第55話 火星動乱
2023年10月1日午前1時30分【アルテミュア大陸 『人類都市ボレアリフ 』列島各国連合任務部隊 ボレアリフ守備隊司令室】
完全武装の極東米露軍兵士と、漆黒の特殊スーツに身を包んだアース・ガルディア軍兵士に銃を向けられたボレアリフ守備隊司令の鷹匠准将は、指揮下にある全兵士に向け、抵抗せず速やかに日本列島北陸小松基地まで撤退するよう指示を出していた。
アース・ガルディア『アンゴルモア艦隊』の衛星軌道到着と同時にアルテミュア大陸全域が強力な電波妨害を受け、日本列島との通信が不可能となった直後、ボレアリフ郊外に在る国際宇宙空港へ見慣れない軍用シャトルと、極東アメリカ合衆国C5Aスーパーギャラクシー輸送機の編隊が深夜の空港に強行着陸を敢行、輸送機を降りた空挺部隊が瞬く間に空港施設や都心部行政庁舎、守備隊基地内の指揮通信センターを次々と占拠していった。
各施設を警備していた兵士達のうち、極東米露軍兵士が真っ先に侵攻してきた部隊と呼応して武装解除に応じたため、交戦までには至らなかった。
「これで良いか?」
ぶっきらぼうに鷹匠准将が銃を突き付けている極東アメリカ軍兵士に訊く。
「……ご協力感謝します。物資もそのままでお願いします」
ややバツが悪そうに、東京都横田基地から飛来していた極東アメリカ陸軍兵士が答える。
「そんなセコい真似などせんよ。達者でな……」
鷹匠は憮然とした表情で司令部に居た各国将兵と共に、ボレアリフ国際宇宙空港まで護送されるのだった。
陸上自衛隊ボレアリフPKF派遣部隊と、英国連邦極東軍、ユーロピア共和国軍、台湾自治区警察予備隊は整然と隊列を組んで航空自衛隊のC2大型輸送機に乗り込むと小松基地へ撤退した。
† † †
――――――『人類都市ボレアリフ』急襲の1時間前【神奈川県横須賀市 極東米海軍横須賀基地内 司令部”コマンド・ケイプ”】
「何だ!このクレイジーな命令は!」
怒りを露わにしたジョーンズ海兵隊少将が、極東アメリカ合衆国CIA長官のマッカーサー三世が映るモニターに詰め寄った。
『間もなく同胞の宇宙艦隊が衛星軌道に到着してボレアリフと沖縄に降下します。
少将は直ちに隷下の部隊を率いて自衛隊横須賀基地を占領してもらいたい』
マッカーサー三世が無表情に告げる。
「我々は転移直後の共同調査や対馬事変、アルテミュア大陸上陸作戦で同盟国である日本国と共に戦ったのだぞ!今更隣人の基地へ攻め込む事など狂喜の沙汰ではないか!」
「あなたは軍人としての責務を放棄するおつもりですか?」
「この指令は、私が宣誓した国家への利益になるとは到底思えない……少なくとも火星に住む人類にとって悪い影響をもたらすものだ……私は従えない」
「私はミッチェル大統領から軍の任命権を委譲されているのですが?」
「勝手にしたまえ。コマンド・ケイプは封鎖し、兵員と艦船は那覇へ帰還させる。それで問題ないはずだ。
いずれ、日本自衛隊が封鎖に来るだろう。お互いの行動などまる分かりなのだ。お隣の基地に攻撃を仕掛ける準備など今更出来ぬよ」
そう言うとジョーンズは通信を一方的に切った。
「本州の全在日米軍基地にメッセージを送るんだ!
横須賀基地は独自判断で日本国政府とは対立せず、中立の立場を取る。同調する兵士・部隊は横須賀基地で受け入れる!」
沖縄那覇と本州各地に駐留する米国人の日本への見方は全く異なっている事に、那覇DCの極東アメリカ合衆国政府首脳部は気付けなかった。
火星転移前から、永年の日本駐留における地元住民との交流や、自治体との友好的な関係を結んでいる状況下でこの関係を突然破棄する事は尋常ではない、と多くの兵士や軍属、その家族達が思った。
ジョーンズ少将による独自行動宣言は多くの在日極東米軍兵士の共感を呼び、三沢、座間、厚木、佐世保等主要基地が横須賀基地に倣って独自行動を宣言、駐留戦闘機や武器弾薬の多くを那覇へ送り出した後、自ら基地を封鎖するのだった。
♰ ♰ ♰
2023年10月1日午前3時30分【東京都横田市 極東米空軍横田基地】
深夜、静まり返った住宅地に隣接した基地の周辺は、秘かに展開した陸上自衛隊特殊作戦群の機動戦闘車両と特殊作戦用にローター部分を静穏仕様に改装したAH64Dアパッチ対戦車ヘリコプターによって封鎖されていた。
基地司令のマードック大佐は、沖縄ペンタゴン(国防総省)から嘉手納基地への撤退命令を受けると、封鎖中の自衛隊指揮官に面会を申し入れ、対応を協議した。
自衛隊指揮官は基地要員の沖縄撤退を認めると同時に、嘉手納から撤退する日本国航空自衛隊や自主的に避難する民間人の安全保証を要求した。
現場指揮官同士の協議により、撤退する在日極東米軍から離脱した者は、中立を表明した他の在日極東米軍基地へ移動する事が認められたのだった。
♰ ♰ ♰
――――――同日午前6時 【神奈川県横浜市 NEWイワフネハウス大月家リビング】
結が地球へ出発し、美衣子も宇宙へ出撃したために、久し振りに二人きりの夜を堪能して朝を迎えた大月とひかりだったが、早朝に澁澤総理大臣と岩崎官房長官がお忍びで訪問した為に、ピンクでムフフな昨晩の余韻がさっぱりと吹き飛んでしまっていた。
澁澤達が帰った後、もう一度ムフフ時間へ戻る気にもならず、二人はそのまま朝食を食べ始めていたのだが、壁かけテレビが突然自動的に起動すると、チャイム音と共にNHKが臨時放送を流し始めた。
『こちらは政府広報です。
本日未明、極東アメリカ合衆国、極東ロシア連邦、宇宙国家アース・ガルディアの3カ国が日本国政府に対し、北海道と沖縄の領土割譲を要求してきました。
政府は直ちにこの要求を拒絶するとともに、極東米露政府と締結していた安全保障・自由貿易条約を相手方不履行を理由に破棄しました。
現在、『宇宙国家 アース・ガルディア』を自称する艦隊が、火星衛星軌道上に到着し、呼応した極東米露軍と共にアルテミュア大陸東部の人類都市ボレアリフを武力制圧した事を防衛省が確認しております。
日本国政府は、予告無しの軍事行動に断固抗議する旨を、極東米露政府とアース・ガルディア宇宙艦隊に伝えました』
『本日午前1時20分、澁澤内閣総理大臣は、国民の生命と財産を守る為、全自衛隊に対し防衛出動を命じました。この後、午前7時をもって日本国政府は国家非常事態宣言を行う予定です。
これにより、本日から一部公共サービス部門を除いた全ての企業は活動を休止し、国民の皆様は自宅で安全を確保してください』
大月とひかりは、美衣子と結の無事を祈るしか無かった。
† † †
ガルディア暦6年(西暦2023年)10月1日午前7時【火星衛星軌道上 アンゴルモア艦隊 旗艦『ムルマンスク』】
火星地上の日本列島で澁澤総理大臣が国家非常事態宣言を行っていた頃、火星衛星軌道上の宇宙空間では人類初となる宇宙戦闘が繰り広げられていた。
「何だあれは!?」
顔面蒼白になった索敵オペレーターがブリッジ外の宇宙空間を自由に飛び回る赤い物体を指さして叫ぶ。
赤い大地を背景に、衛星軌道上を日本国航空・宇宙自衛隊の機動兵器が自由に飛び回ってアンゴルモア艦隊が撃ち出したレールガンや誘導ミサイルを悠々と躱し続けていた。
アンゴルモア艦隊に接近した高瀬中佐操るパワードスーツは、一斉に発射された最新鋭誘導ミサイル群を易々と躱し、敵機のセンサー類にダメージを与える筈の化学レーザーが命中しても、拡散電子コーティングした装甲に阻まれ、内部機器までダメージを与える事が出来なかった。
「ミサイルが敵に追い付けない!」
「化学レーザーでは歯が立たん!」
愕然とする戦闘オペレーター達。
化け物じみた機動兵器は、アンゴルモア艦隊に200mまで接近していた。
『こちらレッド。艦隊まで200。予定通りの行動で行く!』
高瀬少佐操る赤い塗装のパワードスーツは、背中の水素エンジン使用の推進機から白いアフターバーナーを出しながら、アンゴルモア艦隊へ向けて突っ込んでいく。
「敵機動兵器更に接近!至近距離!目の前だっ!」
「全近接防御兵器で追い払え!」
武骨な宇宙戦艦各所に設けられた対空30㎜バルカン砲と、短距離ミサイルの弾幕が機動兵器に降り注ぐものの、パワードスーツが左肩に装備する盾で防がれてしまう。
「なんて奴だ」
アレクセイエフ司令官が戦慄する。
近接防御兵器を突破したパワードスーツは艦隊後方へ回り込むと、宇宙戦艦推進部に50㎜マシンガンを撃ち込む。
アンゴルモア艦隊が誇る宇宙戦艦『ムルマンスク』と他の2隻も次々と後部機関推進部に巨大マシンガンを撃ち込まれ、固い防御装甲に包まれている筈の推進機関部までもが破壊され航行不能となっていく。
「対空ミサイル残量残り僅か!」
「機関推進部被弾!自力航行不能!姿勢制御システムも最低限しか機能せず!」
「敵戦艦接近!」
「構わん、可能な限り全兵器を敵戦艦に集中させろ!コード666(トリプル・シックス)発令!」
「コード666発令します」
極東アメリカ合衆国空軍嘉手納基地に降下部隊を輸送し、滑走路脇の誘導路で待機していたX34中型シャトルは軌道上の艦隊から666コードを受信すると、機内に脱出警告を発した。
『本機はこれより自動操縦モードに入ります。乗員は直ちに脱出してください』
脱出警告を聞いたパイロット達は慌ててシャトルから脱出すると、X34中型シャトルは無人操縦で嘉手納基地を飛び立ってアンゴルモア艦隊へ向かった。
隣に駐機していたSR92高空宇宙戦闘機も、やはり『666』コードを受信すると乗員を強制的に脱出させて自動的に艦隊へ向かうのだった。
♰ ♰ ♰
【火星衛星軌道上 航空・宇宙自衛隊 強襲揚陸護衛艦『ホワイトピース』】
「アース・ガルディア宇宙艦隊の速度低下。機関部が損傷した様です」
「高瀬少佐、これ以上戦艦への攻撃は不要だ。アンゴルモア艦隊から距離をとって待機せよ」
アンゴルモア艦隊主力の戦闘力を封じ込めたことで安堵した名取は、一息ついて指示を出す。
降伏勧告をどうやって伝えようか名取が考えているとレーダー管制官が声を上げた。
「火星沖縄から高速飛行物体接近!」
「モニターに出せ」
赤い星を背景に沖縄嘉手納基地を飛び立ったSR92高空宇宙戦闘機とX34中型軍事シャトルが、ぐんぐんと上昇してホワイトピースに向かってくる。
「あの飛行機にヒトは乗っていないわ」
傍らに居た美衣子が名取艦長に言った。
「対空戦闘!ゴッドブレス、イーグルスナイプ、モンバット迎撃ミサイルは射程に入り次第発砲せよ!」
頷いた名取艦長が応戦を指示する。
ホワイトピースに接近したSR92戦闘機は機体下の格納扉を開くとASAT対衛星破壊ミサイルを発射し、X34中型軍事シャトルは機体上部の貨物庫の扉を解放させて大型対艦レーザーを照射した。
ホワイトピースの30㎜イーグルスナイプ対空機銃は飛来したミサイル全弾を撃破、X34シャトルのレーザー砲は舷側の装甲を僅かに焦がしただけで破損せず、逆に艦首のゴッドブレス荷電粒子砲がX34軍事シャトルの機体を貫いて撃破した。
SR92戦闘機は、マッハ10の極超音速度でホワイトピース側面を通過したが、機首を戻したところで赤いパワードスーツの大型マシンガンを喰らうとバラバラと機体部品を散乱させながら爆発した。
アンゴルモア艦隊は尚も随伴艦艇によるミサイル攻撃や無人衛星を繰り出したレーザー攻撃など抵抗を試みたが、30分程度交戦するとエネルギーや弾薬が尽きて戦闘不能に陥った。
「敵戦艦から通信!」
ムルマンスクのブリッジで通信士官がアレクセイエフに報告した。
「読み上げろ」
「『貴艦隊と降下部隊は直ちに抵抗を止めて投降せよ。貴艦隊将兵への処遇について日本国政府は貴艦隊司令官と対話する用意がある』とのことです」
アレクセイエフが唸る。
「この攻撃で死者は?」
「おりません。武装は悉く破壊されましたが、居住区等は意図的に避けた様です」
「修理にどれくらいかかる?」
「宇宙ドックに入らないと修理は不可能です 」
「やむを得ん」
アレクセイエフは決断した。
「アンゴルモア艦隊と降下部隊に戦闘停止を命じろ。敵戦艦に"停戦交渉"を希望すると伝えろ!」
アレクセイエフは日本国航空・宇宙自衛隊の圧倒的戦闘力を前にして武力による威嚇を断念するのだった。
――――――
ここまで読んで頂き、ありがとうございましたm(__)m
【このお話の主な登場人物】
・大月 満= 総合商社角紅社員。
・西野 ひかり= 総合商社角紅社員。社長の孫娘。
・鷹匠=陸上自衛隊PKF派遣ボレアリス守備隊指揮官。准将。
・名取=航空・宇宙自衛隊 強襲護衛艦『ホワイトピース』艦長。大佐。
・高瀬 翼=航空・宇宙自衛隊 新型機動兵器操縦士。少佐。
・ジョーンズ=極東アメリカ合衆国海兵隊指揮官。少将。
・ダグラス・マッカーサー三世=極東アメリカ合衆国中央情報局長官。
・アレクセイエフ=宇宙国家アース・ガルディア、ロシア語圏防衛担当代議員。火星派遣艦隊司令。
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