第53話 聖地巡礼
2023年(令和5年)3月中旬【富山県立山市 尖山 マルス・アカデミー尖山基地】
「……あれぇ?美衣子ちゃん。最大望遠で地球を視ていたのだけど、あのゴマ粒は何?デブリ?」
尖山基地通信室からマルス・アカデミー火星第2衛星『ダイモス』ラボに備え付けられている外宇宙観測望遠鏡の映像を、NEWイワフネハウスから持ち込んだゲーム用VRゴーグルに繋げて宇宙鑑賞としゃれこんでいた大月と西野ひかり、東山だったが、何かを見付けたひかりがVRコーグルをかけたまま、傍らでよりかかってひかり手作りのカボチャプリンに舌鼓を打つ美衣子に訊く。
NEWイワフネハウスの住人一同は「火星と地球が数年ぶりに最接近するから、素敵な天体ショーを見せてあげるのよ」と美衣子に誘われ、久しぶりの休日を富山市郊外に在るマルス・アカデミーの基地で過ごしていた。
「……ムグ。ちょっと待ってひかり」
堪能していたカボチャプリンを未練がましく机の上に置くと、手元のタブレット端末と西野ひかりのVRゴーグルを同調させる。
「……来たわ」
ポツリと呟く美衣子。
「え?何が来たの?」
VRゴーグルをかけたまま、きょろきょろと周囲を見回すような仕草で美衣子の方を向く大月。
「遂に紅白のオファーが来たのよ!」
大月によりかかって昼寝を満喫していた結が、寝ぼけ眼で不意に立ちあがる。
「違うわ結。紅白のオファーは確実だとして、今は別の存在が来るのよ」
「何が来るのですか姉さま?」
「オファーは来るんだね……」「リハーサルは完璧にしないといけませんね」
何かを確信しつつ、結の言葉を否定する美衣子。大月と東山首相補佐官は、紅白の様相が激変する未来を脳裏に浮かべてお腹をさすり始める。
「……地球から艦隊が来るわ」
美衣子がひかりのVRゴーグル映像を通信室のモニターに投影させる。
灰色の火山灰に一面覆われた地球を背景に、幾つかの黒点がゆっくりと月へ移動していた。
「もう少しズーム出来ますか?」
通信モニターを凝視する東山が美衣子に訊く。
「……東山は注文が多くて困るわ。ウニとイクラをたらふく所望するわ」
不満気にクエッと小さく叫ぶと、モニターに映る黒点を拡大させていく美衣子。
やがて拡大された黒点は、不格好なコンテナ集合体に宇宙ロケットを取りつけた何隻もの大型船と、NASAのスペースシャトルに似たデルタ翼各所にミサイルランチャーや円筒形のタンク型砲台を備え付けた宇宙船の集団となっていた。
「宇宙国家の艦隊!?」
愕然とするNEWイワフネハウスの住人達。
「どれくらいで此処(火星)へ来るのかな?」
大月が訊く。
「3か月。モニター越しの動きだから、あくまでも推定値よ」
さらりと応える美衣子。
「……同感ですわ姉様。フォボス・ラボの惑星間センサーに同期した結果と同じですわ姉様」
美衣子の隣でタブレット端末を操作していた結が美衣子の言葉に頷く。
「……残念ですが、休暇は一時中断して東京に戻りましょう」
携帯メールで首相官邸の岩崎官房長官宛てに連絡する東山。
「……分かったわ。澁澤と岩崎に教えてあげる。
その代わり、帝国ホテルのフルコースをお願いね」「私は銀座九兵衛の極上にぎりを桶一杯に頂きたいですわ姉様」
容赦なく要求する美衣子と結。
「その程度で貴重な情報が手に入るなら幾らでもどうぞ。ついでに連絡艇で東京まで運んでくれると助かりますが……転送は怖いので」
気前よく応えつつ、控えめな申し出をする東山首相補佐官。お仕置きで受けた別府温泉と青森県恐山温泉の片道転送が堪えていたようだった。
1時間後、NEWイワフネハウスの住人達は、アダムスキー型連絡艇に乗って東京永田町の首相官邸へ向かうのだった。
首相官邸で待ち構えていた澁澤総理大臣と岩崎官房長官、桑田防衛大臣に情報を伝えると、彼らは緊張に顔を強張らせながら必要な対応に取り掛かるのだった。
大月や西野ひかり達NEWイワフネハウスの住人達はこの情報は「他言無用」と念を押された上で首相官邸の機密費全額負担で帝国ホテルに宿泊し、極上ディナーを堪能し、翌昼食は銀座の寿司屋で極上にぎりを堪能するのだった。
さしあたってNEWイワフネハウスの住人達に出来る事は何もないと思われた。
♰ ♰ ♰
――――――銀座九兵衛で極上にぎりを堪能後のひと時【東京都千代田区『帝国ホテル』スイートルーム】
「そう言えばJAXAの琴乃羽さんとマルス語・日本語和訳辞典製作の時に聴いたのですが、秋葉原は日本文化の聖地と言われているそうですよ?」
ルームサービスのデザートで出された特製プリンを美味しそうにスプーンで丁寧に掬い取りながら、イワフネが美衣子に話し掛けた。
「聖地……聖地とは、伊勢神宮や出雲大社の事でしょ?」
首を傾げる美衣子。
「……それもそうなんだけど。
……どちらかと言えば、今の日本文化を象徴するサブカルチャー的なものだね」
大月が考え込みながらも説明を試みる。
「……今の日本文化?何時もスタジオで見せられる新聞や週刊誌の記事的な現象ではなくて?」
結がひかりの方を向いて問いかける。
「新聞や週刊誌が伝えることが全てでは無いと思うのですよぉ。……ここは百聞は一見に如かず、ですねっ!」
ひかりが昆布茶をゆっくり啜る東山に、片目を瞑ってみせる。
「……そうですね。実地体験することでお二人の見識を広めて頂き、これからの番組作りに活かせれば良いですね」
上司である岩崎に提案する事を念頭に置いて応える東山。
「ではでは、善は急げですから!明日、秋葉原へGOですよっ!」
ひかりが立ちあがって宣言する。
「え?ちょっと、ひかりさん!?
明日はイワフネさんや春日と一緒にボレアリフ駐在極東アメリカ総領事館で開かれる商談に行くんじゃなかったっけ?」
そんなひかりに小声で突っ込む大月。
「……という事で東、お願ねっ!」
大月のアシストで華麗に東山へ即振りするひかりだった。
「……やっぱこう言う展開になるよぁ。俺だけだと案内に不安が……
そうだ!JAXAの彼女や岬教授にもお願いしてみよう……」
ずきりと痛む胃をさすりながら昆布茶を啜る東山は、琴乃羽美鶴へ連絡を入れるのだった。琴乃羽は岬と共に、マルス文明承継データ解析やマルス和辞典制作作業で日頃から美衣子やゼイエスと頻繁に会っており、面識が有ったのである。
岬渚紗については、アルテミュア大陸東海岸人類都市ボレアリフで彼女が春日と力を入れて取り組んでいたエビ養殖が佳境を迎えているとの事で激しく残念がりながら都合が付かないと嘆く返信があった。
♰ ♰ ♰
2023年4月某日午前10時頃【東京都千代田区 秋葉原】
NEWイワフネハウスをSPが運転する黒塗りのワゴン車で出発した5人は秋葉原へ向かっていた。
浮かれる美衣子、結、ゼイエスをよそに、世話役を務める東山首相補佐官と琴乃羽美鶴の胸中は既に波乱の到来を激しく予感していた。
秋葉原駅前でワゴンを降りた5人は駅前の『バンダムカフェ』に入り、何処かの連邦軍的な制服を着たウェイトレスに座席へ案内されると、壁面の液晶テレビではテレビアニメ"軌道戦士バンダム"の再放送が放映されていた。
美衣子は早速食い入るように画面を見つめ、
「なん、だと!?
……日本ではこのようなパワードスーツの実用化がされているとは」
絶句した後。現実と激しく混同した認識で唸りまくるゼイエス。
「……モビルスイーツ?」
一方、天然ボケの方向でアニメを楽しむ結。
やがてウエィトレスが飲み物やケーキを運んで来ると3人の意識はケーキセットに戻った。
普段ひかりが食後に出すデザートとは違う趣のスイーツに3人は目を輝かせてかぶりつくのだった。
「モグ……。ところで、なぜ赤いやつは3倍なの?」
美衣子がツボを押さえた質問を始める。結とゼイエスもケーキを貪りながら耳を傾けている。
日頃からこの分野に「非常に詳しい」琴乃羽美鶴と一夜漬けで情報収集した東山龍太郎が、豊富な文学(ラノベ、コミック、薄い本含む)知識で果敢に対応した。
「何という事だ……コロニー落としや、ソーラーレーザー使用とは、やはり地球人は恐ろしい事を考えるのか!?」
恐怖し鱗下の皮膚まで蒼ざめていくゼイエスだが、ハニトーを堪能する速度は変わらない。
「ジャブロー基地は広くて管理のしがいがありそう……素敵ですわ姉様」
やはり違う視点で観賞していた尖山基地管理システム出身の結が、ズズーッとクリームソーダを堪能する。
「いやいや。二人とも全然怖がってないでしょ!?」
思わず心の中で突っ込む琴乃羽美鶴。
カフェを出た5人は、最初にゲームセンターへ入り、オンライン対戦ゲームに挑んだ。
美衣子と結は先程の軌道戦士バンダムを引きずっているのか、モビルスーツ対戦ゲームに熱中していく。
二人ともシステム操作は人類レベルを軽く超えている為、ゲームを楽しみつつ密かにオンラインシステムに介入すると、好奇心の赴くままにゲームプログラムを変更しながら壮絶な戦いを繰り広げるのだった。
「……おい!ザン〇バルとサ○ミスが動いているぞ!」
普段のゲーム画面では見られない斬新な展開に、多くのギャラリーが集まり始める。
美衣子が捨て身の攻撃で結の機体に体当たりすると、結の機体が本来装備に無い必殺バリヤーを発生させて美衣子の攻撃を防ぎ、画面背景に過ぎなかった味方基地からミサイルやレーザーの弾幕を作り出して美衣子の機体にダメージを与えた。
美衣子も背景だった味方戦艦サ○ミスをむんずと掴むと結のザン〇バルに放り投げて大爆発させる。
美衣子と結の機体は母艦の大爆発に巻き込まれて大破して『ゲーム・ドロー』というあり得ない表示で終了した。
ギャラリー達は「新機能のテスト台か!?」「あのトカゲコスプレ姉妹ぱねえわ」等と騒然となる中、一行は冷や汗を流す東山と琴乃羽に手を引かれて慌ててゲームセンターを脱出する。
ちなみにその時ゼイエスは、パチスロコーナーで確率変動に嵌まっており、メダルの入った箱を持ち歩いて片端からフロアーのスロットを攻略していた。
「シ、シルバーメダルがガチャガチャと溢れ出す様を見ると、ドキがムネムネして抑えられません!」
「……ゼイエスさん。キャラ崩壊していますよ」
鼻息荒く熱く語るゼイエスにドン引きする東山。
東山は「この人は日本社会に居続ければ、いずれギャンブルで身を滅ぼすのだろうなあ……」と心の片隅にメモするのだった。
琴乃羽は「光り物が好きなのはカラスと同じ動物的本能なのだろうか?」と失礼な事を考えたりするのだった。
その日、日本全国のゲームセンターにオンラインゲームを提供していたゲーム会社メインサーバーが、外部から不正アクセスを受けた挙句ゲーム仕様がグレードアップ、操作性まで向上してしまうという珍事件が発生したが、それは別の話である。
♰ ♰ ♰
逃げるようにゲームセンターを飛び出したNEWイワフネハウスの住人一行は、秋葉原散策を変更し近くの神社にお詣りする事にした。
秋葉原に近く、七福神とラ〇ライブを奉る都内でも有名な神社に来た一行は鳥居をくぐり、雑木林が広がる境内を歩きながら本殿に向かった。
美衣子と結は沢山の参拝客を見るなり、
「神頼み」
「自助努力の放棄ですわ姉様」
「でも私達の分身が叶えてしまう」
「神の御技ですわ姉様」
神社関係者が聞いたら卒倒する発言を連発してしまう美衣子と結。
「二人とも!あまり人の夢を壊しちゃダメ!」
身も蓋もないコメントにげんなりしつつ注意する琴乃羽。
「800万の自律進化型環境維持システムはまさに神!」
「この神社にも幾つか御神体システム端末がありますわ姉様」
琴乃羽の注意を気にせず、本殿を指差してはしゃぐ二人。
「年々人々の願うハードルが上がって困るわ……」
「願う気持ちを勉強に割けば良いのに姉様……」
「願うより動けばいいのよ!」
「お賽銭より姉様の愛が欲しい!」
日本列島の全生態環境を統べる創造主の割には、「即物的」な事をのたまう残念姉妹に東山は、かなり"すれた"神様だなと素直に思うのだった。
結局一行は神社の境内を見廻ってから横浜のNEWイワフネハウスへ戻るのだった。
帰宅した美衣子と結、ゼイエスは、今日の巡礼で何かに触発されたのか、地下研究室で端末を操作しながら激しく著作権に抵触しそうなロボットを設計しているようだった。
♰ ♰ ♰
翌日の夕方、アルテミュア大陸東海岸『人類都市ボレアリフ』で春日とイワフネの商談に付き合った大月とひかりが帰宅すると、玄関脇に真っ赤に塗装された赤いタヌキの置物が鎮座していた。
「……赤いタヌキ!?」
大月がおそるおそる置物に触れると、不意に赤いタヌキの置物がスクッと立ち上がるなり、徳利からビームサーベルを抜いて襲いかかってきた。
「ひぇっ!?」
慌てて赤いタヌキから距離を取る大月。
ビームサーベルを日本刀のように構えてじりじりと間合いを詰める赤いタヌキ。時折バチバチと放電するビームサーベルが大月の鼻先に迫る。
「ガチでヤバい奴じゃん!」
たまらず背を向けて逃げ出す大月。
ひかりが玄関前で逃げ回る大月を眺めながら食堂を覗くと、美衣子と結がキャイキャイ騒ぎながらコントローラーで赤いタヌキを操っていた。
「美衣子!結!何やってんの!」
ひかりの怒声が響くと赤いタヌキはピタリとその場で停止した。
「赤い奴は3倍凄いわ」
「この法則は謎ですわ姉様」
悪びれない二人の頭にひかりの拳骨が落ちる。
「ふぎゃっ!」「ぎゃふんっ!」
「……ぜぇぜぇ」
玄関前で頭を抑えて屈み込む二人のトカゲ娘とアザラシの様に横たわる大月。
「……何やってるんですか、皆さん」
嘆息する春日。
美衣子と結はその日、人生で初めての晩御飯抜き体験を味わう事となった。
♰ ♰ ♰
秋葉原で美衣子と結を虜にした軌道戦士バンダムは、NEWイワフネハウス地下研究室でゼイエス協力のもと極秘裏に開発が進められ(何故か「部位(ブイ)作戦」と二人で呼称)、タヌキの置物からグレードアップした某アニメそっくりの機体(もちろん赤いタイプも)が何種類も開発され、秘かにマルス尖山基地で実物大の機動兵器として完成し、眉を顰める同僚マルス人研究者のユダとモーゼを鳥のから揚げで買収して秘かに保管したのだった。
更に二人は火星軌道上の衛星ダイモスにあった旧マルスアカデミーの宇宙ステーションを再利用し、機動兵器が搭載可能な強襲揚陸護衛艦『ホワイトピース』を建造した。
二人の一連の動きは趣味とビッグスケールな遊び心の部分が強かったが、その思考システムは2か月後に迫りくる極東米露とアース・ガルディアの脅威に反応したものであった。
ひかりの晩御飯抜きが怖い二人は「部位作戦」が発覚した場合に備え、澁澤総理大臣と岩崎内閣官房長官に"内緒の取引提案とお願い"をして、治癒した偵察機パイロットの高瀬少佐や元航空自衛隊ブルーインパルスチームメンバー、海自現役戦闘艦艦長経験者を桑田防衛大臣を通じ密かに招集するのだった。
招集された彼らは、秋葉原に新装開店された看板が無く、入口自動ドアー下に豆粒程の字で『軍事施設立ち入り禁止』と書いてあるゲームセンター(電子映像等訓練施設)で"訓練教官"に扮した美衣子と結指導のもと、特設シミュレーター『戦場の紐(ひも)』で連日機動兵器の操縦、対戦訓練と宇宙戦艦の操作訓練に明け暮れるのだった。
ちなみに宇宙戦艦訓練では「右舷弾幕薄いぞ!何やってんの!」とテンプレな叱咤が、美衣子と結から嬉々として出されていたのはお約束である。
たまにぶらりと"来店した"一般人でハイスコア―を残した18才以上の者は、施設を出た途端、黒服の自衛隊中央情報部隊所属隊員に市ヶ谷の防衛省大臣室まで招待され、素敵な笑顔の桑田防衛大臣から、極秘軍事施設に無断で立ち入った容疑を告げられ「自主的に」天草や空良達宇宙科学者"教官"指導のもと『宇宙自衛官』としての訓練を受けていくのだった。
この雑多メンバーが後の航空・宇宙自衛隊創設メンバーとなるのは別の話である。
――――――
ここまで読んで頂き、ありがとうございましたm(__)m
【このお話の主な登場人物】
・大月 満= 総合商社角紅社員。
・西野 ひかり= 総合商社角紅社員。社長の孫娘。
・西野 美衣子=日本列島生態環境維持管理システム自律進化型人工知能。
・鷹見 結=マルス文明尖山基地管理修繕人工知能兼日本列島生態環境維持管理システム自律進化型人工知能。
・東山 龍太郎=内閣官房首相秘書官。
・琴乃羽 美鶴=JAXA研究員。異星文明分析担当。
・ゼイエス=マルス人。好奇心の塊で新技術には興味津々。
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