第52話 宇宙国家の野望
――――――【地球衛星軌道上 宇宙国家アース・ガルディア 5番コロニー『ネップ』】
大変動発生まで中国航天局が極秘に運用していた軍事宇宙ステーション『天宮4』にロシアやイラン、インドの通信・観測衛星を無理矢理合体させた不格好な人工物の集合体をアース・ガルディアでは5番コロニー『ネップ』と呼んでいる。
そのコロニー内部はやはり各国技術力の差が現れており、合体しているものの、コロニー各部の生命維持は各国衛星毎に管理運営する複雑なものとなっていた。
不格好な集合体を統べようと悪戦苦闘しているインド通信衛星の保守点検スペースから通信オペレーターが懸命に首都であるコア・サテライトへ援助を求める通信を送っていた。
「こちら5番コロニー『ネップ』。予定を超えた人員を滞在させている為、酸素が予想を超えて消費されており、残量が少ない。そして燃料の水素が不足している。コア・サテライトからの補給を要請したい」
『こちらコア・サテライト。同志の健闘に心より感謝する。……残念だが、こちらも宇宙空間での生存圏拡大の為に大量の水素を欲しているのだ。よって補給は出来ない。ネップの独自判断で対応してくれ。通信終わり―――』
抑揚のない無感情な声が応える。
「ちょっと待ってくれ!『ネップ』の現在人口は定員30人に対し300人を超えて居るんだぞ!アース・ガルディア建国計画では、此処は一時的待機場所の筈だ。それを敢えてコア・サテライトの求めに応じてこちらは受け入れているのだぞ!」
抗議するペテルブルグの通信オペレーター。
『……イゴール総代表閣下のご命令により、現在アース・ガルディアには国家非常事態宣言がされている。通常の運用とは異なる態勢であることをご理解願いたい』
「国家非常事態宣言だって!?初耳だぞ!」
『モスクワ標準時午前零時に出されている。スラブ人を始めとする上級国民には通達済みだから確認されたし』
「上級国民?こちらはペルシャ・インド・中国系住民の集まりだが……」
『ネップの人口構成を確認した……失礼した。手違いで連絡が遅れているようだな。補給要請については特例として指導部へ取り継ごう。それまではなんとか凌いでくれ。
……そちらは酸素が少ないのだろう?これ以上の通話は酸素の無駄遣いだ。通信終わり―――』
「あのお役所仕事過ぎる対応は一体……首都で何が起きているのだ?」
要領を得ないコア・サテライトの対応を訝しがる『ネップ』通信オペレーターだった。
たまたま通信オペレーターのやり取りを近くで耳にしていた英語圏代議員を務めるソーンダイク内務局長の尽力により、水素燃料を搭載した旧アメリカ宇宙軍の軍事シャトルが『ネップ』に到着したのは、その12時間後だった。
軍事シャトルから『ネップ』に到着した旨の通信を送ってもコロニー側から応答が無く、やむを得ず強行ドッキングでコロニー内部に突入したシャトル乗員の目に入ったのは、酸欠により折り重なるようにコロニー各所で息絶えていた住民達だった。
5番コロニー『ネップ』全滅の悲劇はイゴール総代表に伝えられたが、特に彼から反応は無く、淡々と火星日本列島との通信続行を指示するのだった。
♰ ♰ ♰
ガルディア暦6年(西暦2023年)3月14日【地球衛星軌道上 宇宙国家『アース・ガルディア』コア・サテライト】
2017年にインターネット上で建国を宣言して6年目、首都である衛星軌道上の国際宇宙ステーション(ISS)の一室で宇宙国家の指導者である旧ソヴィエト治安組織(KGB)出身ロシア人は部下から火星との通信における報告を受けていた。
「そうか……火星日本列島には在日米軍基地の他に、南クリールの択捉島に駐留していたロシア軍基地も有ったか……」
イゴール総代表が思案気に顎を擦る。
「だが、まさかこうもバラバラに返事を寄越すとは想定外だ……」
ニヤリと彼が笑う。
「仰る通りです同志総代表。
日本国政府は他国の人間達に自治独立を与えているようですね。この終末的ご時世の中、お人よしを極めています」
アレクセイエフ防衛軍司令が肩を竦めながら皮肉げに言った。
「同志アレクセイエフ。日本国をお人よしではなく、誠実と言い換えてはどうですか?のらりくらりと言葉を濁す他の国々に比べ、彼の国だけは唯一まともな返事をしています『我々も孤立困窮しているが、必要な物が有れば連絡を欲しい』と。日本国の自給率は、地球存在時60%程度に過ぎませんから無理も有りません」
ソーンダイク内務担当代議員が指摘する。
「同志ソーンダイク。日本人が基本的に誠実なのは私も分かっているつもりだ。
彼らなりに素直に現状を伝えてきたのだろう。だからこそ、各国の現地独立を許したのだろう。お人よしにも程があると思うのだが……今の我らにとっては好都合だ」
イゴールが感想を述べた。
「日本政府との交渉は穏便に行うとしよう……支援物資をたんまりと受け取るまではな。
他の連中は我らの傘下に―――違った、"お互い助け合おう"でいいだろう。連中には通じる筈だ」
イゴールが口の端を吊り上げてニヤリと笑う。
「それで火星派遣艦隊の準備はどうなっている?」
イゴールが訊く。
「主力の兵員輸送用大型武装シャトル3機と随伴の中型戦闘シャトル6機、大型武装シャトルに搭載した地上降下用シャトル6機とSR92戦闘機を4機、燃料は注入済みです。……現在、弾薬、食糧の補給中ですが、3日以内に出撃出来るでしょう」
手元のタブレット端末を操作しながらアレクセイエフが答える。
「よろしい。ではソーンダイク内務代議員には、火星日本列島奪還作戦を討議する臨時ガルディア代議員会議開催の準備をしてくれたまえ」
イゴールが国会に該当するガルディア代議員会議の臨時開催を指示した。
「分かりました。地上の北米大陸や西欧諸国に留まって居る代議員達にも連絡を急がせます―――」
「―――いや、それは必要ない」
ソーンダイクの応えを遮るようにイゴールが言い放つ。
「何故です?」
「……宇宙で開催される代議員会議に参加出来ない者は、アース・ガルディア憲章第4条5項によって総代表に判断を委ねる事となっている。
今は一刻も早く、地球上に取り残された人民を宇宙へ避難させるべき時なのだ。政治的些事で代議員だけ先に宇宙へ呼び寄せる事をしては、一般国民に示しがつかんのだ」
唖然とするソーンダイクにイゴールが告げる。
「ですが総代表閣下!
既に大量の避難民受け入れで軌道上コロニーは収容限度を超えつつあります。食料・燃料が不足し、衛生状態も悪化しつつあります。
出来れば火星派遣に使用する大型シャトルを転用して避難民収容施設として利用させていただきたいのですが……」
ソーンダイクが懇願する。
「同志ソーンダイク。火星さえ手に入れればそのような些末な問題はすぐに解決される。それまではなんとかしたまえ」
イゴールは素っ気なく答えると総代表執務室に入ってしまった。
コア・サテライトの中央通路で呆然と立ち尽くすソーンダイク。隣に居たアレクセイエフがソーンダイクと視線を合わせようとせずに持ち場へ戻ろうとする。
「待ちたまえ!アレクセイエフ。
君は避難民の大半が劣悪な環境でコロニーに居る事も、未だ多くの国民が北米や西欧諸国で助けを待っているのを知っているよな?5番コロニー『ネップ』の悲劇を繰り返すつもりなのか!?」
防衛軍司令室へ向かおうとしていたアレクセイエフの行く手を遮って詰問するソーンダイク。
「……わかってはいるさ。でも衛星軌道上の施設はあらかた回収してこれ以上の増設は出来ない。一方で総代表が命じられた火星派遣艦隊に必要な戦力は足りないんだ。
君は今まで上手くやって来たじゃないか?もう少し頑張ってくれたまえよ!」
アレクセイエフはソーンダイクの鬼気迫る表情に臆する事無く、軽く肩を叩いて宥めると防衛軍司令室のあるユニットへ向かった。
「軌道上の避難コロニーが3000人の定員を10倍以上超えている状況で火星文明とやり合う暇など無いだろうに……」
溜め息をついたソーンダイクは、防衛軍司令室のユニットとは反対側に位置する内務局室ユニットへ戻ると通信オペレーターに、
「明日、モスクワ時間午前8時に代議員会議をコア・サテライト中央会議室で開催します。
議題は火星日本列島奪還作戦です。各軌道上コロニーと各地の地上待機シェルターにも連絡をお願いします」
地球上も含めた全代議員へ向けた連絡を指示するのだった。
指示を出した後、内務局室奥にある代議員個室に入るとソーンダイクは秘匿回線を使ってコア・サテライトにドッキングしていた1機の旧アメリカ合衆国宇宙軍所属だった軍用シャトルを呼びだした。
「こちらソーンダイクだ、状況は最悪になりつつある。
総代表はどうやら火星日本列島に軍事侵攻するつもりだ。
……我々が知る限り、技術的にも、国力としても地に足を付けている火星日本国には叶わないだろう。それと、沖縄の在日米軍や北海道のロシア熊が総代表の提案に乗り気なところが妙に気になる……」
『アンゴルモア艦隊=火星派遣艦隊が衛星軌道から出撃した後で、我々が状況をコントロールするしかないだろう』
軍用シャトル側が応えた。
「我々だけで火星日本国政府に内密に連絡を取れないだろうか?」
ソーンダイクが相談する。
『遠距離通信系統は、防衛軍主流派のロシア熊共が握っているからサテライトからだと無理だ。
地上南米アンデス山脈にある大出力アンテナか、火星衛星軌道へ向けて通信衛星を送り込むしかないが、どちらも直ぐにアレクセイエフにバレるぞ!』
軍用シャトル側が懸念する。
「では、派遣艦隊隊員に我が方の支持者を入れる事は可能だろうか?」
『それは問題無い。今はどこも人手が足りないからな。
ただ、火星日本国に接触出来る可能性は上がるだろうが、我々とのリアルタイム通信は無理だ。隊員が現地で判断するしかないぞ?』
「それでもまずは火星へ行って見るしかないだろう。そちらでデルタフォースかシールズの生き残りを送り込めないか?」
『了解した、やってみる。我がシャトル隊はこれからベラルーシ方面避難民の救出だ。何故か北米大陸が後回しなのは癪だな。また連絡を取ろう』
ソーンダイクは通信を終えると内務局室に戻り、軌道上コロニーで不足している食糧・燃料問題に対して取り組み始めるのだった。
「……やはり、宇宙国家の運営をロシア人に任せたのは誤りだったのだろうか……」
ソーンダイクは肩を落としてぽつりと呟くのだった。
――――――
ここまで読んで頂き、ありがとうございましたm(__)m
【このお話の登場人物】
・ソーンダイク=アース・ガルディア英語圏担当代議員。内務局長。元アメリカ宇宙軍ISS滞在要員。
・アレクセイエフ=アース・ガルディアロシア語圏担当代議員。防衛軍司令。元ロシア宇宙軍ISS滞在要員。
・イゴール・アッシュルベルン=宇宙国家アース・ガルディア創設者にして総代表。元ロシア連邦軍需産業複合企業体会長。
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