお会いしましょう。
それまでは食堂で休まれるもよし、船に戻るもよしとしますが、くれぐれも我が基地内での不穏な行動は控えて頂きたい」
天草は司令官室の外で警備していた宇宙自衛官に、アレクセイエフ達を食堂に案内させるように命じた。
アレクセイエフ達が司令官室を出ていくと、天草は司令官室のモニターに振り返って報告する。
「交渉の第一段階が終了しました」
モニターがチカッと光ると、
『音声のみだが全て聴かせてもらったよ。天草理事長、名取大佐、ご苦労さまでした』
モニターに映る澁澤首相が二人を労った。
「やはり、美衣子さんが言った通りの連中ですね。地球の指導者気取りには呆れました」
天草が言った。
「司令官の火星視察はどうされますか?」
名取大佐が澁澤に判断を求めた。
「それについてはこちらも考えがあります。
間もなく火星衛星軌道上にマルスアカデミーからイワフネさん達を迎える為の宇宙船が到着します。
彼らを便乗させて火星に降りてもらいましょう」
岩崎官房長官がニヤリと笑いながら言った。
ダイモス基地の食堂では、火星日本で放送中のテレビ番組が衛星放送で自由に視れたので、アース・ガルディアの軍人達は色々なチャンネルを次々と試していた。
アース・ガルディア軍人達に衝撃的だったのは、マルス人が出演する番組でトカゲ姉妹の毒舌トークや、トカゲが一人で電車旅をする番組だった。
トカゲ姉妹が屈託なくゲストの日本人をいじり倒す毒舌番組は、ブラックユーモア好きのロシア人には受けたようだった。
♰ ♰ ♰
【火星アルテミュア大陸東海岸 『人類都市ボレアリフ』 極東ロシア連邦軍基地司令部】
「何故です!?我々は圧倒的な勝利をこの都市でおさめましたぞ!」
陸軍司令官がアレクセイエフ艦隊司令に反駁する。
『同志陸軍司令官殿。我が艦隊は宇宙空間で日本自衛隊の圧倒的戦力に負けたのだ。
彼らは我々より遥かに強力だ。こちらは修理や補給をするのにも事欠いている実情なのだ。
一時的で構わないから、ボレアリフから撤退してもらえぬだろうか?』
アレクセイエフが苦心して説得していた。
「それならばこの都市を人質にすれば良いではありませんか 」
如何にも旧ソ連軍時代らしい主張をする陸軍司令官にアレクセイエフは、
「日本国政府はそちらにほとんど自国民を置いていないはずだ。
彼らは躊躇せずに衛星軌道上からボレアリフを攻撃するでしょう」
アレクセイエフの指摘に陸軍司令官は押し黙った。
1時間後、人類都市ボレアリフから米露部隊は駐留基地に帰還した。
3時間後、アレクセイエフは日本国政府の主張を受け入れ、極東米露と共に敵対行動を停止した。
地上降下部隊は派遣していたシャトルが全機ホワイトピースに撃墜されていたため、火星に留め置かれる事となった。
更に1時間後、全長2Km、幅500mもの巨大なマルスアカデミー救難艦がダイモス基地に寄港し、驚いているアレクセイエフ司令官を乗せて火星シドニア地区に降下した。
降下中の艦内でアレクセイエフは初めてマルス人のリア艦長と面会し、またしても驚愕したが、根性を振り絞って礼儀正しく挨拶するのだった。
この段階でアレクセイエフはほとんど毒気を抜かれていた。
火星シドニア地区の旧マルス・アカデミー本部でアマトハは、リア艦長や救難艦クルーと面会し、集まっていたイワフネや尖山基地のモーゼやユダ達マルス人は、母星からの同類訪問に歓喜した。
アレクセイエフは、同行した名取大佐と共にイワフネが操縦するアダムスキー型シャトル(アレクセイエフから見ると空飛ぶ円盤そのものだが)で東京の首相官邸へ向かい、澁澤首相との会談に臨むのだった。
――――――
ここまで読んで頂き、ありがとうございましたm(__)m
【このお話の主な登場人物】
・名取=航空・宇宙自衛隊強襲護衛艦『ホワイトピース』艦長。大佐。
・天草 士郎=JAXA理事長。
・空良 透=国立天文台所長。
・澁澤 太郎=日本国内閣総理大臣。
・岩崎 正宗=日本国内閣官房長官。
・アレクセイエフ=宇宙国家アース・ガルディア、ロシア語圏代議員。防衛軍司令兼火星派遣艦隊司令。
・イワフネ=マルス人。マルス・アカデミー第三惑星調査隊隊長。総合商社角紅に体験入社中。
・アマトハ=マルス人。マルス・アカデミー特殊宇宙生物理学研究所 所長。
・リア=マルス・アカデミー 救難艦艦長。
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