第50話 ミーコ&ムスビ
2023年2月頃【東京都千代田区永田町 首相官邸 内閣官房執務室】
とある日の昼下がり、大月と西野ひかり、ゼイエスは岩崎官房長官から首相官邸に呼び出されていた。
「テレビ番組ですか?」
大月が唐突な申し出にハテナと首を傾げる。
「はい。基本的には日本社会の色々な出来事をマルス人の方々に面白おかしくトークして頂く形になります。
たまにアマトハさんやゼイエスさんをお招きして、トークに加わって頂く事も考えています」
岩崎官房長官の隣に座る、東山首相補佐官が言った。
「そしてこの番組を通じて、マルス人の皆様が日本社会へ自然と溶け込めるような雰囲気を醸成する事が目的です」
岩崎官房長官が付け加えた。
「では、美衣子と結がメインとなるでしょう。
……彼女達はこれから大月家の一員として末永くこの国のお世話になるわけですから……」
ゼイエスが答える。
「美衣子ちゃんと結ちゃんの社会勉強になるから面白い企画かもっ!」
西野ひかりも両手をパンと叩いて賛成する。
「……これは録画になりますかね?」
なにやら懸念がある様子の大月。
「出来れば生放送で今の世相についてトークして頂きたいので、そこを何とか……」
東山首相補佐官が拝むように手を合わせて生放送を頼みこむ。
「……ご存知ないかも知れませんが、ウチの美衣子と結は非常に毒舌家ですがよろしいのですね?」
言いにくそうに、大月が最大の懸念事項を告げる。
「問題ありません。
念のため、スタジオでリハーサルをして関係者の皆さんに視ていただいた上で決めてもよろしいですよ?」
あっさりと岩崎官房長官が了承して提案した。
「いいのかなぁ……」
一人不安を抱えながら首相官邸から帰路につく大月だった。
♰ ♰ ♰
NEWイワフネハウスに戻った大月と西野ひかりは、美衣子と結にテレビ出演の話をする。
「私達はテレビ界の"大御所"になるの!」
ダイニングの椅子の上にお行儀悪く立ちあがった美衣子が、フンスと鼻息荒く拳を握りしめる。
「姉様なら大河や朝の連ドラを超えられますわ!私はテレビ業界に「喝!」を入れてみたいわ」
続いて行儀悪く立ち上がった結がぐっと拳を握りしめて決意表明する。
二人とも、何故か視た事も無い筈のテレビ局名を大月が口にすると、喰いつき気味で了承するのだった。
「……えぇ~」
そんな二人を見る大月は悪い予感しかしなかったが、大月の隣に居た西野ひかりはその様子を見てケラケラと笑うだけで、心配していない様子だった。
♰ ♰ ♰
――――――翌日 【東京都渋谷区 NHK第一スタジオ】
大月の不安を余所に夜は明け、渋谷に在る国営放送のスタジオパークで本番形式のリハーサルが遂に行われた。
「それでは早速行きますよ!スタートっ!」
ノリノリのディレクターが合図を出した。
――――――(仮)番組名『ミーコとムスビの時事放談』
美衣子の強い申し出により、彼女が自作したNEWイワフネハウス大月家リビングが再現され、食卓のテーブルで美衣子と結が並んでポタージュスープを啜る場面から始まっていた。
熱々のカボチャポタージュをふうふう冷ましながら、チロチロと長い舌を出しながら味わう美衣子と結。
「今日もひかりのポタージュは絶品だわ」
「まったくです姉様」
「ところで今日は私達でトークをしないといけないらしいわ」
「まあ、どうしましょう姉様」
「何故かテーブルに今日の新聞とネットニュースが表示されたタブレット端末が有るわ」
「定期でベタな展開ですわ。これをネタにするのですか姉様?」
「ムスビ、何処からそんな言葉を覚えてきたのかしら?恐ろしい子」
「そんなに褒められると照れますわ姉様」
「……まあいいわ。まずは新聞からいきましょう」
美衣子がテーブル上に並べてあった新聞各紙を鷹揚な目つきで一瞥するなり、べりべりと片っ端から破り捨てていく。ダイニングの床は破り捨てた新聞紙で埋まっていく。
「紙吹雪は綺麗ですが掃除が大変ですけど、一体どうされたのですか姉様?」
「全部フェイクニュースよ。紙の無駄だわ。後で資源の有効活用について岩崎に文句を言いに行きましょう」
「どうしてフェイクニュースだと分かるのですか姉様?」
「決まっているでしょう」
美衣子が結とお揃いのワンピースを着た胸をとん、と叩いて言った。
「ソースは私よ!」
「……なるほど、納得しましたわ姉様!」
ガツンッと、画面の外で電波な振る舞いをする美衣子を見て気を失いかけた大月が、確認用モニターに頭をぶつけてしまう。
「……お父さん、うるさいわ」
「……お母さんの"夜のしつけ"が今一つですわ姉様」
ドガシャッと、今度はテーブル背後で静かにポタージュスープを作っていた西野ひかりが夜の生活の暴露に動転し、厨房の戸棚に頭をぶつけた音が聞こえてくる。
そんな雑音を二人は無視しつつ、会話を進めていく。スタジオの皆は、頭を抱える大月と西野ひかりを除き、火星人の強烈なキャラクターに魅せられている様だった。
「次のネタを探しましょう。『ねっとにゅーす』を見ては如何ですか姉様」
美衣子と結は、二人並んでテーブルに置かれていたタブレット端末を覗き込む。
「ふぅ……」
画面を一瞥するなり、切なそうにため息をつく美衣子。
「虚しい……」
「……そうですねぇ姉様」
同意する結。
「人間は他人の"つがい"の事を知りたがり過ぎよ……」
美衣子は週刊誌サイトをの芸能人スキャンダルニュースを視ている様だった。
「世の中には知らないほうが良い事もあるわ」
「知る権利が有りますわ姉様」
「……そんなに知りたいなら自分で調べなさいな」
美衣子がタブレット端末に表示された週刊誌記事をスクロールさせながら読み進めつつ毒を吐く。
「あら?澁澤が批判されているわ」
毒を吐きつつ週刊誌記事をスクロールさせ、左翼系新聞社の政権ゴシップを取り上げた記事を興味深げに読む美衣子。
「澁澤しか出来ない仕事を批判するこの記事を書いた人は澁澤よりさぞかし優秀なのでしょうね……」
「『そうりだいじん』とは大変なお仕事ですからね。優秀な人材は国家の財産ですわ。後で澁澤に教えて差し上げましょう姉様」
「少なくとも澁澤は、批判だけしている人より遥かに多くの仕事をしているわ」
続いて、先日行われた大学センター試験の記事を読む美衣子と結。
「……「お受験」なんて、人間は苦行が好きなMなのかしら?」
「そんな"古い"知識を無理矢理覚え込まされるなんて『せんたーしけん』を考えた人は相当な鬼畜野郎ですわ姉様」
文科省の役人が聞いたら激怒するであろう内容を話しつつ、次々と記事を読み進めていく美衣子と結。
「この『ぐるめれぽーと』は素晴らしいわ」
「姉様、結も大トロが食べたいです!」
「はいっ!カーットぉっ!!」
こめかみに青筋を浮かべたディレクターが絶叫する。
ディレクターの表情を見た大月は、この企画は見事にお蔵入りして大月家一同はマスコミに顔出し禁止になるだろうと確信していた。
やがて阿修羅のような表情をしたディレクターが大月に近づくなり、
「素晴らしいっ!新鮮ずぎまずぅっ!」
感動の涙と鼻水をだくだく流してぐしゃぐしゃになった顔で、大月の肩を掴んで美衣子と結を絶賛するディレクター。鼻水が付いて嫌だなぁと心の中でため息をつく大月。
「グズッ!……国営放送の教育番組でありながら、このお堅い殻を吹き飛ばすフリーダムなリアクションと毒舌!
これはもう神番組間違いありません!お二人は遂にチコちゃんやカネオ君を超えたかもしれない……」
「……二人はマルス人の中でも極めて異質です。気紛れで何時どんな放送事故を起こすか、分かったもんじゃありませんけどいいんですか!?」
"こんな内容教育チャンネルで流していいの?"とドン引きしながら突っ込む大月。
「そこが良いのです!
今の"火星日本列島"は先行き不安で、多くの視聴者の皆さんは安心を求めています。
火星人のお二人が、地球人の視点からかけ離れたフリーダム溢れる振舞いをする事で、逆境に置かれた国民の閉塞感を心の底から吹き飛ばしてくれるのです!!」
真面目な顔で太鼓判を押すディレクター。
大月はうーむと首を盛んにひねりながら、ひかりはクスクス笑いながら、美衣子と結を肩車しながら家に帰るのだった。
♰ ♰ ♰
NEWイワフネハウスに帰宅すると、留守電に東山からメッセージが入っていた。
曰く、首相官邸でもリハーサル映像が放送され、内閣官房執務室に居た全員が大爆笑して絶賛していたので是非ともよろしくとの内容だった。
イラッとした大月は美衣子に耳打ちし、その晩帰宅した東山は地下の浴場に入るなり、大分県別府温泉へ片道転送された。
帰宅したイワフネとアマトハ、ゼイエスに美衣子と結のテレビ出演について意見を求めると、
「日本社会に馴染む良い機会です!」
大人?のマルス人二人に快諾されてしまうのだった。
しかし、ゼイエスはテレビ番組に興味を持ち、食事後にそそくさと岬の研究室へ行くのだった。
こうしてマルス人姉妹が出演する番組名『ミーコ&ムスビ』はNHK教育チャンネルで毎週金曜日夕方、ゴールデンタイムに全国放送された。
第1回目は先日のリハーサル収録がそのままノーカットで放送された。
番組終了直後、視聴者からNHKに問い合わせや感想が殺到し、概ね好意的な内容でディレクター以外の番組スタッフと大月は大いに胸を撫で下ろすのだった。
第2回目以降も美衣子と結は番組構成や事前打ち合わせに全く興味を示さず、フリーダムに振る舞いながら、いつの間にか決まっていた全国各地を廻る公開放送を満喫するのだった。
特にゼイエスやアマトハ出演回でのミーコとムスビの"掛け合い"は視聴者の多くを楽しませた。
――――――ミーコ&ムスビ(ゼイエス回)
「今日は私のマスターを紹介するわ」
「姉様マスターですわ」
「マスター、今日も日本は概ね元気よ」
「イワフネはさっきハマチの生け簀に落ちたけど多分元気だわ姉様」
「最近マスターの名前が雑誌で鉄道マイスターに変更されているわ」
「イワフネは交渉スキルが2上がったわ姉様」
「マスター、今日の惑星実験大丈夫かしら?」
「イワフネは海老を育てられるのかしら姉様」
「でもマスター、やっぱり第5惑星のメタンを燃やして太陽にする実験は危ないと思うの」
「イワフネがマニュアル車を運転するのも危ないわ姉様」
「あ、マスター帰っちゃった……」
「お忙しい姉様マスターですわ姉様」
番組終了後、ゼイエスは内緒の実験がバレてアマトハにめちゃめちゃ怒られたという。
――――――ミーコ&ムスビ(アマトハ回)
「今日はマスターの同僚を紹介するわ」
「プロフェッサーアマトハいらっしゃいませ」
「いつもマスターが"やらかして"すいません」
「姉様に頭を下げさせるマスターは鬼畜ですわ」
「違うわムスビ。マスターはこの世の理を探究しているの。だからいろんな事に『ちゃれんじ』するのよ」
「マスターは勇者ですわ姉様」
「勇者は孤独なものよ」
「哀愁を誘いますわ姉様」
「この前もアマトハに怒られて孤独になっていたわ」
「超クールですわ姉様」
「でも直ぐに立ち直ったわ」
「不屈のマスターぱねえですわ姉様」
「今度は第2惑星の熱い地面に氷の彗星を落として雲を作るらしいわ」
「大自然にチャレンジですわ姉様」
「あら、アマトハが帰ってしまったわ」
「鱗の下からでも分かるくらい青筋が出ていたですの姉様……」
オリンポス山研究所にある電磁カタパルトから金星へ向けて冷凍彗星爆弾を発射しようとしていたゼイエスは、アマトハに捕まって罰として信州ニュートリノ研究所の『スーパーカミオカンデ』増強拡張工事を一人で行わされた。
ゼイエスが魔改造したニュートリノ研究所の『ハイパーカミオカンデ』の加速速度は大幅に増加、しばしば反物質や超極小ブラックホール等予想外の現象が観測される等様々な研究が可能となったが、反面、危険で管理が難しい代物となり、学術関係者の間では『火星の火薬庫』とまで言われるようになるのだった。
毎週金曜日のゴールデンタイムに、美衣子と結が日本人とは異なった視点で正直かつ痛烈な毒舌と奔放な会話を繰り広げた番組の視聴率は、国民のNHK離れが指摘されて久しい昨今の認識をひっくり返す、70%という驚異的な視聴率を叩き出した。
反面大月と東山は、毎週土曜日朝に胃腸科に仲良く通うことが多くなったという。
一方、何故だか対抗心を燃やした鉄道ファンのゼイエスは、密かにJR各社と接触、鉄道を使った旅番組に出たいとプロデューサーに『売り込み』をかけるのだった。
JR各社はゼイエスの売り込みを歓迎し、国土交通省と総務省許可のもと、グループ各社持ち回りでゼイエスを全国の鉄道路線旅に招待し、ゼイエスは趣味と鉄道魔改造の実益を兼ねて全国各地を廻る事となった。
ゼイエスの鉄道一人旅は、JRと旅行会社のタイアップで『遠くも行きたい』の番組名で毎週金曜夜に放送され、多くの鉄道ファンが視聴した。
視聴率では『ミーコ&ムスビ』に及ばないものの、コアな熟年視聴者層の熱烈な支持を受け、常に30%台の高視聴率を叩き出すのだった。
後の時代に「マルスアカデミー・インパクト」と呼ばれる第3次バラエティ番組隆盛の時代が到来したのである。
♰ ♰ ♰
――――――【東京都千代田区永田町 首相官邸】
「マルス人融和計画はこれで上手く行くだろう」
総理大臣執務室のテレビで『ミーコ&ムスビ』を視ていた澁澤総理大臣が満足げに頷く。
「……そうですね。予想外の地方旅行ブームでJR各社の収益増加はもちろん、ゼイエスさんのアイデアで赤字路線が見事にリニューアルされ人気が出ています。
地方自治体の観光収支にもプラスの影響を与えている事から、各地の自治体は番組誘致に躍起の様ですな」
笑いを堪えながら岩崎官房長官が応えた。
「……私は毎週こっぴどく野党やマスコミが叩かれるミーコとムスビの番組を絶賛したい。下手な党首討論よりよっぽど素直な政治談義をあの二人はやってくれる」
「今度 蓮ちゃんに埋め合わせしないといけないな」
心の中で野党国対委員長に向け、手を合わせる岩崎官房長官だった。
――――――
ここまで読んで頂き、ありがとうございましたm(__)m
【このお話の主な登場人物】
・大月 満 = 総合商社角紅社員。
・西野 ひかり= 総合商社角紅社員。社長の孫娘。
・西野 美衣子=マルス・アカデミー日本列島生態環境保護育成システム自律進化型人工知能。
・鷹見 結=マルス・アカデミー尖山基地管理修繕人工知能。美衣子によって妹化された。
・ゼイエス=マルス人。好奇心の塊で新技術には興味津々。
・アマトハ=マルス人。ゼイエスの善き理解者。
・東山 龍太郎=西野の大学同期。内閣官房首相補佐官。
・澁澤 太郎=日本国内閣総理大臣。
・岩崎 正宗=日本国内閣官房長官。温和。野党重鎮とも交流している。
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