第58話 休戦交渉【後編】


2023年10月2日【沖縄県嘉手納市 極東アメリカ合衆国空軍 嘉手納基地】


 火星衛星軌道上の母艦に戻る術を失った嘉手納のアース・ガルディア軍地上部隊の身柄は、海兵隊で預かる事となり彼らは辺野古基地へ移された。


 辺野古基地で海兵隊司令官ジョーンズ少将が閲兵を行った際、一人のアース・ガルディア軍兵士がジョーンズに握手を求め、握手に応じた際、兵士が小さい何かの巻き紙を手の中へ押し付けてきた。


 慌てたジョーンズ少将はその兵士を問い質そうとしたが、既に部隊列に戻っており誰か判別はつかなかった。


 自室に戻ったジョーンズ少将が小さな巻き紙を広げると、


『アース・ガルディアのアメリカ人達より。日本政府と独自対話を秘かに望む。通信コードは〇〇〇〇』

連絡先が記されていた。


 恐らく、あの宇宙国家はロシア人が幅を効かせているものの、同胞の派閥が少なからず在ると言う事だ。合衆国の生き残りが居ることに少しだけ安堵するジョーンズ。


「さて、このメッセージを誰に渡せば良いのだろうか?」


 恐らく、極東CIAに悟られないようにするにはダグラス・マッカーサー三世が国防長官も兼務している極東米軍ルートでは難しく、軍人一筋だったジョーンズは那覇政府にコネはない。火星研究機構からも極東米露は除名されているので使えない。


 ジョーンズは悩んだ末、横浜に住む知人に会いに行く事を決断するのだった。


          ♰          ♰          ♰


10月2日午前8時30分【神奈川県横浜市神奈川区 NEWイワフネハウス】


「あなた、ジョーンズさんという方が会いたいと玄関にいらしているけど?」


 リビングで火星動物図鑑とにらめっこしていた大月に、玄関のインターホンに出たひかりが声を掛ける。


「む!?その人、大月をアルテミュア大陸上陸艦隊に連れ込んだ司令官よ!」


 衛星ダイモスの宇宙基地から帰って来て、遅い朝食をかきこんでいた美衣子がひかりに忠告する。


「……何ですって?……美衣子さん。台所からお塩持ってきて頂戴!悪鬼を追い払うわよ!」

「……」


 光を失った瞳で命令するひかりに怖くなった美衣子は、コクコクと頷いておとなしく食器棚を漁りはじめる。


「いやいやダメだって!

 向こうも会いたくないのに来てるんだから、何か理由がある筈だよ」

ひかりを必死に宥める大月。


「……美衣子。ジョーンズさんをリビングに案内してきなさい」


 仕方なくジョーンズ少将と会う事にする大月。


 リビングに通されたジョーンズは、大月に会うなり「あの時は申し訳無かった!」

と開口一番で腰を90度に曲げて深く頭を下げて謝罪してきた。


「ええっ!?」


 思わず引いて、一歩後ずさる大月。

 大月の背中に隠れたひかりは、塩の塊をぶちまけようとスタンバイする。


「ちょっ……少将閣下……頭を上げてください!私ももっと事前の情報をよく考えてお伝えすべきだったと後悔しているのです」

大月が応える。


「……失礼ながら閣下は降格されても尚、上陸作戦の副官として再び試練に立ち向かって、上陸作戦を成功させています。あの成功が無ければ、極東アメリカ国民の皆さんの生活は希望が無いものになっていたと思いますよ。ですから、お互いこの話はやめにしましょう……」

ジョーンズに語りかける大月。

 

 大月が穏便に話し掛けた事で、ひかりと美衣子の敵対的態度も和らいでいくのを見た大月は、向かいのソファーへ座るようにジョーンズを促す。


 落ち着いたひかりと美衣子は、黙ってとてとてとキッチンへ移動すると塩入り珈琲を準備し始めるのだった。


「……ジョーンズさん。国家非常事態のご時世に、敵対国家の国民の家まで来るなんて、どうされたのですか?」

ジョーンズが来訪した意図を訊く大月。


「これは辺野古でアース・ガルディア兵士から預かったものだ。……私が那覇に報告出来ない代物だ」


 ジョーンズ少将が大月に小さな巻き紙のようなメモを手渡す。メモに目を通すと、しばらく考える大月。


「このメッセージは、私から内閣官房の岩崎さんに直接渡します。

 進展が有れば、貴方を火星研究機構に個人資格でスカウトするかも知れません。海兵隊から少し離れるかも知れませんが大丈夫ですか?」


 ある程度の予測される未来を告げて確認する大月。


「構わんよ。宇宙国家とやらに迎合する今の那覇DCは狂っている。離れるには良いタイミングだろう」


 きっぱりと言うジョーンズだった。


          ♰          ♰          ♰


10月2日午前9時【東京都千代田区永田町 首相官邸 内閣官房執務室】


「これが例の?」


 大月から手渡されたメモを受け取りながら尋ねる岩崎官房長官。


「はい。ジョーンズ少将はアース・ガルディア兵士から直接手渡された様です」


「この内容だと宇宙艦隊を派遣した政府組織とは別のグループが有ることになりますね」


 メモをざっと読みながら思案する岩崎。


「ここは一つ、ロイド提督のお知恵を借りてみては如何でしょうか?事によっては、新たな外交問題になるやも知れません。関係者を増やしてリスク分散すべきではないかと」

大月が提案する。


「ふむ。市ヶ谷の火星研に連絡しましょう」


 早速市ヶ谷に連絡を入れる岩崎官房長官だった。


 市ケ谷の火星研から首相官邸に呼び出された英国連邦極東軍ロイド提督は、ジョーンズ少将に手渡されたメッセージを読む。


「宇宙国家も一枚岩ではないという事ですな。連絡を取る事に問題ないでしょう」


 接触に問題ないと判断を下すロイド提督。


「ですが、此方からの通信を多用すると、ガルディア政府主流派に感づかれる可能性がありますね」

岩崎官房長官が懸念を示す。


「だが、折角のチャンスかもしれん。欧州救出作戦遂行時に現地で接触してはどうだろう?」

澁澤総理が提案する。


「そうですね。地球は未だ混乱の極みでしょうから出会ってもアース・ガルディアの連中から不審に思われる事は無いでしょう」

賛成するロイド提督。


「では、そういう流れで動くとしよう。大月さん、月面への連絡に協力してもらえないだろうか?」

「わかりました」


 澁澤総理の要請に応える満だった。

 

 NEWイワフネハウスに帰った大月は、リビングでコーヒーゼリーを堪能する美衣子にお土産のシュークリームを渡しながら首相官邸での打ち合わせを伝えるのだった。


「月面に結が着いたら、アース・ガルディアのアメリカ派閥に連絡をとって、地球上で向こうの派閥と会える様に東山さんへ伝えて欲しいな」

通信を頼みこむ大月。


「……もぐもぐ。夕食はひかりのバンバンジーで取引成立よ」


 シュークリームを頬張りながら、頷く美衣子だった。


 夕食後、バンバンジーをお腹いっぱいに堪能した美衣子は、地下研究室に在るマルス通信システムでルンナ=月面へ向かっている結にメッセージを送信するのだった。


          ♰          ♰          ♰


2023年10月3日 【神奈川県横須賀市 在日極東米海軍横須賀司令部】


 岩崎官房長官は極東アメリカ合衆国海兵隊司令官ジョーンズ少将と横須賀のコマンド・ケイプで在日米軍基地の封鎖について協議した。


 日本政府はジョーンズ少将が在日極東米軍基地の全指揮権を持って中立の立場を貫くならば、日本国政府は基地の封鎖を行わないと伝えた。


 軍人と軍属の行動の自由も認める内容であり、自衛隊との共同訓練は部隊単位ならば可能との柔軟な判断を示した。


 ジョーンズ少将は、指揮権は那覇ペンタゴンが持っており、自身では対応が難しいと返答した。


 岩崎官房長官は、アース・ガルディアの講和を主張する米国人派閥とコンタクトが取れたことをジョーンズに伝えた。


「ソーンダイク派閥は現在衛星軌道上の艦隊を派遣した勢力とは違う考えの様ですね?」

岩崎が言った。


 岩崎官房長官は、極東米露を除く列島各国と共同で火星研究機構を拡大し、火星協力機構と組織改編し、在日米軍を火星協力機構軍に再編成して参加させる事を提案してジョーンズ少将の返答を待つこととなった。


          ♰          ♰          ♰


 2023年10月4日、再び東京の首相官邸で澁澤総理大臣とアレクセイエフ司令官は休戦交渉を行った。


 交渉の結果アース・ガルディア国民の避難先として、火星アルテミュア大陸東海岸の人類都市ボレアリフを極東米露とアース・ガルディアの3ヵ国が統治し、日本国と英国連邦極東、ユーロピア共和国、台湾自治区は日本列島へ引き上げる事で合意した。


 極東米露は日本列島との貿易再開を望んだが、日本国および他の列島各国は拒否した。

 こうして極東米露は、アルテミュア大陸で自給自足の国家運営を行う状況に陥るのだった。


          ♰          ♰          ♰


――――――同日夕刻【極東アメリカ合衆国 那覇DC政府庁舎 大統領執務室】


「ジョーンズ少将からの報告では、我が軍部隊を火星協力機構軍として新設される共同軍へ編入してはどうかと日本政府から提案が有ったようです」


 国防長官を兼務する極東CIAのダグラス・マッカーサー三世が、苦虫を噛み潰したような顔でミッチェル大統領に報告した。


「……マッカーサー三世。まだ彼を罷免しなかったのかね?」

渋面で訊くミッチェル大統領。


「たとえ中立と言えども、日本列島への牽制には在日米軍部隊の存在が必要不可欠です。

 ジョーンズ少将は叩き上げのプロ軍人で、政治的野心が無いゆえに将兵の信望も厚いのです。少将の罷免は軍内部の混乱を招きかねません」

マッカーサー三世が答えた。


「アース・ガルディアの強硬派が殆どロシア熊の手先でしかも、穏健派の主流がステイツ出身者とは完全に予想外だったな。

 これでは我が国主導の日本政府転覆計画は無理だ」

落胆するミッチェル大統領。


「戦力的には圧倒する筈でしたが、日本政府は予想外の隠し球を持っていましたね。

 マルス・アカデミーとの交流が非常に上手くいっているのでしょう」

肩を竦めるマッカーサー三世。


「イゴールの誘いに乗ったのは失策だったか……」


 虚しく呟くミッチェル大統領だった。


 沖縄の海へ沈んでいく太陽が肩を落とす二人を寂しく照らすのだった。


【択捉島 極東ロシア連邦首都『イトゥルップ』】


「この期に及んでもはや日本政府に降るのは不可能だ。そんな事をすれば、衛星軌道上の同志に我々は殲滅させられてしまうぞ!」

パノフ大統領は悲壮な覚悟を決めていた。


「那覇のミッチェル大統領とホットラインで協議する。我々は火星大陸に本拠を移すしかないのだ!」


          ♰          ♰          ♰


 2023年10月4日、極東米露はアルテミュア大陸東海岸 人類都市ボレアリフを両国の首都と定め、政府機関、軍司令部の移転を発表した。


 列島各地の在日極東米軍基地や択捉島の駐留部隊にアルテミュア大陸への移動命令が出されたが、応じた部隊は僅かだったという。



――――――


ここまで読んで頂き、ありがとうございましたm(__)m


【このお話の主な登場人物】

・大月 満=総合商社角紅社員。

・西野 ひかり=総合商社角紅社員。社長の孫娘。

・西野 美衣子=日本列島生態環境保護育成プログラム自律進化型人工知能。

・イワフネ=マルス人。地球調査隊長。

・澁澤 太郎=日本国総理大臣。

・岩崎 正宗=内閣官房長官。


・ロイド提督=英国連邦極東軍司令官。中将。

・ジョーンズ=極東アメリカ合衆国海兵隊指揮官。


・ダグラス・マッカーサー三世=極東アメリカ合衆国中央情報局長官。

・ミッチェル=極東アメリカ合衆国大統領。

・パノフ=極東ロシア連邦大統領。

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