第44話 稚内の惨劇

2022年1月22日午後4時20分【北海道 稚内市沖の宗谷湾上空10000m】


『巨大ワームは宗谷湾から富岡、声問間の砂浜から国道238号線に上陸します』


 RF4E偵察機から任務を引き継いだボーイングE3A セントリーAWACS(早期警戒機)が宗谷湾上空を旋回していた。

 4基のエンジンを備えたジャンボジェット旅客機の背中に巨大な円盤の様なレーダーを装備したこのAWACSは、高価な為、日本国航空自衛隊で保有している機体は4機のみの貴重な存在である。


 地上では、市ヶ谷防衛省から緊急出動を命じられた稚内駐屯地の陸上自衛隊第2師団第2 特科連隊の99式155㎜自走砲が国道40号線を南下し、稚内市街に向かっており、既に稚内市街は第2特科連隊が保有する火砲の射程範囲に入っていた。


 AWACSが飛ぶ空域下層では、青森県三沢基地の極東米空軍F16攻撃機20機、空自のF2支援戦闘機20機が精密誘導爆弾を搭載して到着しており、稚内市上空を旋回していた。


 低空飛行の軍用機の轟音など滅多に聞かない多くの稚内市民が何事かと建物の外へ飛び出して上空を見上げはじめていた。


          ♰          ♰          ♰


 HBCテレビ稚内放送局の吉田記者は、建物の窓ガラスをビリビリと振動させながら爆音を轟かせて市街地上空を旋回する大規模な戦闘機編隊と、目の前の国道40号線を続々と南下する陸自の自走砲車列を見ると、慌ててカメラマンを連れて局を飛び出した。


「近くで何か戦闘でも始まるのか?」

先程鳴り響いたJアラートは先日の北海道沖で米露艦隊が火星生物に襲撃された事件と関係があるのだろうか?と彼は思っていた。


 吉田はカメラマンと共に、近くの路上で戦闘機を眺める為に停車していたタクシーを捕まえると、自走砲車列を警護する自衛隊野戦憲兵の高機動車を邪魔しないよう自走砲の後ろに続くのだった。


 沿道には空から轟く爆音に驚いて家から飛び出した市民が、目の前の道路を巨大な軍用車両が延々と通り過ぎる光景を目の当たりにして二重に驚愕していた。


 この期に及んでも火星生物の襲来だと認識していた市民は居らず、対馬事変で逃亡中の中国・朝鮮系武装勢力を自衛隊が追跡しているのだと勘違いする者も居る程だった。


 不幸なことに、稚内市は少子化と過疎化が進んで深刻な財政難に陥っており、防災無線とJアラートの連動と保守点検に充分な予算を充てていなかった。この為、北海道知事の緊急防災無線も稚内市には伝わっていなかった。


          ♰          ♰          ♰


――――――【北海道 稚内市沖の宗谷湾上空10000m】


 AWACS(早期警戒管制機)に搭乗していた戦域管制官が、混成迎撃部隊の指揮を執るべく、統合任務部隊用の通信回線を開く。


『こちらオオタカ、ワームの動きはこちらで把握している。目標は時速60kmで稚内市街に侵攻中。全部隊はこちらの指示に従って攻撃を行え。奴は熱源に惹かれる。口から強力な酸性の胃液を噴射する。

 注意せよ!各員、絶対に車外に出るな!溶けて死ぬぞ!』

コードネーム「オオタカ」を名乗る戦域管制官が各部隊に警告する。


『オオタカ、了解した。こちら2連隊特科。配置に着いた!』

155mm自走砲部隊から報告が入る。


『トール1、ホーク1、稚内市上空に到達。旋回して待機中』

空自と極東米軍からも報告が入る。


 稚内市街は空陸共に巨大ワームを迎え撃つ準備を整えていた。


          ♰          ♰          ♰


 吉田の乗ったタクシーは、側道を使って陸自の自走砲を追い越して南稚内駅前まで来たが、規制線を張った消防と警察にタクシーを停められ、避難指示を受けてタクシーから降りると市民と共に駅舎内に向かった。


 駅舎内は既に数百人の避難列車を待つ市民で溢れ返っており、吉田達は駅前広場で待機するしかなかった。


 吉田は駅前の人混みから離れると、地響きのような揺れを足元に感じた。

 荻見地区辺りか?

 吉田はカメラマンの肩を叩いて駅の南東を映すよう指示する。


          ♰          ♰          ♰


 その頃、上空のAWACSでは、戦域管制官が攻撃命令を出そうとしていた。


『こちらオオタカ、攻撃ポイントを各部隊に送信。直ちに確認せよ!』


『攻撃はなるべく一斉射撃、編隊単位での爆弾集中投下で行う。面制圧を考えろ!』


 夕暮れの稚内市郊外の砂浜に上陸した巨大ワームは、勢いを落とすことなく国道238号線を滑るように移動し、稚内市街に向けて北上していく。


 戦域管制官は地上照射レーダーと赤外線センサーでワームをターゲットスコープに見据えながら攻撃のカウントダウンを始めた。


 『攻撃カウントダウン!5、4、3、2、1、撃てぇー!』


 上空を旋回していた戦闘攻撃機から対地ミサイルや誘導ロケット弾が一斉に発射され、地上からは稚内市役所周辺に展開していた戦車や火砲がズンズズンと砲撃を開始する。

 直前になって、巨大ワームが接近中と知らされ慌てて避難した住居の窓ガラスが激しい砲撃に伴う衝撃波で一斉に粉砕されてガラス片が飛び散る。


 萩見交差点に通り掛かった所で巨大ワームは、空中と地上から同時に放たれた砲弾とミサイル攻撃の嵐に巻き込まれた。

 激しい砲爆撃は30秒程続き、交差点から大きな爆炎ときのこ雲が立ち昇っていく。


 南東の方角から飛来する戦闘機の編隊から放たれた爆弾やロケット弾が地上に着弾して猛烈な爆炎が上がったのを吉田率いるカメラクルーはしっかりと撮影していた。

 同時に足元から、何とも言えない不気味な地響きが次第に大きくなって伝わって来る。


 暫くして宗谷湾から吹き付ける北風で爆炎と煙が流されると、明らかに手負いの巨大ワームが交差点周囲の建物を薙ぎ倒しながらのたうち回っていた。

 しかし、過酷な火星環境で鍛えられてきた強靭な生命力は未だ健在であり、目前に迫った獲物に喰らいつかんと、もがきながら稚内市街へずるずると動き続ける。


 南稚内駅前で撮影していた吉田達のカメラには、ズームレンズで捉えるまでもなく、眼前に迫る巨大ワームの不気味な姿が映し出されていた。


「・・・何の冗談だよ。これは、ーー」

余りにも非現実的な光景に茫然と立ち竦む吉田達。


『第2射攻撃ポイント送信!カウントダウン!5、4、3、2、1、撃ぇー!』


 上空のAWACSから、立ち直る隙を与えまいと戦域管制官が再び攻撃命令を下す。


 交差点から国道40号線を北上した所で巨大ワームは再度爆発の嵐に包まれたが、僅かな瞬間、鎌首をもたげた巨大ワームの口から強力な酸性胃液が稚内市街に向けてブシャッとゴムホースから飛び散る水の様に盛大に噴射された。


 巨大ワームの酸性胃液は宗谷湾から強く吹き付ける北風に乗って広範囲に拡散すると、稚内市街手前に在る宗谷本線南稚内駅周辺に滝の如く降り注いだ。


 南稚内駅前広場で列車を待っていた市民数百人が、上空から唐突に降り注がれた巨大ワームの強酸性胃酸を被り、肌に刺すような痛みを感じると同時に全身が巨大ワーム特有の毒物で麻痺してその場で倒れ伏すと、胃酸に触れた箇所から全身に侵蝕が及ぶと氷が溶ける様に短時間で溶解していった。


 最後の一撃を放った巨大ワームは、直後に砲爆撃の嵐で巨体をズタズタに引き千切られて稚内市街手前に骸を晒すのだった。


 この稚内市街地での巨大ワーム迎撃戦に於ける犠牲者は467名に上り、大半は避難が遅れた稚内市民と避難誘導にあたった地元警察・消防隊員だった。


 巨大ワームを目の当たりにした吉田達HBCテレビのクルーは、金縛りの様に立ち竦んでいた所を巨大ワームの胃酸を全身に被り、撮影カメラを遺したまま全員がその場で溶解して死亡していた。


 後日、現場に遺された吉田達テレビクルーのカメラ映像がHBC放送局から親局を通じて全国のお茶の間へ放送され、戦闘の凄まじさと吉田達が降り注いだ巨大ワームの胃液で呆気なく溶けていく最期を視た視聴者は、余りの酷さにテレビの前で顔面蒼白となるのだった。


 史上初となった火星巨大ワームの日本本土襲来と、吉田達が遺した衝撃的な映像により、日本国民の間には火星生物討伐の気運が急速に高まっていくのだった。

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