火星編 戦女神の星

第54話 宇宙国家の襲来

2023年(令和5年)9月10日【東京都新宿区 市ヶ谷 防衛省地下 総合司令センター内】


「アース・ガルディアの艦隊が火星衛星軌道到達まで三週間となりました」


 超高感度遠距離観測衛星からリアルタイムで送られてくるモニターを背景に、桑田防衛大臣が、澁澤総理大臣、岩崎内閣官房長官に報告する。


「遂に来たか……」

澁澤総理大臣が呟く。


「備えは万全です、総理我々には『部位作戦』があるではないですか」

岩崎内閣官房長官が澁澤を励ます。


「そうだな。……ふふっ!愕然としている場合ではないな。『部位作戦』を進めつつ、例の計画も進めよう」


 岩崎の励ましで気を取り直した澁澤は軽く笑うと、桑田防衛大臣も交えて今後の情勢について検討を進めていくのだった。


          ♰          ♰          ♰


――――――同日午後1時【長崎県佐世保市 英国連邦極東首都 『ダウニングタウン』】


 アース・ガルディア火星派遣艦隊到着まで三週間となったこの日、澁澤総理大臣とマルス人のアマトハは"ティータイム"を過ごす為、ダウニングタウンの英国連邦極東首相官邸を訪れていた。


「実は日本国政府の要請を受けてマルスアカデミーの調査ラボ『ルンナ』、地球では『月』と呼ぶのでしたね?そのラボを修復する為の準備が整いました」


 いつも通り気さくに迎えてくれたケビン首相とユーロピア共和国ジャンヌ・シモン首相へ向け、アマトハがささやかな朗報と言える報告を行った。


「……日本政府としては、月面のマルス・アカデミー調査ラボ内に配備しているであろう大型シャトルを使用して欧州地域の在留日本人を救出します。

 その際、英国やフランスを始めとする欧州各国の皆様で希望する方を一緒に救出しようと考えています。……出来れば欧州地域の地理に詳しい英国連邦極東とユーロピア共和国の皆様のお力をお借りして適切な救出ポイント策定と、欧州地域の皆様へのメッセージ発信行いたいのです」


 澁澤首相がケビンとジャンヌに頭を下げた。非公式ではあるが、日本国政府から、両国に対する地球欧州救出作戦への協力要請である。


「……喜んで協力いたしましょう」「貴国の心遣いに感謝を」


 澁澤から突然の要請を受けて驚いたケビンとジャンヌは、動揺してカップの中身を溢しそうになったが姿勢を正して、澁澤首相の要請を感謝して受け入れるのだった。


 ティータイム後に両首相は、直ちに自衛隊に同行する特殊部隊と軍事顧問団を『火星生物襲来対応 西日本防衛演習』に参加させる名目で鹿児島県種子島へ派遣した。

 種子島のJAXA施設に集結した日英ユの合同救出部隊は、アマトハとゼイエス達マルス・アカデミー協力のもと具体的な救出計画を策定していった。


 合同救出部隊は、東京都三鷹市のJAXA天文台が提供した最新地球観測結果を元に、欧州救出ポイントとして、英国北部グラスゴー、フランス東部アルプス地方、スカンジナビア半島南部ストックホルム郊外の盆地を選定した。

 避難民の収容は、月面ルンナラボに配備されている筈の大型シャトルをラボ修復作業と同時並行で、半冷凍睡眠カプセルを装備した5000人規模を収容する輸送機に改装後、欧州各地へ向かわせて月面との間をピストン輸送、一旦月面ラボで収容する。

 希望する全ての欧州避難民を月面へ輸送した後、大型シャトルは惑星間航行仕様に再度改装されて火星との間でピストン輸送させる。


 更に、大型シャトルに積載余裕が有る場合は、残存している英仏海軍の原子力潜水艦を搭載し、月面ラボに輸送、宇宙空間にて作戦行動可能な状態に改装した上でルンナラボに備え付けられている電磁カタパルトを使って射出、無人慣性航行で火星へ輸送する。

 原子力潜水艦を宇宙空間仕様に改装するアイデアは英国連邦極東とユーロピア共和国軍事顧問団の発案である。


 また、火星から月へ向かうシャトルが種子島の電磁カタパルトから射出される際、強烈なGがかかる為、合同救出部隊隊員は、半冷凍睡眠カプセルに収容してシャトルへ搭乗する事となった。


 種子島JAXA宇宙センターでは、三か国の軍事・航空宇宙関係者が総出でアース・ガルディア派遣艦隊の到着直前まで、欧州救出作戦準備と地球人サイズに見合った半冷凍睡眠カプセルの仕様変更、合同救出部隊隊員の健康診断に追われた。


 この動きを極東米露に悟らせない為に救出準備期間中、日本政府は太平洋上に於いて火星生物襲来に備えた海上演習及び周辺空域で宇宙からの飛行物体を迎撃する訓練を主宰し、列島各国に参加を呼び掛けて実施した。


          ♰          ♰          ♰


2023年(令和5年)9月30日午前4時【鹿児島県種子島 JAXA宇宙センター】


 日本が誇るH2ロケット打ち上げ施設から少し離れた高台にズラリと並んだ『大気圏外打ち上げ用電磁カタパルト』から、次々と小型シャトルが夜明前の空に発射されていた。


 この電磁カタパルトは、JAXAがマルスアカデミーから段階的技術承継を受けて開発したものである。

 打ち上げられた小型シャトルも、無人宇宙機「こうのとり」をベースに段階的承継技術を用いて設計されており、マルス文明ルンナラボ補修を目的とした作業用ドローンが多数搭載していた。


 また、シャトルには陸上自衛隊特殊作戦群、英国連邦極東、ユーロピア共和国特殊部隊兵士の他に、現地残存政府組織と連携する為の日本政府特使として内閣官房から東山首相補佐官、英国連邦極東外務省のソールズベリー卿がマルス・アカデミーから尖山マルス基地所属だったユダとモウゼ、基地管理修繕システム機能を持つ結と共に搭乗した。

 

 月面ルンナラボ補修と欧州救出作戦は火星に干渉を目論むアース・ガルディアへの切り札になるはずだった。


          ♰          ♰          ♰


――――――【東京都三鷹市 国立天文台三鷹キャンパス内『日本スペースガード協会』観測室】


 この観測室は日本列島が火星へ転移する以前から、日本列島各地の天文台や欧米の観測施設が収集したデータを元に、地球へ甚大な被害を及ぼしかねない隕石の落下や、宇宙ゴミが衛星軌道上の人工衛星に衝突しないか分析し、関係各所に警報を送る目的で1996年から日米欧7ヵ国で運用されている。


 観測室では国立天文台所長 空良透指示の下、職員達が衛星軌道上に到着した物体群の確認作業に追われていた。


「英国連邦極東、ユーロピア共和国から提供された情報と照合。アメリカ宇宙軍所属輸送機『X-34』型6基と確認。さらに大型宇宙船、いや、違う。これはもはや宇宙戦艦だ。ロシア宇宙軍キラー衛星『ジュ-コフ』級と化学レーザー攻撃衛星『マレンコフ』級を多数組み込んだ大型宇宙戦艦3隻が我が国上空の静止衛星軌道上に到達しました」


 天文台の広視角望遠鏡とフェーズド・アレイレーダーのリアルタイム画面を食い入る様に見ていた空良所長が、内線電話で市ヶ谷の防衛省総合指令センターに詰めていた桑田防衛大臣に伝える。

 先程市ヶ谷から到着した自衛隊連絡調整官が、三鷹と市ヶ谷の間に臨時回線を開設してリアルタイム画面や各種データも共有出来る状態になっている。


『ご苦労様です空良所長。宇宙空間での動きは無い様ですね。

 此方は先程、嘉手納と厚木の極東米軍基地から発進した航空機が猛烈な速度で我が国のAIDZ(防空識別圏)を外れて北東へ飛び去ったのを確認しました』


 桑田防衛大臣が空良に伝える。


「衛星軌道上の艦隊はこのまま居座るのでしょうか?」

空良が訊く。


『分かりません。ですが現状、アース・ガルディア艦隊は我が国の『領空』を侵犯し続けているのです。地上から退去命令を出し続けるしかないでしょう』

桑田が答える。


「分かりました。こちらは観測を続けます。艦隊への通信は以前、マルス・アカデミーとのコンタクト時に経験したので何とかなるでしょう」


 肩を竦める空良。そこへ拡大望遠鏡の画像に取り付いていた一人の職員が声を上げる。


「所長!艦隊に動きです!」


「市ヶ谷とリンクさせるんだ!」

空良が指示する。


 衛星軌道上のアース・ガルディア艦隊から6基の輸送機が離れて降下態勢に入る所がモニターに映し出されていた。


『陸、海、空・宙自衛隊は現時刻をもって、1種待機から即応態勢へ移行。それと、首相官邸へ報告だ』


 緊張のあまり、上擦った声で統合幕僚会議の将官達に指示する桑田防衛大臣だった。


 地球衛星軌道から発進したアース・ガルディア政府の派遣艦隊は、大型軍事シャトルに多数の貨物コンテナや軍事衛星を組み込んでサテライトと合体させた『ピョートル型惑星間航行宇宙戦艦』3隻と、旧アメリカ宇宙軍『X34中型軍事シャトル』を6機随伴させた人類初の宇宙艦隊である。

 この宇宙艦隊は、衛星軌道上で物資不足や衛生環境悪化から反乱を起こした一部コロニーを抹殺した強大な宇宙戦闘力から、アース・ガルディア市民に『アンゴルモア(恐怖の代名詞)艦隊』と畏怖の念を込めて呼ばれている。


 アンゴルモア艦隊は7月初旬に地球衛星軌道から出撃、3か月の行程を終えて火星衛星軌道上に到着したが、日本国政府の予想に反して衛星軌道上に留まらず、アルテミュア大陸人類都市ボレアリフと北海道択捉島にある極東ロシア連邦首都エトロブルク、沖縄の極東アメリカ合衆国嘉手納基地に地上部隊を降下させ、X34軍事シャトルとSR92"極超音速"戦闘機部隊が日本列島上空を飛行した。


 沖縄と択捉島の極東米露政府は、アンゴルモア艦隊降下部隊を抵抗する事無く友好的に迎え入れた。

 アンゴルモア艦隊に呼応した動きについて、極東米露政府から日本国政府への事前通知や事後報告は一切行われなかった。


 同日午前11時、極東米露政府、アース・ガルディアは連名で日本国政府に対し、東京都西部地区、北海道、沖縄諸島の即時領土割譲を要求した。


 日本国政府は直ちに要求を拒絶、火星研究機構から極東米露を除名、両国と締結していた相互防衛条約、自由貿易協定について、相手方不履行を理由とした破棄と本州地域の全在日極東米軍基地封鎖を通告、自衛隊に防衛出動を命じた。

 また、英国連邦極東、ユーロピア共和国、台湾自治区は日本国政府に歩調を合わせる形で極東米露を非難、アース・ガルディア政府からの要求を拒絶すると共に、其々の国防軍や自衛組織に臨戦態勢を命令した。


 火星東京外国為替市場も極東米露との経済的決別によって閉鎖されるのだった。


          ♰          ♰          ♰


――――――同年10月2日午前1時【富山県立山市 尖山マルス基地】


 日本列島各国が互いに政治・軍事的緊張状態へ突入した頃、美衣子はマルス・アカデミー大使館に居たゼイエスと共に、NEWイワフネハウスからアダムスキー型連絡艇で尖山マルス基地へ移動、新設された航空・宇宙自衛隊整備士と共に尖山基地に保管していた機動兵器の最終点検をしていた。


 美衣子が点検していたのは、秋葉原聖地巡礼以降"こんなこともあろうかと"澁澤と岩崎におねだりして予算を捻出してもらい、桑田防衛大臣の協力を得て密かに造り上げていたパワードスーツである。


「美衣子博士!機動兵器発進準備完了です!」


 パワードスーツパイロットに抜擢された高瀬中佐が、美衣子に敬礼して報告する。

 高瀬は火星転移初日にRF4E偵察機で決死の航空撮影を行った後、救世放射能被曝を発症して生死の境を彷徨った後、大月満と同様にマルス・アカデミー医療機器の助けを借りて障害を克服して現場復帰していた。


 美衣子はおもむろに頷くと、隣に居る『ホワイトピース』艦長の名取大佐を見る。


「美衣子博士。ここまでして頂きありがとうございます。後は予定通りでよろしいですか?」

名取大佐が訊く。


「そうよ。高瀬少佐が操縦する機動兵器は発進して私の後についてきなさい。

 整備隊と艦長以下乗組員は、私と"マスター"ゼイエスが其々連絡艇に乗せて『ダイモス基地』へ運ぶわ。

 ダイモス基地に着いたら『ホワイトピース』に移乗して機動兵器を収容、ガルディア艦隊を背後から牽制よ。後の事は名取に任せるわ」

美衣子がテキパキと指示を出す。


「了解しました、美衣子博士。

各員に告ぐ!これから我々航空・宇宙自衛隊の初任務だ!秋葉原で特訓した成果を思い出して国民を守れ!」

名取が訓示する。


 竜巻が突如止んだ尖山の山頂が開くと、美衣子とゼイエスが操縦するアダムスキー型連絡艇とマイヤー大型連絡艇が電磁カタパルトで飛び出し、山腹の特設滑走路から高瀬少佐が操縦するパワードスーツが電磁カタパルトから発進した。


 高瀬隊長が乗る赤い機動兵器はカタパルト射出後、背面バックパックから後退翼を展開してマルス連絡艇の後を追うように空高く飛んで行く。


――――――同時刻【東京都千代田区永田町 首相官邸】


 澁澤総理大臣と岩崎内閣官房長官が首相執務室で尖山から出撃する航空・宇宙自衛隊機動兵器と美衣子、ゼイエスのマルス連絡艇の勇姿をモニターで視ていた。


「なかなかの勇姿だな……」

澁澤が感心して呟いた。


「まさか美衣子さんと結さんがあそこまで入れ込んでくれるとは、有り難い事ですね」


 ある日、突如首相官邸に現れた美衣子と結が両手を合わせて「お願い、助けて」とおねだりしてきた時を思い出した岩崎が、笑いを堪えながら応える。


「桑田君、後は君達プロ軍人の出番だ。アンゴルモア艦隊をしっかり抑えてくれ!」

防衛大臣を激励する澁澤。


 桑田防衛大臣はしっかりと頷くと市ヶ谷の地下司令センターへ向かうのだった。


「さて、後は大月家に説明だ。「やらかしてくれた」二人を庇うのも首相の務めだな……」


 澁澤が少しため息をつきながら呟く。


「ここまで尽くして頂いた美衣子さんと結さんがご飯抜きとうのは、あまりにも申し訳ありませんからね」

笑いを堪えながら岩崎が頷く。


 早朝のNEWイワフネハウスを突然訪問した澁澤と岩崎は、ひかりが慌てて用意した朝食を食べながら美衣子と結、ゼイエスの『活躍』について説明し、"お仕置き"の免除を要請した。


 大月とひかりは唖然としながらもどこか納得した様子で了承するのだった。


          ♰          ♰         ♰


――――――同年10月2日午前6時30分【火星衛星軌道上 アンゴルモア艦隊 旗艦『ムルマンスク』】


「司令!わが艦隊後方10kmから接近する識別不明の大型艦艇1隻を探知しました」


 ブリッジ要員がアレクセイエフ司令に報告した。


「いつの間に後ろに付いたんだ……」


 唖然としたアレクセイエフが呟く。


「火星衛星『ダイモス』の影に隠れて本艦の索敵レーダーを逃れていた様です」

戦闘管制オペレーターが答えた。


「識別不明艦から小型挺1機発進。こちらに向かって来ます!」


「全艦隊臨戦態勢、対空防御!」


「識別不明艦から通信。『こちら日本国航空・宇宙自衛隊。アース・ガルディア艦隊に告ぐ。直ちに当宙域から退去せよ』です」


「小型挺更に接近、距離3Km。光学目視で確認出来ます」

「モニターに出せ」


 『ムルマンスク』戦闘管制ブリッジのメインモニターに、白い大型宇宙戦艦をバックに赤い機動兵器が映し出された。


「どこのお伽噺なんだ……」


 即座に某アニメを連想した隠れアニメファンであるアレクセイエフが、呆れた様に言った。


「返信。バカメと伝えてやれ……」

通信オペレーターに命じるアレクセイエフ。


「日本艦から通信!『月に代わってお仕置きよ』との事です!」


「なん……だと!?」


 テンプレな名言に唖然とするアレクセイエフ。

 コア・アニメファンのアレクセイエフを動揺させた通信は、もちろん美衣子が指示して送信させたものであった。


 こうして火星衛星軌道上において、人類史上初めての宇宙戦争が始まろうとしていた。



――――――


ここまで読んで頂き、ありがとうございましたm(__)m


【このお話の主な登場人物】

・西野 美衣子=マルス人ゼイエスが開発した日本列島生態環境保護育成プログラム自律進化型人工知能。

・澁澤 太郎=日本国内閣総理大臣。

・岩崎 正宗=日本国内閣官房長官。

・桑田=日本国防衛大臣。

・名取=日本国海上自衛隊潜水艦『そうりゅう』艦長。大佐。

・高瀬 翼=日本国航空・宇宙自衛隊所属。新型機動兵器のテストパイロット。

・ケビン=英国連邦極東首相。

・ジャンヌ・シモン=ユーロピア共和国首相。


・アレクセイエフ=宇宙国家アース・ガルディア、ロシア語圏担当代議員。防衛軍司令官。火星派遣艦隊司令。


・アマトハ=マルス人。マルス・アカデミー宇宙生物理学者。

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