第46話 テレのちデレ

2022年11月2日【富山県立山市 尖山 マルス・アカデミー尖山基地】


 巨大ワームの襲撃の際、全身をワームの胃酸で焼かれた大月の治療が尖山マルス基地で始まって一ヶ月が経とうとしていた。


 大月の感覚的には目覚めて10日程だが、失われた皮膚を培養する溶液に満たされた治療用カプセルの中で24時間漂っている為に時間感覚が曖昧になっていた。


 そんな溶液漬けとなった大月に朝から晩まで付き添う西野ひかりは、治療用カプセルの傍で大月と色々な話しをする機会を得ていた。

 大月は溶液に満たされた治療用カプセルの中でも多少の発声が可能な機器を喉に付け、カプセル外の音は頭蓋骨に音振動を伝える機器を利用して聴こえる様にすることで、西野ひかりや美衣子と一日中会話する事が出来た。


 朝晩の定期診察と検温で岬渚紗博士が病室を訪れる以外は、大月と西野は二人きりであり、40歳代後半になって到来した人生最初で最後かもしれない幸せな時間の只中に居る事を実感する大月は大変照れてしまうのだが、治療用カプセルの中でプカプカ漂うだけの日々は、自然と人恋しくなり、思うまま、とりとめなく、西野ひかりと話し続けるのだった。


 話の内容はどれもとりとめもない雑談だったが、そんな雑談でも気さくに付き合ってくれる西野ひかりが大月にはとても新鮮で愛しく思えるのだった。


 そんな日々が続くある日の昼下がりに西野は、「ミーコ」こと『西野 美衣子』を大月に紹介した。

 西野ひかりと『ミーコ』が巨大ワームに吸い込まれた大月を救出する為に奮闘し、決定的な役割を果たした事は、東山首相補佐官と岩崎官房長官から、大月に伝えられていた。


「……初めまして美衣子さん。助けてくれてありがとう。

 ひかりさんも、今さらでごめんなさいだけど。本当にありがとう……」


 大月の感謝の言葉を聞き、頬に手を当てて喜びに身体を悶えさせる西野ひかり。


 そして、身体を悶えさせる西野ひかりの隣に立っていた爬虫類人類の少女がとてとてと歩み出ると、治療用カプセルの大月に向けぺこりとお辞儀する。


「……よろしくね『お父さん』」


 父と呼ばれた大月は「あれぇぇ!?」と思ったが、続いて彼女が


「貴方の存在がひかりを助け、彼女の強烈な想いが私を誕生させたのよ……。

 ひかりが貴方の事を強く念じ想わなければ、私は今も機械の中に閉じ籠ったままだったかも知れない……だから貴方の事は『お父さん』、と呼ばせて貰うわ」


 滑らかな白銀の鱗に覆われた華奢な身体の上体をフンスと張り、鼻息荒く美衣子が宣言する。


 突然子供(自称)が出来た大月は、「まだ結婚してもいないのに子持ち!?」と焦る。

 しかし「後先なんか些細な問題です!」とプンスカと大月を睨む西野ひかりに気圧されて口を噤むしかなかった。


 大月はプンスカハアハアと頬を上気させて睨む西野ひかりの背後に、何故か夜叉の幻を一瞬見たような気分になった。


「……うん……分かった。美衣子、これからよろしくね」


 いろいろ諦めた様な、それでいてどこか嬉しそうに微笑む大月だった。


「大月は理解が早くて助かる」

満足そうな美衣子。


 西野ひかりと一日中会話する中で大月は、物心ついた頃から面倒事ばかり起こす悩ましかった父親と、父に逆らえない母親、父親の経済的苦境のせいで思わぬ苦労をした学生時代、ようやく就職したものの報われない仕事を最近まで続けた結果、纏わりつく呪縛は彼の精神を深く蝕んでいる事を隠さずに打ち明けたのだった。


 そんな大月のカミングアウトを聴くひかりは茶化したりも軽蔑したりもせず、真面目に聴き続けるのだった。


 そして大月のカミングアウトを受けたひかり自身も、震災で家族を失って祖父に引き取られた事、自信家だが帰国子女故に日本での社会常識に馴染めず、意外とボッチである事を正直に告白するのだった。


 大月自身あの震災を経験していたし、自身の歪んだ性格が他者から白眼視されていることも経験済だった為、何度も頷きながらひかりの話を聴いていた。


 そんなある日、大月はひかりとこんな会話を繰り広げる。


「俺は稼ぎも少ないし、こんな歳だからこれ以上は偉くなれないよ?」

ぼそっと大月が呟く。


「私が稼いで"あなた"を偉くして見せます!」

自信たっぷりに言い切るひかり。


「……逆玉とか望まないよ?」


 西野ひかりの漢前なセリフを聴き、むず痒くなった大月が一応抵抗を試みる。


「"あなた"はあなたにしか出来ない仕事を頑張ってくださいな。私だけはちゃんとあなたを見ていますから」


「……俺はまだ何か出来るのだろうか?」


「焦らず一緒に探しましょう」


「……俺は結構ヤキモチ焼きなんだけど?」


「奇遇ね。私もよ?」


「そこまで尽くしてくれてもリターンは少ないよ?」


「足りない分は "これからのあなたの人生" で払ってくださいな」


「……出世払いだと割りが合わないと思うけど?」


「ふふ……お釣りが沢山来る予感がしますよぉ」

微笑みながら答えるひかり。


「……やっと年貢の納め時に気がついたのですねぇ」


 甘い声を出しながら、大月を人生のコーナーまで追い詰めるひかり。


「年貢の一括払いは無理だ。"一生払い"にしてくれ!」


「ホントしょうがない方ですねぇ……」


 嬉し涙を堪えながら満面の笑みで大月のカプセルにそっと口づけをするひかり。


 美衣子は一連のやり取りを、ひかりの後ろからじっと見ていた。

 そして二人に気付かれないように離れると、そっと治療室を出るのだった。


          ♰          ♰          ♰    


 たまたまその日、大月の見舞いに来た同僚の春日は、大月の治療に携わる東南海大学海洋学部の岬教授と話す機会が有った。


「―――以前、イワフネさんに連れてもらって火星の海を見たのですけどね」


 春日が話し始めると岬の瞳がキラリと光り、かぶり付くように聞き入る。


「ほほぉー。海の色が薄いと?」

岬が尋ねる。


「……ええ、イワフネさんはまだ多様な微生物が少ないからだと言っていましたね。でも、海老とかは養殖出来るかも知れませんよ?有機質の成分やプランクトンを食べますから……」

答える春日。


「火星の海はこれからですよ!

 直接行けたらとっても嬉しいんですが……でも巨大ワームや猛毒サソリモドキがいますからねぇ……」

春日の声が落ち込む。


「後は、陸上の動物?いえ、昆虫でしょうかね?サソリモドキはときめかないのです」


 よく分からない動物愛の性癖を持つ春日がうんざりした顔をする。



「素晴らしいっ!春日さん!火星の生き物についてもっともっと教えて下さい!」


 うんうん任せて!と言わんばかりに春日に食い付く岬だ。


 春日はしまった!と思ったが、海洋生物スペシャリストと話す良い機会だと思い、その日は遅くまで岬と語り合うのだった。


 その日を境に、大月の見舞いに春日が訪れるとその後は岬にせがまれるまま、火星海洋生物の話題で盛り上がる機会が多くなった。

 春日から見れば同年代の女性であり、好奇心旺盛で飾らない性格の岬渚紗に好感を持った様だった。


――――――


ここまで読んで頂き、ありがとうございましたm(__)m


【このお話の主な登場人物】


・大月 満 = 総合商社角紅社員。

・西野 ひかり= 総合商社角紅社員。社長の孫娘。

・ミーコ(西野美衣子)=日本列島生態環境保護育成プログラム。自律進化型人工知能。思念体、クローン体、自由に入れ替わる事が出来る。

・春日 洋一= 20代前半。総合商社角紅若手社員。魚捌きは上手い。

・岬 渚砂=東南海大学海洋学部教授。

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