第49話 人類都市『ボレアリフ』
――――――A-DAY2から1週間後
2023年1月8日午後6時20分【アルテミュア大陸東部ボレアリフ海岸 列島各国連合群 海岸拠点】
「そろそろお出ましの時間だな」
地球よりも遥かに鮮やかな赤い夕日が、砂漠の彼方に沈んでいくのを監視ポストから眺めながら軍曹が呟く。
「軍曹!地震計が微弱な振動を探知。西の砂漠からです。地中レーダーは感無し」
オペレーターが報告する。
「来たな。キャッスル1に連絡だ!司令部にも警報発令を要請しろ」
即座に巨大ワームの襲来と判断した軍曹がてきぱきと指示を出していく。
† † †
――――――【アルテミュア大陸東部ボレアリフ海岸上空35,000フィート上空】
『キャッスル1から作戦参加全機に告ぐ。今夜も踊り足りない客がお出でなさった。支援航空部隊は指定座標へ薪を投下せよ』
日本国航空自衛隊のE-3AセントリーAWACS(早期警戒管制機)で戦域管制官を務める陸上自衛隊准将が、海岸拠点上空で待機中の各国空軍部隊に指示していく。
「こちらラ・セーヌリーダー。了解したわ。指示座標に薪を投下する。各機私に続け!」
ユーロピア自治区首相のジャンヌ・シモン首相操るラファール戦闘機編隊が翼を傾けて下降すると、海岸拠点2Km内陸側の砂漠に『薪』と呼んでいたナパーム弾を投下していく。
ラファール戦闘機から投下されたナパーム弾は夜の帳が降りたばかりの砂漠に着弾すると、高揮発性のパーム油が発火して幅10m、全長300m程の炎の帯を作り出す。其処へ後続のラファール戦闘機が投下したナパーム弾が投下されて炎の帯が太く、長くなっていく。
「ラ・セーヌリーダーからキャッスル1へ。キャンプファイヤー点火完了。プリンス・オブ・ウェールズに帰還する」
『キャッスル1からラ・セーヌリーダーへ。見事なキャンプファイヤーに感謝する。今宵も大勢の客が踊りに来るようだ……。
キャッスル1から海岸拠点の全部隊に告ぐ。所定のキャンプファイヤーに、西の砂漠地帯から巨大ワームと思われる反応が多数接近中。5分後にキャンプファイヤーへ到達する。おもてなしの準備に入れ!』
4分後、海岸拠点からありとあらゆる砲弾が轟音と共に光の尾を引いて宙空に打ち上げられると、ナパーム弾で形成されたキャンプファイヤー目がけ降り注いでいく。
♰ ♰ ♰
列島各国連合軍が火星大地に上陸して10日が過ぎた。最初の1週間は昼夜問わず、大小のワームやサソリモドキが襲来し、兵士達は眠る間も無く装甲車両に籠ってひたすらバルカン砲と火砲を撃ち続けた。
海岸近くの高地に築いた列島連合軍の拠点は周囲約一キロ半あり、拠点のバリケードである強固な防御壁の外には夥しい火星生物の死骸と囮ドローン、防御壁間際まで攻め寄せた巨大ワームが噴射した胃液で溶けた兵員輸送車と搭乗員の残骸が収容もままならずに散乱していた。
この3日間は火星由来生物の襲撃が途絶え、拠点周辺に設置した地中探査レーダーも、地面の下から近づく巨大ワームを捉える事は無かった。
ボレアリフ平原上空を旋回する極東米空軍の早期警戒機も地上監視を続けていたが、サソリモドキの群れや巨大ワームの活動等は観測されなかった。
日本本土横浜のNEWイワフネハウス駐在マルスアカデミー大使館からも、上陸拠点周囲10Kmに火星生物は居ない、と大使のアマトハからロイド提督に報告が来ていた。
上陸作戦司令部が置かれている空母『セオドア・ルーズベルト』のブリーフィングルームでロイド提督は、火星生物の殲滅を続行する一方、本格的な上陸拠点拡大に取り掛かる事を各部隊長の前で宣言した。
上陸艦隊の遥か後方で待機していた列島各国輸送船団とドック船やチャーターされた民間コンテナ船が続々とボレアリフ海岸に到着し、ボレアリフ海岸拠点に駐留する兵士の宿舎、滑走路、シェルター式格納庫、管制塔、衛星打ち上げ施設、地下司令部、補給倉庫、採取鉱物精製プラント、軍港、長期滞在施設を短期間で次々と建設していった。
各施設の建設期間中ボレアリフ海岸沖では、極東各国海軍哨戒部隊による徹底的な巨大ワーム『狩り』や、海岸拠点滑走路から各国空軍が核兵器を除く全ての爆弾を使用して拠点から20km圏内に存在する全ての敵対的火星生物をターゲットにした空爆が連日連夜行われた。
♰ ♰ ♰
――――――A-DAY2から3週間後
2023年1月21日【アルテミュア大陸 『人類都市ボレアリフ』】
拡大増設された海岸拠点の人口は、極東各国駐留部隊と軍人の家族、設備保守点検を行う軍属やプラントで働く作業員とその家族等合わせて20万人にまで膨らみ、地方都市に匹敵する規模にまで発展した。
火星研究機構と列島各国政府はこの海岸拠点を、人類が築いた火星最初の都市『人類都市ボレアリフ』と命名した。
人類都市ボレアリフを拠点として火星研究機構が組織した内陸資源採掘チームがボレアリフ平原に進出し、強力な極東ロシア連邦陸軍護衛部隊と極東アメリカ空軍ボレアリフ駐留部隊の援護を受けながら鉱物資源の採掘を開始、ボレアリフ港から列島各国へ『輸出』した。
ボレアリフ都市郊外では、大月が極東米露艦隊に積んで持ち込もうとした作物が栽培され、順調に生育していた。
軍港のすぐ脇にある角紅商事が設置した生け簀では、岬教授と春日が育てた『火星シュリンプ(火星海老)』や牡蠣などが移されてほぼ予想通りに成長していった。
イワフネと春日は連日、岬教授と共に養殖設備の拡充に力を注いだ。
都市機能の運営が軌道に乗って一月が過ぎ、日本国政府は人類都市ボレアリフの行政サービスを日本人以外の職員に引き継がせて英国連邦極東、ユーロピア自治区出身者が大半を占めるようになった段階で派遣していた日本国政府職員を帰還させた。
澁澤首相は列島各国首脳と協議し、人類都市ボレアリフを極東米露、英国連邦極東、ユーロピア自治区で管理運営する事を提案し、各国の同意を得た。
同時に人類都市を始めとする生存圏拡大を見越して、ユーロピア自治区を独立国家として昇格させる事でも各国の了承を得た。『ユーロピア共和国』初代首相には、自治区代表だったジャンヌ・シモンが火星初の女性首相として就任した。
日本国政府としては、国内で避難生活を強いられてきた列島各国の国民が火星大地を第2の故郷として安心して定住出来るように支援を続ける意向を持っていた。
人類都市ボレアリフは極東各国からの移住者により各国毎の区画が自然と誕生し、ボレアリフ都市中心部が日本を除く列島4ヵ国の共同統治、都市郊外区画を各国が各々の『領土』として開発、拡大されていった。
また、日本国政府は国家非常事態宣言時より閉鎖していた外国為替市場を、取引額の上限を設定しつつ再開させた。
対象通貨は日本円、極東ポンド、ユーロピアユーロ、極東ドル、極東ルーブルである。
火星アルテミュア大陸ボレアリフでの取引が、各国に拡大する事を見越した措置である。
♰ ♰ ♰
ある日、澁澤は横浜中華街にある台湾自治区の庁舎を訪問し、王代表と会談した。
「王代表。ユーロピア自治区が国家へと昇格した今、台湾の方々も国家建設に動くのではないのですか?」
澁澤が尋ねる。
「澁澤首相、北京の共産主義者どもが巣食う大陸からの脅威が無くなった現在、我々は国家としての体裁よりも広大な火星大地の開発と貴国との商売拡大に興味があります。
台湾人コミュニティは充分日本の皆様に良くして頂いており、感謝しきれません。
我々は既に日本国の一員であり、地方自治体に一つで構わないと思うくらいです」
王代表は、在日台湾人の声を伝えた。
澁澤は王代表の意向を尊重し、引き続き台湾自治区として自治独立を認めると同時に、自衛隊入隊や地方公務員としての採用を認める方針を打ち出した。
勿論、納税を含む日本国各種法律の遵守が前提条件であり、年金は納付実績に応じた物になる。
台湾人の多くは、日本国民とほぼ同じ扱いを受けることを歓迎した。
また、人類都市ボレアリフの台湾自治区は、アジアンエリアと呼ばれて異国情緒溢れる街並みを日本本土のみならず列島各国から観光客が大挙して訪問し、活況を呈するのだった。
――――――
ここまで読んで頂き、ありがとうございましたm(__)m
【このお話の登場人物】
・ジャンヌ・シモン=ユーロピア自治区首相。戦闘機も操る。
・澁澤 太郎=日本国内閣総理大臣。
・王=台湾自治区代表。
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