第6話 覚悟

2021年(令和3年)1月3日午前3時【東京都千代田区永田町 首相官邸地下 総合会議室】


 日本列島消滅前の国際情勢に関係なく、お互いが生き延びる為に、情報を共有、協力する事で合意が取れた国のみが参加を許された、合同対策会議が開催された。


 会議室には澁澤首相を始めとする内閣の全閣僚と、各省庁の事務次官、米国、英国、カナダ、オーストラリア、EU、ロシアの駐日大使と駐在武官、各国の日本駐留軍司令官が円卓の形で席に着いた。


 会議は、進行役である内閣官房長官の岩崎が音頭をとって始まった。


「現在、日本列島とその周辺を取り巻く異常事態について、一定の分析結果が出たので報告いたします」


「信じがたい事ですが、私達は北海道択捉島から沖縄与那国島までの日本列島ごと―――領海を含んだ周囲100Km、高度2000Kmの空間ごと、太陽系第4惑星である火星に転移したものとみられます。

 これは、米英海軍、ロシア海軍による海上、海中調査と航空自衛隊偵察機による高高度宇宙撮影映像と各種データ解析の結果として導き出されました」

JAXA理事長の天草が報告すると、会議参加者からため息とどよめきの声が同時に沸き上がった。


「クレイジーだ!火星は人類の生存に適さないとNASAが言っていたのではないのかね!?」

沖縄第3海兵師団司令官のジョーンズ中将が思わず声を張り上げる。


「ミスターアマクサ、周囲100Kmと貴方は言われたが、その先はどうなっているのですか?」

英国極東派遣艦隊司令官のロイド提督が挙手して質問する。


 ロイド提督の隣ではケビン大使がブスッとした表情で、遠慮する事無く葉巻を吸いながら虚空を見つめて思案しており、更にその隣ではEUのジャンヌ大使がケビン大使を横目で睨みながら無言で葉巻の煙から逃れようと身をよじっていた。


「サー、ロイド閣下。100Km先は発生源不明の電磁フィールドに阻まれて観測出来ません。あらゆる物質も、電波やレーザーも電磁フィールドを通過することが出来ませんでした。また、日本列島上空の電離層が非常に不安定な為、衛星を通じたデータの送受信が出来ない状態が続いています」

天草が答えた。


「ジョーンズ中将が仰るとおり、火星本来の環境に晒されたのであれば、私達は既に即死しているでしょう」

岩崎官房長官が発言する。


「現に、日本列島高空を飛行していた国際線旅客機の乗員乗客が多数、有害宇宙線による急性放射線被曝をしており、複数の旅客機が制御不能となって我が国に墜落しております。

 この情報を収集した我が国の偵察機パイロットも、致死量に近い宇宙線を浴びて被曝、現在意識不明の重体です」

桑田防衛大臣が苦渋の表情で報告する。


「……取り乱して申し訳ない。被爆された方々に心からお見舞い申し上げる」

ジョーンズ中将が神妙な顔で天草に目礼した。


 天草は頷いて謝罪を受け入れると、説明を再開した。


「しかし、私達はまだ、"生きて"います。これは私達の生存環境が、電磁フィールドで維持されているからだと推測されます。今の私達は、1つのバイオスフィア"独立した生態系"の中で生きているのです」


 天草の説明を受ける会議参加者達は、奇想天外な状況に絶句するしかなかった。


 JAXAの天草理事長を皮切りに、防衛省、在日米軍、英国連邦極東派遣軍、ロシア極東軍管区から、天草の分析を裏付ける内容の報告が続き、会議参加者は国内外の出身を問わず、自分達が悪夢を見ているのではないかと錯覚しそうになる程だった。


 しかし、1億2000万人を超える国民と、在日米軍を始めとする各国駐留軍、訪日旅行者、外交官やその家族など、数十万人規模の居留者が日本列島には存在しており、会議参加者に現実逃避する暇など無かった。


 内閣総理大臣の澁澤太郎が円卓の座席から立ち上がると、重みのある声音で会議参加者に呼び掛けた。


「日本国首相として、無策でこの異常事態に身を委ねる事などあり得ません!

 我が国は座して死を待つ事を断固拒否いたします!

 我が国は、いかなる災厄が降りかかろうとも、諦めずにこの異常事態へ毅然と立ち向かう覚悟です。

 我が国が核の惨禍で消滅する寸前まで、此処に踏み留まって下さった各国の皆様に応える為にも、我が国は国家が持つ全ての資源を、我が国民と同等の安全を保証する為に提供する用意があります。

 各国の皆様には、是非とも我が国の方針をご理解頂き、共に生き延びる為、各国の叡知とお力をお借りいたしたく、ご協力をお願いしたい」


 一気に言い切って頭を下げる澁澤首相に、隣に座っていた米国のミッチェル大使、英国のケビン大使、EUのジャンヌ大使が続いて立ち上がり、澁澤首相に敬意を込めて拍手した。

 各国の会議参加者も次々とスタンディングオベーションを澁澤首相に贈った。


 各国のスタンディングオベーションまでの流れが『出来すぎた流れ』に感じて、内心白けた参加者も多かったが、各国は会議前に日本国政府と"密約"をしており、その結果故の行動である事は明白な為、表だって異論を上げる者は居なかった。


 その後も、各国との具体的な協力体制を構築する話し合いは円滑に進み、午前5時前に当面の対応が全会一致で決定された。


 そして、全閣僚と会議に参加した各国大使が同席した上で、午前6時にマスコミを首相官邸に集め、国家非常事態宣言と合同記者会見が行われる事となった。



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ここまで読んで頂き、ありがとうございましたm(__)m


【このお話の主な登場人物】


・澁澤 太郎=日本国内閣総理大臣。

・岩崎 正宗=日本国内閣官房長官。

・天草 治郎=JAXA理事長。

・桑田=日本国防衛大臣。

・ジョーンズ=アメリカ合衆国 沖縄駐留第3海兵師団 司令官。中将。

・ロイド・サー・ランカスター=英国連邦 極東派遣艦隊司令官。提督。

・ミッチェル=アメリカ合衆国駐日全権大使。

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