第45話 火星研究機構

2022年11月1日【東京都千代田区市ケ谷 防衛省内】


 北海道稚内市が火星巨大ワームの襲撃を受け、300人以上の市民が犠牲となった事で、火星巨大生物の日本本土襲撃に恐怖した日本国民は、火星危険生物の積極的排除を澁澤政権に対して声高に求め始めた。


 世論に対応する為日本国政府は、英国連邦極東自治区、極東アメリカ合衆国、極東ロシア連邦と共に日英火星生物研究所を、列島諸国が参加する『火星研究機構』(本部:市ケ谷防衛省内)に拡大深化させ、マルス文明承継研究と火星生物研究に取り組む事となった。


 火星研究機構の建物は、その研究内容と万一、未知の火星微生物がもたらすバイオハザードに備えて防衛省中庭の即席ワーム研究所を改増築し、中庭部分に窓のない高層ビルディングが誕生する事となった。


 高層ビルディングは、四周を囲む防衛省建物とは隔絶された構造となっており、出入口も地下鉄市ケ谷駅から離れた地下特別ホームから防衛省敷地内地下へ直通していた。

 

 その研究機構の会議では、早速先月発生した米露連合艦隊襲撃や市ヶ谷の悪夢、北海道稚内市が巨大ワームに襲撃された事案が分析の対象として取り上げられた。


「先月、都内市ケ谷と北海道稚内に上陸した巨大ワームは、マルス・アカデミー側開示データによりますと、短時間の水中活動が可能との事でした。しかし、今回の件を見ると明らかに長時間水中活動可能な体質に変化していました。

 これは、火星原住生物が環境激変に柔軟な適応力を持つ事を意味します」


 マルス文明尖山基地から参加していた岬教授が指摘する。


「巨大ワームの生態、生い立ちと繁殖形態まで調べる必要があるでしょう。

 火星には、巨大ワームの他、オオトカゲ、サソリモドキもいるようです。

 火星大地に広がる特殊な生態系を解明しない限り、巨大ワームの生態まで辿り着けないでしょう」


 火星研究機構生物研究局長に就任した東南海大学の大鳥教授がかつての同僚だった岬の説明に見解を付け加える。


「北海道稚内市と都内市ヶ谷で自衛隊が迎撃した巨大ワームの戦闘記録を分析すると、巨大ワームには30㎜以上の重機関砲弾やロケット弾、対戦車ミサイルを背後から一斉に撃ち込むのが有効です。精密誘導爆弾と火砲による集中砲撃も有効です。

 注意すべきは、近接戦闘時にワーム頭頂部から噴射される酸性体液と、巨大掃除機のような強力な吸引力、艦船を海に引きずり込む締め付けです」

戦術作戦局長を務める事となった英国連邦極東軍ロイド少将が説明した。


「日本列島内で備蓄されている物資に限りがある以上、火星新天地への進出は避けて通れない選択肢となるでしょう。

 尊い犠牲を払って入手した情報を元に、我々列島人類が再度、アルテミュア大陸上陸と、入植後の防衛に万全を期すために対策を検討しましょう」


 元自衛隊即応部隊出身の石原統括理事が会議の参加者に呼び掛けた。


 生物研究局は火星生物の生態系を分析、脅威となる生物を特定する。


 戦術作戦局は火星生物の特徴を手掛かりに、現有戦力での対策を練る。


 統括理事会では、各部署の報告を基に火星新天地での有効な上陸、対巨大生物防御作戦を策定する。


 各部署の目標はシンプルに設定されており、列島各国方針の微妙な違いは有れど、あらゆる状況に対応出来るように、幾通りもの戦略プランを立案する事となっていた。


 また、列島人類へのアドバイザーとして、マルス・アカデミーのゼイエスが技術的助言を、イワフネはアカデミーが所有するアダムスキー型連絡挺を使った火星新天地での実験や情報収集を手助けする事となった。


          ♰          ♰          ♰


―――同年11月10日午前2時【東京都新宿区市ヶ谷 火星研究機構 戦術作戦局 戦略シミレーション室】


 薄暗い戦術作戦局の仮想CIC(戦闘管制室)で幾人もの列島各国将校と学術研究者が緊張した表情で壁面の作戦進行パネルを見つめていた。


「上陸作戦開始!」


 ロイド中将が幾度目になるのか数えるのも面倒になったシミレーションの開始を告げる。


「艦隊がアルテミュア大陸ボレアリフ海岸まで50kmに到達!」

戦術管制官がカウントする。


「『いずも』から直援のF35を出せ!

 潜水艦『ジェファーソンシティ』、『サンタフェ』艦隊正面に魚雷発射!15秒後起爆で信管セット!」


「艦隊外周護衛艦は全艦ソナー使用。対潜ヘリは艦隊側面に展開、発熱ポッド付き爆雷投下!」


「アパッチ戦闘ヘリは対潜ヘリの援護に回れ、各自接触に注意して距離を取れ!」


「先行偵察飛行中の電子戦闘機より入電『上陸予定地点地下に巨大ワームと思われる複数の生体反応を探知』」


「地上制圧攻撃部隊発艦!

 予定上陸地点にMOAB(大規模爆風爆弾)投射だ!急げ!」

ジョーンズ少将が指示する。


「海底から爆発音!

 艦隊中央、『ルーズベルト』両弦海底深度700mからワーム2体出現!」

岬教授が報告する。


「全護衛艦対潜戦闘開始!

 アスロック(対潜水艦魚雷)初源策定『ルーズベルト』左右投射!」


「各艦に搭乗している海兵隊員はジャベリンミサイル装備の上、防護服着用して甲板で臨戦態勢を取れ!重機関砲も発砲を許可する!

 全艦オール・ウェポン・フリー!」


「更に4体が艦隊側面に出現!発熱ポッド投下中の対潜ヘリを直撃!」


「先に探知したワーム2体が海面到達。『ルーズベルト』飛行甲板に侵入!カタパルト破損!火災発生。航空機離着艦不可能!」


「側面展開中のヘリ、ワームに全機喰われました・・・」


「『ルーズベルト』後部スクリューに別の巨大ワームが接触!操舵不能!」


「『いずも』アイランドがワームに喰われました!

 火災発生、操舵不能!」


「第1次航空攻撃隊が上陸地点にMOAB集中投射。上陸地点地下のワーム反応消失!」


「いけませんな……ここまでにしましょう」


 ロイド中将がジョーンズ少将にシミレーションの停止を告げる。


「主力空母が機能不全になった段階で上陸作戦は失敗です……。

ワーム出現をもっと早めに探知せねば、不意打ちを喰らうばかりですな……」

項垂れるジョーンズ少将。


「中将、ワームは原子炉等高熱源に反応します。

 潜水艦から発熱ポッド搭載ドローンを電子戦闘機のように、事前に艦隊正面に発進させて囮にしては如何でしょうか?」

大鳥教授が提案した。


「ヘリは確かにワーム対策に有効ですが、真下から喰われては元も子も有りません。ヘリ高度は100m以上にして、エンジンの熱源反応を薄めて高速で移動させましょう。

 それと、発熱ポッドを吊るすよりもデコイをばら蒔いて艦隊側面から引き離すように誘導するのも1案かと考えますが?」

岬教授も提案した。


「ありがとうミスター・オオトリにミス・ミサキ。

 お前達!プロフェッショナルの我々がアイデアを絞らんでどうする!恥ずかしいと思わんのか!」


 ジョーンズ少将が海兵隊幕僚達を一喝し、表情を引き締める海兵隊幕僚。


「中将。先程の艦隊外周ソナー対応と、航空機によるMOAB弾頭の海岸地下への使用は適切だと思います」

ロイド中将が評価した。


「ロイド中将、お気遣いは結構です。我々は1度敗北しているのだ……。

 もっと損害を減らして敵を殲滅しないと無為に亡くなった海兵達へ申し訳が立たん」


 海図とアルテミュア大陸の地図を睨むジョーンズ少将。


 その日も、戦術作戦局のシミレーション演習は明け方まで繰り返されるのだった。



――――――

ここまで読んで頂きありがとうございましたm(__)m


【このお話の登場人物】


・岬 渚砂=東南海大学海洋学部教授。

・大鳥=火星研究機構生物研究局長。東南海大学海洋学部教授。

・石原=火星研究機構統括理事。「尖山事件」の際、自衛隊統合任務部隊を指揮していた。


・ロイド・サー・ランカスター=火星研究機構戦術作戦局長。英国連邦極東軍司令。中将に昇進した。

・ジョーンズ=極東アメリカ合衆国海兵隊司令官。アルテミュア大陸上陸作戦の失敗により、中将から少将へと降格された。

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