第43話 悪夢再来

 大月がマルス・アカデミー尖山基地で皮膚の再生治療を始めた日、北海道 北東沖を哨戒していた極東米海軍ロサンゼルス型攻撃原子力潜水艦に、悪夢が取り付いた。


2022年(令和4年)1月22日午後4時 【北海道 稚内市沖 北東150kmのオホーツク海 極東アメリカ合衆国海軍 攻撃型原子力潜水艦『グリーン・ビル』】


 艦内のどこからともなく軋む音と、不規則な振動音に付いたのは、着任間もない艦長だった。


「副長。先程から艦の動きがおかしくないか?」

艦長が副長に尋ねる。


「いえ。小官には何も」

首を捻る副官。


「艦長。本艦の巡航速度が予定より60パ―セント減速しています!」

操舵員が報告した。


「原子炉の故障か?」

副長が訊く。


「機関正常です」

直ぐに機関長が答える。


「浸水でもしているのか?副長!」


 艦長の視線を察した副長が艦内に警報を出す。


『こちら艦長。

 現在本艦は原因不明の減速状態。各部署は異常が無いか確認せよ!』

艦内放送が全艦に響く。


「後部魚雷発射管。魚雷発射口に支障。発射口が開かないぞ!?」

「ダメコン要員は大至急後部へ向かえ!

 横須賀に緊急連絡!深度10、急速浮上!通信アンテナを出せ!」


『何かに巻き付かれた』潜水艦「グリーン・ビル」が浮上を試みる。

 その時『何か』が潜水艦を離れ、南の陸地に向かって泳ぎ始めた。


 浮上途中に突然激しく揺れる『グリーン・ビル』艦内が混乱する。


「操舵手!」

艦長が叫ぶ。


「……未知の海流に接触したかも知れません!」

困惑して答える操舵手。


「被害報告!」「全艦異常無し!」「後部魚雷は?」「故障回復!」


「兎に角、手近な港で艦を調べるぞ!

 横須賀を通じて苫小牧港に緊急寄航要請。訳が分からん!」

艦長が指示を出す。


 失敗に終わったアルテミュア大陸上陸作戦を生き残った『グリーン・ビル』だったが艦長以下、元から居た熟練水兵の大半が損傷した他の主力艦艇を立て直す為に転属となり、在留外国人やミリタリー好きな日本人からなる即席隊員を受け入れたが故に、状況認識に重大な遅れが生じていた。


 結局、突然の異常発生原因を突き止められなかった乗員を乗せた潜水艦は混乱しながら苫小牧港まで浮上航行を続けるのだった。


          ♰          ♰          ♰


―――極東アメリカ合衆国海軍 攻撃型原子力潜水艦『グリーン・ビル』から700m離れた海中。


 海上自衛隊潜水艦『そうりゅう』は、巨大ワームを警戒しながら演習も兼ねて極東米海軍潜水艦を追尾していたが『グリーン・ビル』から離れて陸地に向かう未知の巨大物体をソナー担当が捕捉した。


「これはっ!?」


 ソナー員が艦長の名取大佐を見る。


 発令所正面スクリーンに『グリーン・ビル』から離れて北海道北部へ向かう巨大な『何か』が発するエコーが表示されていた。

 エコーデータを見る限り、明らかに人類の潜航物体ではない。


「エコーをスピーカーに繋げろ」

名取艦長が指示する。


 スピーカーから聴こえるエコーから、金切り声を上げながら獲物を期待する獣の息遣いが聴こえ、発令所に居た全員が、聴き慣れない生物の金切り声を耳にして鳥肌となった。


「……急速浮上!アンテナを出せ!市ヶ谷と横須賀に緊急連絡!」


「北海道が喰われるぞ!」

名取艦長が叫ぶ。


          ♰          ♰          ♰


―――【東京都千代田区市ヶ谷 防衛省地下 総合司令センター】


「准将!潜水艦『そうりゅう』から緊急電!」


 薄暗い総合司令センターで当直任務に就いていた通信オペレーターが、司令に報告する。


『我、巨大生物と遭遇せり。巨大生物は北海道北部に進行中!』


 『そうりゅう』から焦った声音で報告する名取艦長の声が司令センター内に響く。


「まさか!巨大ワーム!?」


 騒めく司令センターの将兵達。将兵達にとって、市ヶ谷の悪夢は記憶に新しい。


「名取君。当直指令の鷹匠だ。北海道に向かったのは巨大ワームなのか?」

『確証は有りません。

 ですが、追尾していた米原潜が巨大生物に一時捕らわれていた模様です。そして、ソナー班が収取した巨大生物のエコーを録音しました』


 司令センター内に、『そうりゅう』が録音した耳障りな生物の金切り声が響きわたり、鷹匠含めた全員が顔を顰める。


「分かった。『そうりゅう』は引き続き現場海域で警戒を続行せよ。後続が来るかもしれん。通信終わり」


 『そうりゅう』と通信を終えた当直司令の鷹匠准将が、大臣官房に繋がる直通電話を取ると受話器に向かって叫ぶ。


「桑田防衛大臣と首相官邸に緊急連絡!東北・北海道にJアラート発令!」


「しかし、極東米軍からまだ連絡が有りません!巨大ワームと確証されるまでは―――」

「構わん!出せ!責任は俺が取る。

 市ヶ谷の悪夢を北海道で再現させてたまるものか!」


 副官を遮って鷹匠が叫ぶ。


 1分後、北海道全域と東北地方沿岸部にJアラートが発令された。


『―――緊急避難指示。

 北海道北東沖で、緊急事態が発生。

 北海道沿岸部、東北地方沿岸部、の住民は、直ちに、指定されたシェルターに避難してください』


 内容が漠然としたJアラートを受信した東北・北海道地方の住民からは、問合せと苦情が防衛省と地方自治体に殺到した。


          ♰          ♰          ♰


―――同時刻【北海道札幌市 北海道庁 知事室】


 マルス・アカデミー技術承継や澁澤政権の国政運営を評価した国民投票後の挨拶で、北海道庁を訪れていた与党自由維新党国会対策委員長の春日陽介は、Jアラートと重厚なサイレンを聴くなり、直ぐにとある連絡先へ電話を掛けた。


「洋一か?おじさんだべ。そっちでもJアラートでとるんか!?」

のんびりとした声で状況確認する春日陽介。


『出てないけど?……まさかっ!?

 ―――叔父さん逃げて!ワームだよ!』


 訝し気な声だった商社員の甥は、何かに気づくと切迫した声音で避難を勧めた。


「ミミズ相手にどこさ逃げるべ?」

『四隅が硬い建物に入って!市ヶ谷の悪夢が再来しちゃうよ!』


 春日陽介国対委員長は甥である春日洋一との電話を切ると、居合わせた北海道知事と党議員団に向けて叫ぶ。


「ミミズさ来るべ!空か、硬い建物に逃げるんだど!」

避難を呼び掛ける春日。


 北海道知事は同じフロアにある放送室へ駆け込むと、自ら防災無線のマイクを握りしめ、


『海から巨大生物が襲ってきます!

 今すぐ硬い建物か、上空高くへ避難してください!』

と声高に繰り返し警告する。


 要領を得ないJアラートの次に、防災無線で知事から巨大生物襲来の警告を聴いた市民達は、しばらく呆けていたが、誰かが呟いた。


「……まさか、ワームが襲いに来るんじゃないか?」


 呟きを聞いた市民は、パニック状態でコンクリートやビルの高層階に駆け込み、中にはヘリポートに向かった者も居たが、直ぐに飛べるヘリ等殆ど無かった。

 地下鉄駅に避難した者も、巨大ワームと聞くなり慌てて地上へ殺到し、階段とエスカレーターで地上から避難してくる者とぶつかって激しい揉み合いになった。


 防衛省本省の緊急命令で航空自衛隊 千歳基地から直ちに、RF4E偵察機とF2支援戦闘機、陸自偵察ヘリがスクランブル発進した。

 陸上自衛隊苫小牧駐屯地からも、AH64アパッチ対戦車ヘリが出動して巨大ワームを血眼になって探し求めるのだった。


          ♰          ♰          ♰


―――【北海道 稚内市北東沖20kmの上空 高度200m】


 最初に巨大ワームを見つけたのは、千歳基地所属のRF4E偵察機だった。

 巨大ワームは細長い巨体を、ヘビのようにくねらせながら稚内市へ真っ直ぐに向かっていた。


「千歳コントロール!こちらフクロウ。

 稚内市北東沖20kmで巨大ワーム発見!真っ直ぐに稚内市に向かっている!」

RF4E偵察機パイロットが報告する。


『こちらコントロール。

 随伴のF2は直ちに目標を撃破せよ!フクロウは奴を捉え続けろ!』


 千歳基地の管制官は市ヶ谷防衛省への通信回線を開いたまま、迎撃の指示を出す。

 偵察機の左右を飛んでいたF2支援戦闘機が即座に海面近くまで降下してワームに向けて20㎜バルカン砲を撃つ。


 巨大ワームは器用に巨体をくねらせると、巧みにF2の弾幕を避けた。


「コントロール!ヨタカ1、巨大ワームは20㎜をあっさり躱したぞ!どうするんだ!?」

困惑するF2パイロット。


『ヨタカ1、2は目標を前後からロケットランチャーで撃て!』

「ラジャ。ヨタカ1が後ろから撃つ!その後にヨタカ2が前から撃て!」


 巨大ワームの背後から、F2支援戦闘機が両翼のロケットランチャーから19連装のロケット弾を発射する。


 鮮やかな火の玉の数発が命中し、苦悶するように身を捩る巨大ワームは後方に頭を向けペッと、口から体液を噴射する。


 巨大ワームが口を開けた瞬間、直感的に危険を感じたヨタカ1が体液を避けて急上昇すると反射的にフレアーを放ち、F2の背後で赤く強く輝く光体が幾つも出現すると、身体を30m程空中まで伸ばした巨大ワームが光体目がけて体液をブベッと噴射する。

 急上昇したF2の高度は200mを超えており、フレアーに引きつけられた巨大ワームの体液を浴びる事は無かった。


 再び稚内市に頭を向けた巨大ワームに向け、F2がロケットランチャーを雨あられと撃ち込んだが、巨大ワームは海中深く潜り込んだ為、巨大な水柱が立ち上るだけで打撃を与えられなかった。


 再び海面近くまで浮上した巨大ワームは、身体をジグザグにくねらせながら稚内市へ向かい続けた。


 巨大ワームは稚内市まで後10キロに迫っていた。


          ♰          ♰          ♰


 市ヶ谷の地下総合司令センターには、首相官邸で極東米露連合艦隊敗北を受けて緊急開催されていた日英2+2で会議中だった桑田防衛大臣と英国連邦極東派遣軍ロイド少将も駆け付けていた。


『こちらヨタカ。バルカンもロケットランチャーも尽きた。帰投する』

F2操縦士の無念そうな声が司令センター内に響く。


「……もはや北海道上陸は避けられんのか」

桑田防衛大臣が観念した表情で呟く。


「大臣。巨大ワームが向かう先には、3万人以上の市民が住む稚内市があるのです!何とか方策を考えましょう」


 当直指令の鷹匠准将が、桑田防衛大臣を叱咤する。


「ミスタークワタ。貴方は畑で毒蛇に出会ったらどうしますか?」


 桑田大臣の隣で状況を見守っていたロイド少将が、唐突に尋ねる。


「それは、手にした鍬で真っ二つでしょうね」

桑田が答える。


「正解ですクワタ。貴方方にはまだ鍬が沢山あるでしょう?陸上にも」

ロイドが頷く。


「……つまり、奴に鉄を落とせと?」

ロイドの示唆を受けた桑田が考える。


「……ふむ。海岸に奴が上陸したら一斉射撃で奴を潰すか」

桑田が呟く。


「習志野と木更津で待機中の陸自対戦車ヘリ部隊を稚内に送れ!」

「三沢の空自は対地爆装出撃!極東米空軍にも応援要請!我々にはピンチに駆け付けるカウボーイが必要だ! 

 これは、日米相互防衛条約第5条に該当すると判断する!」

「陸自第2師団は可能な限り稚内市街に届く砲とミサイルを準備!」

「攻撃タイミングはAWACS(早期警戒管制機)の戦域管制官に計らせろ!」


 思索から戻った桑田が次々と命令し、鷹匠と管制官がテキパキと各所に命令を実行すべく指示を出していく。隣に座るロイド少将もユーロピア自治区から派遣された女性補佐官と打ち合わせをしながら部隊展開の指示を出す。


「最後に、一番重要な事だ。

 稚内海岸付近の市民を内陸部へ避難させろ!急げっ!」


 桑田が叫ぶと、総合司令センター内に居る将兵の動きはピークに達していくのだった。



――――――

ここまで読んで頂き、ありがとうございましたm(__)m


【このお話の登場人物】

・春日 洋一=総合商社角紅社員。

・春日 陽介=与党国会対策委員長。春日洋一の叔父。

・桑田=日本国防衛大臣

・サー・ロイド・ランカスター=英国連邦極東派遣軍司令。少将。

・鷹匠=防衛省総合司令センター当直指揮官。准将。

・名取=海上自衛隊潜水艦『そうりゅう』艦長。大佐。

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